第7話 (2) クレクレしていた

 階下に降りると、ニアと両親はすでに応接間でおじ様と歓談していた。


 三歳年上の兄、ルーファスは、学園の寮に入っていて、休日になっても帰ってくることはなかったから、今は不在のはずだ。


 どうして家に帰って来ないのか、今ならその理由も理解できるけど、今はまずはニアの事に集中する。


「遅くなって、ごめんなさい。おじ様、お久しぶりです。お元気でしたか?」


 いまだに夢か現実かよくわからない状況ではあったけど、言葉は自然と口から発せられていた。


 私が部屋に入ると、おじ様は慣れ親しんだ柔和な笑顔を向けてきた。


 笑うと目尻に笑い皺が寄ってて、私達姉妹にいつもとても良くしてくれる。


 お父様よりは少しだけ年上で、白髪混じりの濃い茶色の髪を上品にセットされている。


 おじ様は、いくつもの国をまたいで手広くお商売をされていて、父方の親戚にあたる。


「ああ、エリアナ。私は元気だよ。君にも会いたかったんだ」


「ニアのせいで、せっかくのサミュエルさんの帰還にエリアナの出迎えがなくてごめんなさいね。本当に、この子はグズグズするから」


 ニアを睨みつけている母の言葉に驚いていた。


 どうして私が遅れた事がニアのせいになるのか。


 そもそも、侍女やメイドじゃなくてニアに頼むのもおかしな話だ。


「ニアは悪くないわ。私が起きるのが遅かったせいよ。ごめんなさい、おじ様」


「いいんだよ。ニアもエリアナも気にする必要はないよ。君達は子供なんだから、たくさん寝て、元気に育つ方が大切だ」


 こんな所でもニアは嫌な思いをしていたのか。


 今は母の言葉に傷ついた様子で俯いてしまっている。


「さぁさぁ、お待ちかねのプレゼントを渡さないとだな」


 私がニアに声をかけようとすると、取り持つようにおじ様が大きな鞄を開いて、中から取り出した物を手渡してくれた。


「エリアナのリクエストは宝石をあしらった扇子だったね。工房の力作だよ」


 受け取った物は、子供が持つには豪華な物だった。


 私、こんな派手な物をおじ様にお願いしていたのね。


 このお土産をもらった事は覚えていないけど、サミュエルおじ様はいつも高価で珍しい物を簡単に買ってきてくれる。


「こっちは、ニアのだよ」


 私の隣に並んで、同じくお土産を受け取っているニアを見た。


 ニアはジュエリーケースにもなるカメオのオルゴールなのね。


 質素な箱から出されて直接手渡された物を両手で大事そうに抱えている。


 楕円形で、それを支える猫足も可愛い。


 成人の記憶がある私が見てもセンスが良いと思うものだ。


「わぁ!ニアの可愛い!」


 良い品物を目にして、今の不可思議な現状をほんの一瞬だけ忘れてしまって、思わず口にしていた。


 でも、それを言った途端に、


『ズルイ!そんな物があるだなんて!嫌!ニアの方がいい!ニアのと取り替えて!』


 突然、脳内にその声が響いていた。


 それは、私自身の声だ。


 取り替えてって……そうだ……


 私はいつもニアのを欲しがって……


 それでニアが私に渡すことを拒んだら、両親から叱責されるのはニアの方だった。


 叱責だけならいい方で、時には泣いて拒んだニアは両親に顔を叩かれて、何でもかんでも私の物になって。


 それが幼い頃から当たり前のことだったから……


 だから、隣にいるニアは今、怯えたような顔で私の様子を窺っているんだ。


 素直に喜べば、私がそれを欲しがるから。


 私の手にある扇子だって、自分でこれが欲しいとおじ様にお願いしたものなのに、ニアが手にした物の方が良く見えて。


 何でもニアから奪っていくこんな私だったから、ニアはオスカーへの思いを打ち明けられなかったんだ。


 事実、彼女からオスカーをも奪ったのだし。


 自分が頼んだこの扇子のことは思い出せないのに、ニアが持っているオルゴールには覚えがあった。


 というか、今、思い出した。


 私が学園に在学中に、いらないからってニアにあげたものだ。


 奪っておきながらろくに使いもしないで、結局、最後にはいらないから邪魔だとニアに押し付けたのだ。


 あの時のニアは、どんな顔をしていたのか思い出せない。


 無神経なことを繰り返して、ニアがどんな思いだったか。


「ありがとうございます、おじさま。とっても嬉しいです」


「ありがとうございます。大切にします」


 私が正面を向いてお礼を言うと、ニアもホッとした様子でおじ様にお礼を言った。


 すぐそばにいるニアの様子なんか、時間が戻る前は気にもしていなかった。


 自分の願いを叶えてもらえるのが当たり前で、言うことを聞かないニアが悪いのだと思っていたほどだ。


 子供の頃の自分がどれだけ異常な考えを持って、ニアに対して悪質なことをしていたのか、今ならわかる。


「ニアのも素敵ね。後で一緒に見せ合いっこしましょう。私のはたくさん使っていいから」


「うん」


 ニアに声をかけると、俯きがちではあったけど微笑んでくれた。


 この歳になるまで私がやらかしたことはもう取り返しがつかないけど、これからは絶対にニアのことをよく見て、一番に考えてあげるんだ。


 どうやら目覚めそうにないこれは、やっぱり私に与えられたやり直しの機会なんだ。


 ニアが迎えた不幸な結末を回避して、まだ思い出せていないけど、その後の事もきっと良い方向に変えられる。


 そんなことを考えながらも贈り物を部屋に置いてくると伝えて、ニアと二人で退室した。


 この後、大人達だけで少しだけ話があるそうだから、子供は暗黙のうちに退散させられたというわけだ。


 それぞれの部屋に向かう途中で見た、ニアがオルゴールを両手で抱きしめて、嬉しい気持ちを堪えきれないって様子で頰を紅潮させて口元を綻ばせている姿が印象的だった。



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