第37話 シェイク

 



 大木と令愛が話している間、日屋見さんはずっと真恋に呼びかけていたが――真恋の体はびくとも動かない。


 貫かれた位置は心臓の近くだ。


 ひょっとすると即死しているのかもしれない。


 寒気がした。


 恨みを晴らすにも、真恋の脳をえぐり出してコンプレックスを白日のもとに晒すにも、まだまだ足りないというのに。


 こんな簡単に死なれては困る――そんな私の焦りとは裏腹に、真恋と日屋見さんの体は透け始めていた。




「依里花先輩、すまない。私たちはここまでのようだ」


「何を言ってるの日屋見さん。その体はなに!?」




 私の問いかけに答えたのは日屋見さんではなく、汚らわしく笑う仰木だった。




「パーティのリーダーが死んだことでメンバーと共に消滅しようとしているのかしら。リーダーが先に死ぬ例はまだ観測していないから、興味深いわ」


「これがスレイヴとマスターという関係ということか……」




 そう言い残して、彼女の体は完全に消え去ってしまった。




「日屋見さん? 真恋ッ!? 嘘だ……あの二人がそんな簡単に死ぬなんてっ!」


「そんだけ狙いが的確だったってコト。やっぱスナイパーの才能あるんじゃね、オレ」




 二階から三人の男女が降りてくる。


 うち二人は、私のよく知る相手だった。




「白町くん、須黒くん……」




 長銃を手にした――おそらく真恋を跳弾で狙撃したのが、白町しろまちれん


 長身で、長髪を後ろでお団子のように結んだ、軽薄そうな顔をした男だ。


 その顔の通り、クラスでは女をとっかえひっかえ……噂では犬塚も一時期付き合ってたなんて話もある。


 そしてもう一人が、長身の白町が小柄に見えるほど大きく屈強な須黒すぐろ陸斗りくと


 元柔道部だけど、先輩を怪我させて退部に追い込まれた過去を持つ問題児だ。


 両者に共通するのは、私は直に何度か暴力を受けたことはあるのだが、“あの夜”に私を囲んだ連中の中にはいなかったということ。


 確か集堂くんや浅沼くんとはグループが違ったと思う。


 どちらにせよ、碌でもない人間であることに変わりはない。


 しかもタチの悪いことに、おそらく私と同じ力を持っている。


 彼らは無言で踊り場に立つと、白町くんは勝ち誇ったように私にピースサインを向け、須黒くんは退屈そうにポケットに手を突っ込んで明後日の方向を見ていた。




「どうして……るながそこに」




 そして残る一人の、小柄などこにでもいそうな少女は、令愛の友人のようだ。


 しかし、大木の近くにいるということは――




「どうしてもなにも、この子はあなたのために私が用意した子よ」




 どろりと月の顔が溶けていく。




「ひっ……」




 令愛の顔が恐怖に引きつった。


 そこにあったのは、先ほど大木が一瞬だけ見せた、筋肉をむき出しにした“削がれた”顔だったからだ。




「すごいでしょう、この技術。曦儡宮様の力をね、一部だけ貸していただいているのよ。このスライム状の液体で、私たちは自由に顔と声を変えられるの。こんなふうに」




 微動だにしない月の顔を、大木がぐちゃぐちゃとかき混ぜる。


 そして手を離すと、そこには見知らぬ少女の顔があった。


 令愛は小刻みに首を左右に振り、恐怖する。




「そ、そんなの……嘘だ……」


「これも。これも。これも。全部知ってるわよねえ、令愛なら」


「嘘だっ、嘘だっ、嘘だぁぁあああああっ!」




 頭を抱えてしゃがみ込む令愛。


 私は彼女の体を抱きしめた。




「どうしたの令愛!」


「そ、そんなわけっ! そんなわけないっ! 違うのっ、全然違うのおぉおおっ!」


「大木、一体令愛に何をしたッ!」




 私は大木にイリュージョンダガーを投げつける。


 だが白町が銃でそれを撃ち落とした。


 思わず舌打ちが出る。




「何って、令愛ちゃんの過去のお友達と再会させてるだけよ」


「過去の……?」


「これが小学校低学年で友達だった陽菜ちゃん。こっちが上級生になって知り合った昼乃ちゃん。そしてこっちが中1で友達だった向日葵ちゃんでぇ」


「違う……違う……違う……ッ!」




 まさか、大木は――




「すごく気が合う友達だったでしょう? 今の友達である中見なかみるなちゃんも。当然よねぇ、だって昔からずっと友達をやってきた幼馴染・・・なんですもの。気が合うに決まってるわあ!」




 ――自らが作り出した“友達”を、常に令愛のそばに置いていたというのか。


 監視するために。


 あるいは、娘の人格形成に介入するために。




「大木、あんたトチ狂ってんじゃん」


「理想の娘に育ってほしいと願うのは母親の性だわ。それに令愛には将来的に戒世教の幹部になってほしかったのよ。そのためにお腹に居る頃から、曦儡宮様の一部を少しずつ与えてたんだから」


「……何、言ってんの」


「胎児に曦儡宮様の一部を与えることで、優秀な子供に育ちやすいと言われているのよ。勉強も運動も得意で、人格的にも優れていて、他者を惹き寄せる魅力を持つ。そして将来的には戒世教の教義に共感をいだき、立派な幹部として――」


「もうわけわかんないこといわないでよぉおおおおッ!」




 悲痛な叫びが響くほどに、大木の顔は醜く歪んでいった。


 私は令愛の耳元に口を近づけ、囁く。




「令愛、令愛」


「わかんない……わかんない……」


「私は違うよ、令愛」


「依里花……?」


「誰が何を企んでようが、私たちの出会いは偶然で、こうして仲良く慣れたことに母親の思惑なんて関係ない。今は私に寄りかかっておけばいいよ」


「あ……あぁ……ありがとう、依里花……」




 令愛は私にしがみつき、少しだけ正気を取り戻す。


 大木はそれを不快そうに睨みつけ、「ペッ」とわざとらしく唾を吐いた。




「贄が余計なことを……」


「どのみちあんたみたいな脳が腐った母親に、令愛がついてくわけないじゃん。将来は幹部とか頭イカれてんじゃないの。顔を削ぐ前に首から上ごと取り替えた方がいいよ」




 軽く挑発しただけで、大木の顔は真っ赤に染まっていく。




「それ曦儡宮の一部で作ってるんでしょ? ちゃんと赤くなるなんて芸が細かいね、宴会芸とかに使えるかも」


「倉金依里花……! 汚らわしい贄が、誰にも望まれずに生きてる分際で何を偉そうに!」


「今は令愛が望んでくれる」


「それは本来、曦儡宮様に向けられるべき感情よ、令愛ッ!」


「何にキレてんの大木。馬鹿らしい。ねえ、令愛」


「……うん、馬鹿だよあんなやつ。大馬鹿だっ! それに気持ち悪すぎっ! 私の……私の友達を思う気持ちを利用してっ、そんな、そんなことをッ!」




 令愛は母親を睨みつけ、そう言い切る。


 そもそも幼少期に離婚してから、もうかなりの時間が経っている。


 父親は立派に娘を育ててくれたようだし、宗教にかまけて娘を苦しめた母親なんざが、今さらになって令愛の心を囚えられるわけがない。


 とはいえ、さすがに友達の方はかなりダメージが大きいみたいだけど。


 でも問題ないさ。


 今は私がいるんだから。




「大木ちゃんさー、口論弱すぎね?」




 白町は、顔を真っ赤にして歯を食いしばる大木と馴れ馴れしく肩を組む。




「つか戒世教ってやつ、もう目的果たしたんだよね? なら娘いらないっしょ。とっとと殺しちゃおーよ、いいよね?」


「確かに儀式は完遂し、曦儡宮様は降臨なされたわ。私たちはその祝福を受けている。でも、だけどねっ、令愛は私の娘なのよ! たとえ戒世教の幹部になる未来が存在しないとしても――あぁっ、母親として娘を愛するのは私に課された義務だわ!」




 自分を抱きしめながら、頬を赤らめ体をくねらせる大木。


 完全に自分に酔っている。


 令愛は汚物を見るように露骨に顔をしかめた。




「だからあの子だけは連れ帰るわ。あとはいらない、好きにして」


「はぁ……わーったよ、大木ちゃぁん。じゃあ誰を的にしちゃおっかなー、倉金ちゃんはあとで楽しみに取っとくとして、犬塚ちゃんは――さすがに殺せないなー。いや、でも意外とそういう願望持ちかも。どうよ犬塚ちゃん、殺されたいとかある?」


「あるわけないじゃない、ふざけないで! ただでさえクソ金と一緒にいて気が滅入ってるんだから、変なこと言わないでもらえる? 早く安全な場所に案内してよ」


「だよねー、正論すぎて白町ちゃんぐうの音も出ない」




 ギィはあくまで犬塚さんとして答える。


 狙撃前の会話を聞かれていたら――って心配はあったけど、どうやらそこまで徹底した監視ではなかったようだ。




「じゃあ……あぁ、巳剣ちゃんどうよ、オレに殺されてみたくない? ってこの聞き方じゃ無理か」


「……当たり前じゃない。死にたくなんてないわ、特にあんたになんて軽いやつに殺されたくない」


「だよねぇ! ってことは殺す時いい感じで鳴いてくれそう。お前はどーする、須黒ちゃん」




 腕を組んだまま黙り込んでいた須黒が、ようやく口を開く。




「無駄に命を浪費するな。労働力は必要だ、生存者は拠点まで連れて行くぞ」


「はぁあん? つまんなくねそれ。いいじゃん余った命なんていくらでもあるんだしー?」


「お前が娯楽で殺すから人手不足なんだ」


「チッ、じゃあせめて倉金ちゃんだけでも殺しとくか。きっちり痛めつけてさ」




 白町は銃を構える。




「白町くんは、私のこと殺せるつもりでいるんだ」


「オレと同じ能力持ってるみたいだけどさ、ナイフより銃のが強いに決まってんじゃん?」


「試す?」


「いいぜ。だがその代わり、無関係の一般人が巻き込まれても文句言うなよ?」




 それは生存者を無差別で殺すという宣言だった。


 いわば人質か。


 ただでさえ真恋と日屋見さんを殺されて、彼らは混乱している。


 これ以上、精神的なプレッシャーをかけると錯乱しかねないか。




「依里花は殺せないよ」




 すると、急に令愛が白町くんに啖呵を切る。




「私は依里花のパーティに参加してる。仮に依里花が死んだら、私は日屋見さんみたいに消えることになるの」


「はぁ? 何よそれ、面倒くさすぎっしょ。大木ちゃーん、やっぱあいつも殺した方がいいって」




 再び大木に絡みつく白町くん。




「あまり調子に乗るんじゃないわよクソガキぃッ!」




 さすがにこれには大木も堪忍袋の尾が切れたのか、その手で彼の喉元を掴むと、そのまま壁に押し付ける。


 ズドンッ、と周囲が揺れて、壁が砕けて凹んだ。




「ぐ、がっ……い、ってぇ……や、やめろって……冗談、だろ……っ」


「曦儡宮様のおこぼれを貰えているだけの存在が、私の娘を殺すぅ? 調子に乗らないで。代わりなんていくらでもいるのよ?」


「わーった……うげ、わーったから……離せ、って……」




 大木の手から解放された白町くんは、膝を付くと激しく咳き込んだ。


 その首元は赤を通り越して、青紫にうっ血している。




「遠慮なさすぎだろこのヒステリック教師……げほっ、えほっ」


「自業自得だ」


「須黒ちゃん、冷てー」


「さあ令愛、無駄話はこれぐらいにしておきましょう。揺れも大きくなってきた。じきにこの階層も崩れるわ、その前にお母さんのところに――」


「行くわけないじゃないっ! いい加減にして!」


「はぁ、仕方のない子ねえ」




 ため息を付く大木。


 次の瞬間、私は自分の足元で“熱”が膨らむのを感じた。


 とっさに「危ない!」と私は近くにいた令愛を突き飛ばす。


 そして地面から噴き出した爆発により、私の下半身が消し飛んだ。




「依里花っ!?」




 まったく……何回令愛に叫ばせるんだっての、私!


 すぐさまヒーリングをかけて下半身を再生させる。


 だがすぐさま、吹き飛ばされた先の床がまた爆発をはじめていた。


 両腕で体を持ち上げ、高く後ろに飛び上がる――それで難を逃れることはできた。


 けどこれは何? 何の前触れもなく床が爆発するなんて、そういう魔法があるってこと?


 バーニングの魔法ですら、一応は予兆みたいなのはわかるっていうのに。




「足元に無数の爆弾をしかけております」




 令愛の友達である月が、機械的な発声で言った。




「爆発はわたくしの任意でございます。逃げ場はございません。ご了承ください」


「今ので私が死んでたら令愛も消えてたんだけど」


「貴女様の力量は把握しております。先ほどの攻撃程度・・で死ぬ可能性はゼロかと」




 声は機械的なくせに、言葉は随分と挑発的じゃん。


 めっちゃ性格悪そう。


 どんな親に育てられてきたんだか。




「会衣たちは急いでここに来た、でもすでに爆弾が仕掛けられている」


「待ち伏せしてたのね」


「そうよ巳剣さん。娘の居場所を探るのは母親の義務だもの」




 大木の言葉に、令愛は慌ててスマホをポケットから取り出すと、それを床に投げ捨てた。




「連絡先を登録しただけじゃなかったんだ……勝手にあたしの居場所まで探って!」


「何のために教師として潜り込んだと思っているの?」


「そんな理由で教師になるなんて終わってるッ!」




 まったくもって令愛の言うとおりだ。


 しかしGPSで場所を探る機能が、この中でも使えるなんて――メッセージが届いたのと同じ理由なのだろうか。


 とにかく、私たちは令愛のスマホを経由して、ある程度は行動を把握されてたわけだ。


 だからこそ待ち伏せをして令愛を狙撃できたし、床に爆弾を仕掛けることもできた。




「聞いての通りだ倉金。悲しいほどに詰んでいるだろう? 俺も正直つまらないと思っている。どうせなら互いに死力を尽くして殺し合いたかった」


「だったら逃してくれない?」


「俺を睨みつけたところで状況は変わらん。諦めて投降しろ」


「はっ、どうせ投降したところで私は殺されるんでしょ?」


「そうだな。だが投降しなければ犠牲者が増えることになる」




 須黒くんの視線が、真恋たちの連れてきた生存者に向けられた。


 彼らは可愛そうなぐらい怯えている。


 全員がパーティメンバーに入ってる保健室側のメンバーはともかく、あっちの人たちが爆弾にやられたら回復する術はない。


 同じクラスの人間もいないから、恨みなんて全然ないしね。


 どうする――とりあえず手は一つ思いついてるけど、犠牲者を出さずにそれを完遂するにはもう一手必要だ。


 奇跡を祈るようなもんだけどさ。


 ギィはじっと踊り場の方を見ていて、時折白町くんや須黒くんと目を合わせている。


 彼女はそれでいい。


 意図は理解しているだろうから、そのままでいてもらおう。




「助けを求めるような視線の動きだな。他に仲間がいるのか?」


「さあね」


「ふ、どうせ全員を渡してもらうことになるがな。まずはパーティから全員を脱退させろ」


「従わなければ?」


「一人ずつ殺す」




 目を見ればわかるけど、こいつら殺せちゃう人間なんだよね。


 誰か一人が、とかじゃなくて全員が。


 何の罪の意識もなく人殺しをできるタイプだ。




「ど、どうしよう、依里花……」




 令愛の瞳が揺れている。


 追い詰められていることは彼女もわかっているはずだ。


 巳剣さんも、牛沢さんも、すっかり口数は少なくなってしまったけれど、みな助けを求めるようにこちらを見ている。


 どうする、もう時間はない。


 もう一度視線をさまよわせる。


 ……いる?


 角の向こうに、制服とは違う服が見える。


 この地震と騒ぎに反応してくれればって思ってたけど――ははっ、どうも私の願いが届いたみたい。




「……わかった、全員パーティを解除する」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ倉金さんっ、そんなことしたら!」


「勝ち目がなくなるって会衣は思う」




 そもそも巳剣さんと牛沢さんはレベル1なんだし、勝ち目は最初から無い気はするけどね。


 相手の自信の度合いを見るに、あっちのレベルは私らと同等かそれ以上みたいだし。




「そうだよっ、こんな人たちに従うなんてっ!」


「でも……みんなの命を守るにはそうするしかないから。私はそこにいる連中を殺すつもりではあるけど――無駄な犠牲が出ることを望んでるわけじゃない」




 復活した白町くんが、私を見下ろしゲラゲラ笑う。




「あっははははは! 今から死ぬのに強がるね倉金ちゃん。もしかしてちょっと力を手に入れたから行けると思っちゃった? 逃げ道とかないからね。確実に死ぬんだよ、お前」


「0.1%ぐらい生き延びるかもしれないし」


「万が一にもないぐらい徹底的に殺すって言ってるわけよ。わかる?」


「わかったわかった。とりあえずそういう話は、事を終えてからにしようよ。はい、今パーティ解除したから」




 体から力が抜けたのを感じたのか、令愛は自分の両手を見つめたあと、不安そうな視線を私に向けた。


 私には微笑み返すことぐらいしかできない。


 すると令愛の背後から大木が迫り、彼女を強く抱きしめた。




「令愛ちゃぁぁあああんっ! やっとあの汚らわしい倉金から解放されたのねぇ、よかったわ。これからはお母さんと仲良くしましょ――」


「あなたなんて母親じゃないッ!」




 パチンッ――と、令愛は振り向きざまに大木の頬を叩いた。


 すると大木は突如として真顔になり、握りこぶしで令愛の頬を殴りつける。


 信じられないものを見た。


 令愛は頬を押さえて倒れ込み、目を見開き母を見上げる。


 大木は鬼のような形相で娘を睨みつけたが、すぐに笑顔に戻って倒れた娘を抱きしめた。




「ごめんなさいね、でも今のも“躾”なのよ。そういえばお父さんはこういうのにも理解を示してくれなかったわね。よしよし、これから私がしっかり教えてあげるからねえ」




 令愛の体はガタガタと震え、涙を流している。


 ――少し、見通しが甘かったかもしれない。


 大人しく引き渡せば手は出さないと思ったけど、想像以上のキモさだった。


 やば、鳥肌立ってきた。


 近くにいる令愛はもっと気持ち悪いんだろうな。


 大木。


 あの女、できるだけ早く殺さないと。


 ごめん令愛。ごめん、ごめん、すぐ助けにいくから。




「ま、まあ、あの子は大木ちゃんに任せるとして。他の子たちもこっちに来なよ、須黒ちゃんに免じて殺さないであげるからさあ」




 怯えながらも、階段に近づく生存者たち。


 地雷原には私だけが残る――かと思われたが、




「待て白町。本当に倉金がパーティを解除したかわからん」




 それを須黒が止める。


 図体は大きいくせに細かいことに気づくやつ。




「はあ? 倉金ちゃんがオレらのこと騙したってこと? そんな度胸あるぅ?」


「あいつの目つきを見ろ、明らかに以前と違う。すでに何人か殺していてもおかしくはない」


「じゃあ聞いちゃおっかな。黒鉄ちゃん、オレらのダチ殺した?」


「3人は」


「名前教えてくんない」


「集堂くん、浅沼くん、吉岡さん」


「うっわ具体的。まじで殺っちゃってんじゃん。やべー、倉金ちゃんついに人殺しになっちゃったよー! ただでさえ不用品だったのに! 産業廃棄物じゃん!」


「俺らのことも殺すつもりだろう」


「善良な市民であるオレらもターゲットとかこえー! でも人質いたら大丈夫じゃね?」


「その程度の恨みだと思うか」


「あー……確かに。最悪、人質を犠牲にしてでもオレら殺されるかも」


「だからここで潰しておきたい。パーティメンバーのリストを見せろ、倉金。できるはずだ」




 私はため息をついてスマホをいじり、パーティメンバー一覧が表示された画面を須黒くんに見せつけた。


 そこに記された名前は――“倉金依里花”と“ギィ”だ。


 画面を見る白町くんの口が『二人いね?』と言いかけたとき――




「今だッ!」




 私は角に隠れる“彼女”に合図を送った。


 すると私たちの目の前に光の珠が現れ、まばゆい輝きで視界を埋め尽くす。


 私は素早く牛沢さんと巳剣さんに近づくと、二人の体を階段のほうに突き飛ばした。


 真恋が連れてきた生徒たちは――もう階段に寄ってるから大丈夫か。




「伏兵か――中見、倉金を爆破しろ!」




 須黒くんが指示を出すと、足元が急激に熱くなる。


 やっぱり人質ごと殺そうとしてきたか。


 まあこの位置なら死ぬのは私だけだけどね。


 けどその私も、爆破の前に誰かが腕を掴んで逃してくれるってわけ。




「飛ぶぞ!」




 魔法的な何かを使って、私と彼女は光で埋め尽くされた場所の外までテレポートする。


 ……ネムシア、こんなことできるんだ。




「まったく、なぜ我が助けなければならぬのか」




 お小言を挟みながらも、私を先導してくれるネムシア。


 脱出したと言っても、まだ階段はすぐそこだ。




「ありがとね、ギィ!」




 私はあえて、わざとらしくそう告げた。




「我はギィなどという名では――」


「しーっ!」




 そして角を曲がり、須藤くんたちの視界から消えたのだった。




 ◆◆◆




「逃げんじゃねぇぇええッ!」




 白町の放った弾丸は、依里花とネムシアが曲がった角に命中した。


 しかし二人には命中せずに、ただ壁に傷跡を残しただけである。




「チッ、追うぞ須黒ちゃん!」


「必要はない」


「なんで!」


「忘れたのか、すでにこのフロアが崩壊をはじめていることを」




 地震はさらに激しくなり、床にヒビが入りはじめている。


 階段から離れた場所は、とっくに何も存在しない虚無の空間になっているはずだ。




「そっか、ってことは倉金ちゃん逃げても無駄じゃん」


「この手で仕留められなかったのは残念だが、諦めて戻るしかあるまい。それでいいな、大木」


「ええ構わないわ。私としては令愛ちゃんさえ連れて帰れればそれでいいんですもの。ね、令愛ちゃん?」


「依里花……依里花……依里花ぁ……っ」


「そんな汚物の名前を口にするんじゃありませんッ!」




 大木は依里花の名を呼び続ける令愛の頬を、何度も叩いた。


 白町はそれを見て「うわあ」とドン引きしている。


 中見は日常風景とでも言わんばかりに、無表情にそれを見つめていた。


 一方で、須黒は怯えて顔をあげようとしない生存者たちに声をかける。




「話は把握したはずだ。お前たちには俺たちの拠点まで来てもらう。そこで様々な作業に従事してもらうことになるだろう。安心しろ、従えば命は奪わんし、食料も与える」




 無論、そんなことを言ったところで、彼らの不安が取り除けないことは須黒も承知していた。


 いわばこれは儀式のようなものだ。


 言っておけば、自分の責任は果たしたことになる。


 そして生存者たちに背を向けて、階段を登る。


 彼らは恐怖しながらも、従うしかなく、その背中を追いかけて歩いた。




「しっかし須黒ちゃんさあ、不思議だと思わない?」


「何がだ」


「オレら、大木ちゃんから情報もらって待ち伏せしてたわけじゃん。完全に奇襲だったわけよ」


「そうだな」


「なのになーんで倉金ちゃんは伏兵なんて用意できたわけ? つかギィって誰よ、あれ本名で登録されるから日本人じゃなくない? あれ天然モノの金髪なのかな。つか一瞬だけ顔が見えた気がするけど、どっかで見覚えある気がすんだよね」


「うるさい、知らん」


「須黒ちゃん冷たーい」


「どうせフロアの崩壊に巻き込まれて死ぬんだ、気にするまでもないだろう」


「そうは言うけどさ、なーんかヤな感じするんだよね。そーだ、犬塚ちゃんなら何か知ってない? 倉金ちゃんと一緒にいたんだしさ」




 そう聞かれたギィは、完全に犬塚海珠になりきって答えた。




「ゴミ金が私のことを信用するわけないじゃない。そういう話をするときは、私がいないとこでコソコソやってたわ」


「やっぱそうなっちゃうか」


「集堂たちは殺されたと言っていたが、よく犬塚は標的にならなかったな」


「あの仰木令愛とかいう子とキモいぐらい仲良かったし、保健室にいる間はいい顔したかったんじゃない?」


「そいや郁成ちゃんときもそんな感じだったね」


「郁成自身もそういう節があったな」


「いやー、悲惨だよねあの子。でも倉金ちゃんなんかと仲良くするのが悪いっつーかさあ。オレら悪くないしさ」


「俺たちを呪わないでくれ、と懇願でもしてみるか?」


「拠点に盛り塩ぐらいはしておきたいよね。なんたって――」




 白町はへらへら笑いながら、怯える様子など一切見せずに言った。




「曦儡宮呼び出したの、郁成ちゃんなんだし」



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