同級生の相談事(その11)
その週の日曜日の午後、地下鉄の駅前の不動産会社に玲子とセダンで出かけた。
以前に案内してくれた若い男性スタッフの吉村某が立ち上がり、
「401号室はまだ空いています」
と言って、間取りと賃料を載せた物件情報の刷り物を手渡した。
「ああ、こんなところにオンボロ車を停めちゃって」
藤木マンションの前で社有車を停めた吉村が舌打ちした。
「僕の車なんですけど」
と言いながら、扉を開けて可不可を出してやると、
「失礼しました。・・・かっての名車ですね。でも、これでよく車検が通りますね」
形だけ頭を下げた吉村は、ぶつぶつ言いながら401号室へ先導した。
部屋の鍵を開けると、可不可が吉村の横をすり抜けて勢いよく部屋に駆け込んだ。
「この犬どうしました?」
「犬もいっしょです。犬猫ペット可とさっきいただいた刷り物にありますよね」
「えっ、こんな大型犬はダメです。ペット可といっても小型のペット犬だけです」
「すっかり借りる気で来たんですが・・・」
玲子が横から口を出した。
「えっ、そうなんですか」
吉村が腕組みして小首を傾げた。
すかさず、
「藤木マンション401号室をネットの裏情報で検索すると、事故物件と出ます」
と言うと、
「えっ、まさか、そんなことが」
素っ頓狂な声を頭のてっぺんから出した吉村は、明らかに動揺している。
「つい最近、この部屋で若い女性が深夜にめった刺しで殺されたとネットに出ています。なんでも、地下鉄の終電の乗客が、殺されるシーンを目撃したとか」
それを聞いた吉村は顔面蒼白となり、滝のような汗が額から噴き出した。
ハンカチで額と首筋を拭う手は震えていた。
「・・・事故物件とか、そんな話はありません」
吉村は、辛うじて喉から絞り出すように言った。
「その分お安くなるのなら、事故物件でもかまいません」
と玲子が食い下がると、
「ペットの件もありますし、ともかくこの話はなかったことに・・・」
吉村は、われわれを追い出し、あたふたと鍵を閉めると、ひとりで社有車に乗り込み、会社へもどって行った。
可不可が勢いよく河川敷へ向かって駆け出した。
細い道が途切れた先を、背の高い雑草と灌木が行く手を塞いでいた。
「可不可、血の匂いはこの先へ続いているんだね?」
とたずねると、可不可は大きくうなずいた。
「すごい。東條くんの犬って、ことばが分かるんだ!」
玲子が大きな声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます