5:胸の重さ(馨の眼)

 寝返りを打ったら身体が妙に重い。そして胸に違和感があって目が覚めた。

 仰向けになればもの凄い圧迫感がある。胸が重量物に押されている感じだ。

 どうしたのだろうとそこに触れると、今までに感じたことのない膨らみがあった。手の感触だけでなく、胸そのものの感じ方もおかしい。もちろん今までに経験したことのないものだ。


 起き上がろうとすると身体がやっぱり重い。正確には胸が重く、身体が振られる感覚がある。外は真っ暗で両親はまだ寝ているはずだ。洗面所に向かい、鏡で見ると…


「う、っ……そ、嘘嘘嘘……」


 とんでもない巨乳になっている。まるでどこかの海賊漫画じゃない。

 ウエストだって絞れている。腹筋も少し割れている。髪をかき上げれば耳が尖っている。


 これって、エルフ……だよね


「そんな……馬鹿な」


 これまで雛子先輩の実験台にさせられていたことは承知している。

 それでも、先輩から実験のイロハや評価の手順、更には特許のことまで教えて貰ったのはとても勉強になったし有り難いことだと思っている。

 もちろん放課後、悠生と一緒にいられることも嬉しかった。


 変な薬を飲まされたことは何度もあるけど、雛子先輩は学外でも有名な人だからそこまでおかしなことはしないだろうという妙な安心感があったし、実際大きな問題は起きていなかった。

 今日までは、だけど。


 よくよく見れば顔も変わっている。顎のラインがシャープになり、眼が大きくなっている。薄茶色の瞳が漆黒になり、コンタクトレンズがなければ碌に物が見えなかったのに裸眼でもハッキリ見える。


 状況整理が追いつかないので、とりあえず上半身の写真を撮って悠生に送った。今更恥ずかしいなんてこともない。お互いの身体に関してはそれこそお尻の穴の形まで良く知っている。

 それにしても肩が重い。巨乳ってこうなるのか。持ち上げてみれば恐らく片方で三キロ近くはありそうな重量感だ。


 Aカップの私がそんな大きなブラを持っている訳がない。仕方が無いので先端(それだけで以前の私の全体くらいある)を保護するためにガーゼをテープで止め、Tシャツを重ね着して何とか透けないようにした。

 制服のボタンが閉まる訳もなく、仕方がないのでジャージで登校することにした。校則違反だけど、人がいない早朝なら何とかなるだろう。


 両親には部活で朝が早いと置き手紙をして、大急ぎで家を出てきた。

 走ると胸だけでなく、お尻にも違和感がある。


「!」


 立ち止まって恐る恐る触るとそこには小さな突起物が……

 尻尾が生えている!


 まさか、ずっとこの身体なのかと思うと底知れぬ恐怖が湧いてきた。それと悠生のことも気になった。中学以来の付き合いで身も心も許した仲だ。彼の身に何かあったらと思うと自然と歩みが早くなる。それにしても肩は痛いのだけど。



 悠生と一緒に部室に着くと雛子先輩が既にいた。

 私達を見て満面の笑みを浮かべているけど、こちらはそれどころではない。

 色々と文句を言ったものの先輩はまるで動じない。まあ、文句を言ったところで状況が変わらないのは事実だ。


 そして、悠生の身体測定が始まった。

 私の目は自然と彼の下半身に行く。そこだけが異様に目立っているのだ。

 数多の物語にエルフの男性がいない理由が何となくわかった。あれでは子供を作れない……少なくとも自然状態では交われない。壊れてしまう。

 そうであれば、生物学的に男の存在意義はない。


 神話や伝説は史実に基づいて作られている物があると言うが、ひょっとしたらエルフの存在などもそういうものの一つなのかも知れない。エルフという種族は男性の系統を残せずに種が自然消滅していったのかも知れない。


 そんなことを考えていたら、悠生が気を失った。

 身体の状態から股間に血液が集中しすぎたのだろう。


 その間に先輩が私のカラダを測定していく。特筆すべきはバストで何と百十センチQカップだという。そしてウエストが五十五センチ、ヒップ百センチって、漫画じゃなくて現実だとは思えない。

 勿論合う下着はないので、バスタオルで体を隠している間にどこかにある筈のサラシを探すという。


 その間に悠生が一度目を覚ましたけど、結局また意識を失って保健室に担ぎ込んだ。エルフ化して筋肉が着いたからか不思議と重さを感じなかった。


 部室に戻り、サラシで胸をぐるぐるに巻いて、ジャージで取り敢えず誤魔化したけど、正直身体がキツい。巨乳に憧れていた自分が如何にバカだったかが良くわかる。とにかく動きにくいし、肩が痛い。動けば身体が振られてバランスが取りにくい。重くなったお尻を支えるためか腰にも違和感がある。何事もほどほどが一番だ。


 それから授業に出席して、色々あって今日から暫く雛子先輩の家に住むことになった。

 悠生と違い、私は一度も貧血にはならなかったが、この姿のまま一生過ごすことになれば、それは拷問だろう。

 アメリカンコミックやアダルトな漫画の世界はあくまでも空想だ。いや、だったはずだ。リアルなそれは苦痛でしかないと思う。豊胸ではなくサイズダウンがしたい。

 とにかくこの身体を何とかする方法を考えないと。肩と腰の痛みを堪えながら先輩の家へ急いだ。

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