エリアナ・ディエムのやり直し

第6話 (1) 与えられた時間





 眩しい……



 光があたり、開きかけた目を再び閉じていた。


 目が光に慣れるようにゆっくりと開けると、ベッドの天蓋が見えた。


 いつの間にか眠っていたようだ。


 誰かが部屋に運んでくれたの?


 アレックス?


 視線を横に向けると誰の姿も無くて、窓を開けているからカーテンが風で少しだけ揺れていた。


 記憶が曖昧で、あの後の事が思い出せない。


 あれは悪い夢だったように思えるけど、棺の中に横たわるニアの姿と、オスカーが倒れていた姿は鮮明に目に焼き付いている。


 それに、あの血溜まりの匂いも。


 あの後、まだ、もっと多くの辛くて悲しいことが起きていたはずなのに、思い出せない。


 無理に思い出そうとすると、酷い頭痛がして、思わず自分の額を触れたところで違和感を覚えた。


 自分の手の平を目の前に持ってくる。


「えっ……」


 何でこんなに手が小さいの?


 それに、最低限の手入れしかしていない爪。


 赤い色を塗っていたはずなのに。


「えっ!?」


 よくよく周りを見渡せば、ここは私の部屋だった。


 使私の部屋だった。


 よく馴染んだものばかりだから違和感を感じなかったのだ。


「ちょっと、何なのよこれ……」


 ブルーピグ伯爵家に連れて行くつもりでここに拉致されたのかと思ったけど、自分の体の違和感の方に不安を覚えた。


 胸だって随分とぺったんこで、手足も細い。


「鏡」


 顔を上げて大きな姿見がある方を向くと、ベッドの上にいる私の姿が映っていた。


「うそ……」


 その中に映る姿は、明らかに成人する前の姿のものだった。


 混乱しながらも、ベッドから降りて床に立つ。


 裸足のまま、おそるおそる鏡の前に立つと、自分の顔に手で触れていた。


 丸みのある輪郭。


 やっぱり、成人よりも幼いものだ。


 何が起きたのか。


 理解が及ばないことに、誰かが答えを示してくれるわけでもなく、湧き上がってくる恐怖に今にも叫び出しそうになった時、コンコンと扉がノックされた。


 それに縋るように扉を見た。


 急激に高まった不安に、誰でもいいから知った人の顔が見たかった。


「誰か、誰か来て!」


 私の声に反応したかのようにガチャっと扉が開けられると、


「エリアナ……起きてる……?」


 扉の隙間から顔を覗かせたのは、ニアだった。


「ニア…….」


 信じられなかった。


 私と同じように、子供の姿のニアには驚きがあったけど、それよりも、ニアが生きてる……


 ニアが生きてる!


「お母様が……もうすぐおじ様が到着するから、お出迎えしましょうって」


 ニアは、驚きと歓喜がない混ぜになっている私の様子には気付かないようで、視線を合わせずに、床を見つめたままボソボソと喋っていた。


 その表情にはどこか暗い影があるけど、それよりもニアが目の前にいて、喋って動いていることが重要だった。


「ニア、無事なの?どこか痛いところはない?」


 ニアの元まで駆け寄って、ニアの手を取って全身をくまなく見つめた。


 私の勢いに驚いた様子のニアは後退り、上体を少し仰け反らせていた。


 手を握った所から、ニアの体温が伝わってくる。


 これは、何?


 私は夢を見ているの?


 それとも、さっきまでのことが夢なの?


 いや、そんなはずはない。


 でも、ニアが生きてる!


 原因不明の事象よりも、目の前に元気な姿のニアがいることの方が重要だった。


「エリアナこそ……どうしたの?怖い夢、見たの?」


 遠慮がちにではあったけど、私の方を見たニアからは気遣わしげな視線が向けられる。


 どうやら私は昼寝をしていたようで、それをニアが起こしに来てくれたのが、今の状況のようだった。


 むしろこれが夢ではないかと思うけど、夢が覚める気配は無いから、今はこの状況に一旦は自分の身を委ねてみる事にしてみてもいいのではないかな。


 考えてわからないことは、考えても時間の無駄だ。


 ニアが生きて動いていることが、今は何よりも嬉しいことなのだから。


「えっと……エリアナ?」


 ニアが不安そうに私を見た。


 どこか怯えているようにも見えるけど、時間を気にしているのかもしれない。


「ああ、ごめんね。ちょっと寝ぼけていたみたい。すぐに下に行くから先に行って待ってて」


 それを伝えると、ホッとした様子のニアは“また後で”と私に言って、ソッと扉を閉めていた。


 控えめな足音が遠ざかって行くのが聞こえる。


 今になって、心臓がドクンドクンと大きく鳴りだした。


 夢じゃない。


 これは現実だ。


 扉に背中を預けて、両手で顔を覆う。


 何が原因かはわからないけど、私はニアが戦死するよりも随分と前の時間にいるんだ。


 信じられない。


 今はまだニアと一緒に過ごせている。


 やり直せるかもしれない。


 ニアが犠牲にならずに、不幸なまま死なせずに済むかもしれない。


 それはこれからの私次第であって、これは誰かが私に与えてくれた大切な機会なのだ。


 絶対にニアの幸せを守ってみせる。


 一番輝ける年代の三年余りを戦場で過ごさなければならなかったニアの時間も。


 何をしなければならないかはすぐに考えないとだけど、今はニアが待っているからそっちに行かないと。


 この先で何が起こるのかはまったく予想できなくて、やっぱり不安も抱えながら部屋の扉を開けていた。




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