第19話 プロとアマチュアの違い(平野鏡side)
保健室から逃げ出して、外に出る。
上履きのままで小石を踏んだ時に痛いが、今は靴箱に行っている余裕はない。
「ど、どこへ向かっているんですか?」
「グラウンドです。あそこならエイジさんがいる!!」
「で、でも――」
分かっている。
ここからグラウンドまでは遠い。
相手がよほど鈍重じゃなければ逃げ切れるだろう。
だが、
「くっ!!」
殺し屋の男が糸を鞭のように扱い、地面を打っている音がする。
どんどん音が近づいている。
このままでは追いつかれるのは時間の問題だ。
「後ろ!! 後ろ見てください!!」
「嘘……」
直径2m以上はある校舎の瓦礫が宙に浮いている。
糸の粘着性で中空に固定しているのだろう。
瓦礫が私達に向かって斜線を描く。
「突っ込んでえええええええええっ!!」
「きゃあああああああああああっ!!」
窓ガラスに向かって二人で突っ込む。
建物の中ならば少しは衝撃に備えられるという考えだったが、どうなったんだろうか。
周りを見渡すと、瓦礫はやはり校舎にぶつかっただけで済んだようだ。
だが、ガラスの破片や瓦礫がかすったせいで全身擦り傷だらけだ。
「だ、大丈夫?」
「は、はい……」
桜さんは空元気すら出せないぐらいに憔悴している。
私は『ヒール』をかけるが、手が震えている。
傷は治っても、疲労感やストレスは拭えない。
「鬼ごっこをするのは学生時代で十分だな」
巻き起こった土煙から殺し屋の影が近づいて来るのが見える。
逃げる為に、桜さんの手を取って踵を返す。
「旧校舎……。ここには誰も……」
旧校舎?
ここが?
エイジさんからもらった資料に載っていた。
取り壊し予定の旧校舎。
ここには誰もいない。
だから助けなんてこない。
「あそこに!!」
私は近く似合った教室を指を刺した。
「で、でも、逃げ場がっ!!」
「今殺されるよりはましです!!」
もうすぐ後ろにまで殺し屋の男は迫ってきている。
逃げられることができないのなら籠城戦だ。
この騒ぎだ。
助けが来るまでの時間を稼げば、すぐに助けが来るはず。
「何かドアを抑えるもの――アッ!!」
「本気でこの俺から逃げられるとでも?」
ドアを抑えていると吹き飛ばされる。
ドアの外から、大きな瓦礫を投擲されたようだ。
糸でくっつけて投げられたのだろう。
傷だらけになりながらも、『ヒール』で回復を続ける。
「投げつけてください。なんでもいいから!!」
「は、はいっ!!」
その辺にある椅子や机を投げてもらう。
その間に、私は教室の電気を点ける。
「電気がついた!! これで蜘蛛の巣みたいなものも少しは見え――」
「素人が。考えを口に出し過ぎだ」
蛍光灯を糸で割られる。
「ああ……」
絶望しきっている私に、瓦礫がハンマーみたいに横っ腹に突き刺さる。
「うっ、くっ!!」
教室の隅まで吹き飛び、後頭部を思いっきり壁に強打する。
桜さんが心配した顔をしながら駆け寄って来る。
「鏡さん!!」
「だ、大丈夫。私を気にしないで後ろにいてください。絶対に守りますから!!」
肋骨に罅くらいは入ったかもしれない。
それぐらいの痛さだ。
傷は治療できるけど、身体よりも精神が音を上げてしまいそうだ。
「どれだけ強力な治癒のスキルが使えても、魔力量は有限だ。このまま削り殺してやる」
ジリジリと距離を詰められていく。
ともかく教室の中にあるものを投げていくが、糸によって切り刻まれていったり、蜘蛛の巣に絡まったように中空に浮かんでいるように見えた。
「素人の割には頑張った方だが、お前がどれだけ頑張っても俺には勝てない」
「そんなことない!! 私はあなたを倒して見せる」
「倒す? どうやって? できる訳がないだろ」
「できる!! あなたのスキルの弱点だって見つけた!!」
「ハッタリか? ハッタリは実力がある人間が言わなきゃハッタリにならないんだよ」
「あなたのスキルの弱点は――水。そうでしょ?」
足が止まった。
どうやら図星だったようだ。
仮説が当たっていて良かった。
「さっき保健室であなたは攻撃を止めた。私達を殺せる絶好のチャンスだったのに。それでも攻撃を止めたのは、無意識にあなたの操る糸が濡れるのを避けたから。違う?」
ポッドを斬った時も足を止めていた。
あれは中に入っていた水が弱点だったからだ。
私はあの時見た。
濡れた糸がその形状を保っていなかったのを。
水に濡れると糸は溶けた飴のように歪んでしまう。
それこそが、この人に勝てる唯一の蜘蛛の糸だ。
「それで? だとしても、ここには水がない。出口は――」
殺し屋の男は扉近くの天井を切り刻む。
瓦礫が山のようになって出口を塞いでしまった。
「もうない。水を欲してここから逃げ出す為にはこの俺を倒すしかないな。だが、俺を倒すためには水が必要だ。ああ、どうしよう? もう打つ手がないな。さて、どうする? まだ強きでいられるか?」
蛇口ならば教室の外にある。
だが、出口がなくなってしまった教室では、水を使えることなんてできない。
「う、うああああああああああっ!!」
私はヒステリックに叫びながら銃を連射する。
だが、銃弾はさっきと同じように糸によって塞がれてしまう。
やはり、糸をなんとかしないとこの人にダメージを与えることなどできない。
「……銃は効かないと何度も証明したはずだが?らしいな どうやら本当に素人に毛が生えた程度らしいな。――――なら、とっとと細切れになれ」
銃弾を放ったのは天井。
そこに備え付けらえていた物。
電気が通っているのなら、取り壊し予定とはいえ最低限の備えはあるはず。
これは賭けだ。
「水ならそこにあります。――――スプリンクラーに!!」
銃で撃ち抜いたのは、火事が起こった時に作動する消火用のスプリンクラー。
壊れたスプリンクラーからは水が噴き出す。
「しまっ――あがっ!!」
糸が濡れて使い物にならなくなった殺し屋の男に、容赦なく銃弾を撃ち込む。
見事に命中した。
「こ、殺してしまったんですか?」
「ううん。急所は外しているから死んではないよ」
だが、だからこそ危険なんだ。
私には人殺しはできない。
まだ生きているからこそ、油断はできないのだ。
私は恐る恐る殺し屋の男に近づいていく。
すると、
「――よくもやってくれたな」
首を思い切り掴まれる。
そのまま持ち上げられる。
何て力なんだろう。
「なっ、あくっ……」
銃を使おうとするが、振り払われてしまった。
足でキックをするが、大して効いていない。
拳で殴りかかるが、それも全く堪えていないようだ。
最初から非力な上に、絞められている首が絞められているせいで力がなくなっていく。
「俺の服は防水加工なんでね。服の下に糸を防弾チョッキのように巻いていたお陰で、銃弾だろうと刃物だろうと俺に怪我をさせることはできない」
銃弾を撃っても効かない訳だ。
露出している肌の部分に銃弾を撃ち込めば傷を負わせることぐらいはできた。
だが、結局私は眼前の男に何をすることもできなかった。
「やめて!! あなたが欲しいのは私の命でしょ!!」
「うるさいんだよっ、お前は!!」
「きゃあっ!!」
「…………っ!!」
桜さんが殺し屋の男によって殴り飛ばされた。
私のことを心配して歯向かったせいで傷ついてしまった。
「お前も後ですぐに殺してやるからそこで大人しく待っていろ」
桜さんの口から血が流れる。
殴られた傷からどんどん出血がひどくなっている。
持病か何かのせいだろう。
早くヒールをかけてあげないと、貧血で倒れてしまう。
「光るものはあるようだが、まだまだだな。冥途の土産に教えてやろうか。プロは勝利を確信した時こそ、油断しないことだ。何故、わざわざ近づいた? 今度からはちゃんと顔面を撃って出血を確認してから近づくことだ。まあ、お前には反省を生かす機会など一生こないだろうがな!!」
片手で首を絞めていた殺し屋の男が、もう片方の手を首にかける。
本気で殺しにかかってきた。
もう、私の意識は消えかけている。
殴りかかることも、蹴りを出すことも碌にできそうもない。
「やめてえええええええええっ!!」
桜さんの絶叫が鳴り響く。
私はブラン、と手足の力が抜けるのを感じる。
そして、
「いぎああああああああああ!!」
殺し屋の男の悲鳴が鼓膜を響かす。
「ゲホッ!! ゲェホッ!!」
拘束を解かれた。
殺し屋の男の顔にはガラス片が刺さっていて、まるでサボテンのようだ。
「ガ、ガラス!? 一体、何がっ!?」
「『ヒール』で直しただけですよ。壊れた蛍光灯に『ヒール』をかければ元の位置に戻ろうとしますよね?」
蛍光灯の破片に向かって『ヒール』を唱えていた。
殺し屋の男に刺さる物だけを、元の位置に戻すように狙ったのだ。
「この女ァアアアアアアアアアアッ!!」
殺し屋の男の殺意の籠った拳が肉薄する。
だが、
「グアッ!!」
横合いから飛来して来た机によって腕が弾かれる。
「な、なんだ!? 机!?」
殺し屋の男はここにあるあらゆるものを切った。
蛍光灯だけじゃなく、机や椅子、それに校舎そのものを。
それら全てを元に戻す。
しかも、しっかりとヒールをかける順番は考えて。
「切ったもの全てに『ヒール』をかけて元の位置に戻す!!」
直した物に弾かれて左右に動く。
その動きに連動して、殺し屋の男はピンボールみたいに跳ねていく。
「や、やめ――ぐああああああああああっ!!」
殺し屋の男はガラクタや瓦礫の山の中に押し潰される。
「……終わったんですね、良かったっ!! ガフッ!!」
「ちょ、血がっ!!」
喀血した桜さんに駆け寄る。
さっき殴られたのだった。
すぐに『ヒール』をかけるが、立ち上がれそうもなさそうだ。
膝に後頭部を乗せて楽な姿勢のままでいさせる。
「……なんで桜さんの方が重症そうなんですか」
「面目ありません……」
冗談めかしてツッコミを入れると、フッとほほ笑んだ。
段々と表情が和らいでいく。
どうやら『ヒール』が効いているようだ。
「ありがとうございます」
「お礼なんていいです。絶対に助けるって言ったじゃないですか」
膝枕をさせながら彼女の肩に手を当てていると、その手を握ってきた。
少し驚いたが私は握り返す。
そういえば、逃げる時にもずっと握っていたことを思い出す。
「そうですね。私達ってもう友達なんですもんね」
「はい!!」
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