同級生の相談事(その9)
次の日の月曜日には、4年ぶりに早起きして無精髭を剃り、死んだ父親の紺のジャケットを羽織って玲子の待つ改札口へ向かった。
急行の停まらない小さな私鉄の駅なので、改札口は一か所しかない。
玲子と並んで立ち、入って来る乗客の群れを見つめた。
「あっ、あのひとよ」
玲子がジャケットの袖を引いた。
ベージュのトレンチコートを粋に着こなした中年の男が、改札口に駆け込んで来た。
玲子の背中に隠れるようにして、男を追った。
ターミナル駅が私鉄の終点で、反対側のプラットフォームに地下鉄の始発電車が待っていた。
乗客が雪崩を打って電車に殺到したので、玲子とはぐれてしまったが、トレンチコートの襟を立てた長身の男を見失うことはなかった。
大手町で乗客の大半は降り、男は次の日本橋で降りた。
横山町の繊維街のはずれのビルに吸い込まれて行く男の影を確かめ、後を追うようにして駆け込んだ。
「今の方、たしか常務の上村さんですよね。そこで見かけたものですから・・・」
エレベーターホールの横に座る受付嬢に、明るい声でたずねると、
「いえ、営業部長の川崎です」
とにっこり微笑んで言った。
ビルは自社ビルのようで、看板の川崎メリヤス工業という社名を写メして家に帰り、会社のHPにハッキングして社員名簿を手に入れた。
代表取締役社長が同じ川崎姓で、しかも自宅住所が同じなので、川崎営業部長は社長の息子だろうと思った。
住所は、たしかに玲子の実家のある町の奥隣の町だった。
午後から、おんぼろセダンを運転して川崎家の周りをぐるぐる回ってみた。
この辺は、武蔵野の面影を残した昔からあるお屋敷町で、周りに植え込みをめぐらせた立派な家が多かった。
中でも川崎家の二階屋はひときわ大きくて立派だった。
家のすぐ前が杉並木の旧街道で、その向こうを川底が石造りの浅い川が流れていた。
遊歩道の側に車を停めてしばらく見張った。
二つ並んだ表札からして、下が父親の社長夫婦が住み、二階が息子の川崎夫妻の二世帯住宅のようだ。
小太りに眼鏡の奥さんが4時近くに車で出かけて、やはり小太りの娘を駅まで迎えに行って帰って来た。
次は、奥さんが8時過ぎに車で出かけ、今度は川崎氏を乗せて帰った。
父親の川崎社長を見かけることはなかった。
情報をネットの裏チャンネルでさぐると、川崎部長は、三代続く中堅の繊維問屋の社長の娘婿で、川崎社長は病気がちで半ば引退しているということが分かった。
会社の業績は悪くなかった。
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