19:スローモーション
更衣室には数人のクラスメイトがいた。もうすぐ授業が始めるとあって皆急いで着替えている。それこそ遅刻をしないために他人なぞ眼中にない……
この時を狙って素早く着替える。
上はTシャツにジャージ。問題は下でパンツを二枚重ねしてある。一枚目の肌に直接穿くものはボクサータイプで、これで巨大な奴を身体に密着させる。動いているときにブラブラするようでは何かと大変だからここは譲れない。
が、これだと先端までは覆えない。何かの拍子にジャージが脱げてコンニチハではシャレにならない。だからその上にトランクスタイプのもの、それもゴムで抑え腰紐で縛れるものを穿いている。トイレが大変なのは承知の上だが、ここは仕方がないので人が少ない専門教育棟まで足を運んで個室で用を足すようにした。出すのもしまうのも一苦労するなんて……今更ながら不便極まりない。
「んっ…と」
腰回りが二回り以上大きくなっているのでジャージがきつく感じる。それでも極太ズボンよりはシルエットが綺麗だ。明日はこれで登校しよう。
「それではトスの練習始め」
今日はバレーボールを行う。
準備体操の後、トスの練習から始めたが、下半身に重い物が付いていても身体は軽い。筋肉が大幅に増えたせいか。
五分ほどそれをすると普段なら汗が浮かぶのだが、そんな気配は微塵もないし、息も乱れない。もっと言えば、相手から来るトスがスローモーションのようにゆっくり見えるから、正確かつ綺麗に返すことができる。こんな感覚はもちろん初めてだ。
「鬼城院、
体育の先生から声を掛けられる。
「身体はぶれてないし、動きもスムーズだ。余計な力が入っていないのもいい。かなり上位の選手クラスの動作ができている」
エルフの能力のお蔭だけど、そんなことを言ったら舐めてるのかと怒鳴られそうだ。
「親戚に経験者がいて、教えて貰いました」
「ほぅ、それは相当優秀な人物だな。短時間でこれだけ上達させられるとは、その人は一流の指導者になれるよ」
そう言って笑いながら次の場所へ行ってしまった。
「確かにお前凄く上手くなったよな。これまでとは全然違う動きをしてる」
出席番号順でいつもパートナーになる相手から関心知ることしきりの褒められ方をするが、単純に喜べない。能力を隠さないとマズイだろうと改めて思う。
授業の最後にお決まりのミニゲームをする。五点先取制のものだが、いつも気分が乗らなかった。そもそも背が低いからボールに手が届かないし、サーブを受けると腕が真っ赤になってその日のうちは痛みが残ったからボールに触りたくなかった。
各人二ゲームをするようになっていて、自分としてはとにかく目立たないようにしたかった。
バレー部が相手チームにいるのはずるいと思う。サーブが桁違いに早いし、レシーブだって守備範囲が普通の人の倍以上ある。案の定先生からこれは授業だと注意を受けているけど、彼は我関せずと強力なスパイクを放っている。
以前ならスゲーという感想だけで終わっていた。が、今日は違う。
彼の一挙手一投足、ジャンプまでの足の動かし方、上体を使っての腕のしならせ方。そしてボールの軌道と全てが手に取るように予測できるし、見切ることもできる。
今見ているのはあくまでボールだけど、これが拳や剣、更には獣の動きだったらどうだろう。凄い身体能力の戦士になるのだろう。ゲーム中にそんなことを考える余裕すらある。
バレー部の彼が打ったスパイクが自分に向かって飛んでくる。顔面直撃コースだ。
が、焦ることはどこにもない。膝を突き、体幹を固定すると両手でボールと正対する。腕をクッションにしてボールをいなす感じで当てれば自身のダメージは少なく、運動エネルギーを抑えられるので、結果、ごく優しいボールが上に飛ぶ。もちろんコースだって計算済みだ。
それを見たチームメイトがぎこちない動作でスパイクを打つ。ツーアタックで返されたボールはまさか自分のコートに戻ることはないと思っていた人達が立つ床に落ちていく。
無得点で負けるのが当たり前だと思っていた試合が歓声に包まれる。
「鬼城院、お前凄いな。バレー部に来ればレギュラー取れるぜ」
爽やかな笑顔でお世辞を言われるが、眼は全然笑っていなかった。今後は少し控えよう。
それにしてもエルフの男性はこれだけ強力だというのにどうしてエルフは滅んだのか。単にセックスができないだけのことなのか、その疑問がますます大きくなるのだった。
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