第24話 火曜日・1
一般的に昼休憩となった時間。まさに狙ったタイミングで中条の携帯が鳴る。昨晩とりあえずの一報だけ送っていたので連絡が入るのは予測できていたが、それにしたって、とディスプレイに写る「五月」の文字につい笑いが込み上がる。
通話ボタンを押し「もしもーし」と軽く口を開くがそれを吹き飛ばす勢いで電話の向こうから叫びが響く。キーン、と耳鳴りがするのに顔を顰め携帯を耳から離すが、それでも充分聞こえてくるのだから一体どれほど興奮しているというのか。
『ちょっと中条! 聞いてるの!?』
「五月うるさい。ちょ声のボリューム落として」
電話の相手は五月弥生。中条と葛城と同期で元・営業三課、現在は秘書課所属の女性社員だ。小柄というわけではないけれども、線が細くどこか儚げな雰囲気が漂う。普段は髪を纏めているが、プライベートでは緩くウェーブのかかった髪を背中中程まで下ろしている。顔立ちは中条や葛城から見ても綺麗だと思うし、それでいて笑うと可愛らしいという印象も与えるので男性社員からの人気はダントツだ。そうなると女性社員からのやっかみを受けそうなのだが、面倒見の良い親切なおねえさん、というポジションを取り、仕事も上手い具合に回してくれるものだからこちらにも人気がある。
「五月先輩はほんとうに優しいし綺麗だし可愛くって素敵ですよね!」
晴香などはそうべた褒めして全力で懐いているが、中条と葛城だけは違う認識でいる。「狡猾で獰猛」とは葛城による五月の評だ。全くもってその通り、と中条も大きく頷くしかない。皆、彼女の見た目と創り上げたイメージに騙されすぎだ。
『ちゅうじょおおおおおお!!』
「だからうるさいって! 落ち着け」
『落ち着けるわけないでしょー!? ちょっとどう言うことよ!? 葛城と日吉さんが付き合ってるって! なに!?』
「なに、もこうも、そう言うことだって」
『わ……私がいない間にいいいいいい!!』
五月は社長に付き添って北海道に出張中である。鬼の居ぬ間に、との言葉が過るが中条は余計な事は口にしない。本人達から聞いた話だとあれは本当に唐突に自覚して始まった物のようだ。
『人の留守を狙ってよくもまあ私の可愛い日吉さんに!』
「だよなそう思うよな。ところが完全に自覚したタイミングがおまえが出張でいなかった時ってだけだぜ」
『はーっ!? 先週の金曜!? 馬鹿なのあいつ!!』
「おれも昨日聞いて腹筋が死んだ」
『あんなに独占欲っていうか執着っていうか』
「まさかの無自覚」
『ばっ……馬鹿じゃないのおおおおおお!?』
「ついでに日吉ちゃんも自覚してなかったけど」
『いいのよ日吉さんは! むしろ自覚しないままで……ああもう私が傍にいればー!』
晴香を三課に移動させる際、最初に見つけてきたのは実は五月だ。多分あの子なら大丈夫だと思います、と営業と人事、そして元の配属先である総務、の上役らと話し合い決められた。そうして移動してきた晴香に、以前いたからと言う事で五月も本来の業務の合間に色々と相談に乗ってやったりしていた。葛城からの扱いもあって晴香が懐いたのも当然であるのだが、その時に晴香の人となりを観察していたのも五月である。本当にこのまま葛城の元に置いていていいのかと、優しく微笑みながら冷静に見ていた。
あくまで使える新人かどうか見極めるためだけだったが、気づけば懐かれているし懐かれればついつい可愛く思ってしまうのも当然の流れで。しかも晴香からは常に尊敬と親愛の眼差しが向けられるので、五月はあっという間に絆された。狡猾で獰猛だとは思うけれども同時にチョロすぎやしないか、と中条の腹筋はこの時も死んでいた。
今となってはすっかり晴香の姉気取りの五月なので、晴香に近付く男を見る目は大変厳しい物がある。例えそれが性格も仕事の能力も良く知る相手であったとしても。
「なに? 五月は葛城の相手が日吉ちゃんなのは不満なのか?」
『葛城の相手にはもう日吉さんしかいないと思ってるわよ! あの永久凍土で万年ブリザードを受け流して気づけば雪解けさせてたんだから! もうあの子以外無理よ!!』
「じゃあ別にいいだろ。下手したら一生独身貫きそうになってた同期に無事春が来たんだし」
『そっちはいいけど、日吉さんの相手にあの馬鹿ってのが納得いかないの!』
頭では分かっていても感情が追いつかない――そうは言っても葛城の晴香に対する態度は到底褒められた物ではなかった。
『そんな葛城が! 日吉さんの!! 彼氏とか!!』
「おまえも拗らせてるよなあ」
五月の晴香に対する執着ないし独占欲。
「葛城と同じじゃん」
『一緒にしないで!』
今でこそバラバラでいる事が増えたが、昔は三人でつるんでいてばかりだった。男二人に女が一人、となると周囲から誤解を受ける事も多い。特に葛城と五月は並んだ時の絵面がいいからか仲を探られ、その度に二人してキレていた。
お互い力量は認めており尊敬もしている。好きか嫌いかで言えば「好き」であるのは間違いない。ただしそこに色恋の面は一切無く、その点に関してはどちらかと言うと同族嫌悪に近かった。
「葛城も狡猾で獰猛だしな」
『も、ってなによ、も、って!』
五月の突っ込みは聞かなかった事にして中条は腕の時計に目をやった。あまりこの電話に付き合うと自分の昼の時間が無くなってしまう。
「まあいいだろ、続きはおまえが帰って来てから本人達交えてじっくり聞こうぜ」
『当然よ!』
「週末には帰って来るんだよな? じゃあ来週の末とかなんかその辺りで飲みにでも行くか」
『もう少し早く行けるように調整つけてやる……』
「あ、それできるならそうした方が面白いの見られるぞ」
『なに?』
「日吉ちゃん、まだそう言う自覚が無いからさ、葛城が全力で振り回される姿が楽しめます」
昨日の葛城の姿を思い出しクックと笑う中条の耳元では、五月が声にならない笑いを上げて壁なのか机なのかを叩く音が響いていた。
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