第七十話③
そして時は今に至る。
──痛ってぇ~~。
ステルラアイツ、俺の事を運ぶだけ運んで途中で手を放しやがって……絶対に許さねぇ。
左腕めっちゃ痛むんだけど、これ変な感じに着地しちまったな。折れてなければ動けるんだが……
でもスズリが危ない状態だったみたいだしそこは褒めてやる。人命を優先したってワケだな、俺の命が脅かされている事実は此処に関しては置いておいてやろう。
で、だ。
眼前で威嚇をする白い怪物────大戦時代の遺物、その体現。
随分と懐かしい野郎だ。
おおよそ十年前、
そしておおよそ百年前、かつての英雄はお前達にしてやられた。
まだまだ未熟で足りない事のほうが多いこの身ではあるが、今ならお前に一手指し返すくらいの事は出来る。
いつまでも人の世に現れるもんじゃない。
怪物や伝説は、語られるだけの存在になるのが一番いいのさ。
こいつを一体斬るのに技は要らない。
技なんか使ってやらん。
雄叫びと共に俺に向かって、右腕で殴りかかってくる。
ンな単調なもの、今更くらって堪るか。
こっちは毎回毎回命を賭けて天才共と戦ってんだ。
どいつもこいつも強い奴ばっかだ。
大戦の頃と比べても個性豊かでずば抜けた連中だよ。
「起きてくんなよ、時代遅れ……!」
とんだ自己否定だ。
俺は埋没した英雄の記憶を頼りに成り上がろうとしているのだから。
滑稽な事この上ないだろ?
本物の英雄ならば一撃で両断できているだろう怪物の腕を断ち切る。
そのまま流れに乗っかって、生物のように痛みに反応してる怪物の首を切断する。
師匠の力を借りて、これだ。
まだだ。
まだまだ俺の力は足りてない。
この程度じゃ何も守れない。何も果たせない。
ズズン!
と、大きな音を立てて倒れ込んだ死体。
スズリに見せてないだろうなと確認するためにステルラの方を確認した。
ほわ~、なんて言いそうな感じで口を開いてるスズリ。
なんかスズリにめっちゃ話しかけてるステルラ。
アイツなんの気遣いもしてねぇな。
この白い怪物が魔力で構成されてるとは言え血しぶきと似たような噴出の仕方をする。
あまり多感な時期の子供に見せていい光景では無いのだが、そこら辺に気配り出来ないのがステルラ・エールライトって女。
「ロア、おつかれっ」
「おう。とりあえず俺に回復魔法頼む」
「え、怪我したの?」
「具体的には左腕、お前に叩きつけられた時のだ」
あっ……じゃねぇんだよな。
口をキュッと結んで冷や汗を垂らしているステルラの姿は非常に見慣れたものだ。
昔は天真爛漫で笑顔が良く見れる明るい女になると思ったのに、蓋を開けてみればコミュ障拗らせ対人下手くそ女になっていた。俺以外に靡く可能性が殆どないからそれはそれでいいんだが、一々病むような気質ではないステルラも見て見たかった。
…………んー?
何か引っかかった、ような気がする。
俺は確かにステルラ・エールライトという少女の事が好き(いろんな意味で)だが、こう、なんか…………
あれ?
俺は割と初めの方はステルラの事が嫌いだったんだが、一体何時から好きになったんだ。
普通に煽って来るし勝てないし一方的なあの女を好きになったタイミングがわからん。別に何時だって構わないんだが、そもそも俺の好みはなんだ。
……案外。
引っ張られてたのかもしれん。
かつての英雄に。
「はい、治ったよ。…………ご、ごめんね」
「気にするな」
グーパーグーパー繰り返して問題ない事を確認する。
痛みもないし、流石の魔法技術だ。
そもそも身体強化+雷魔法+回復魔法を同時並行で扱える時点で俺とは雲泥の差があるのだが、その差をどうにかこうにかして埋められてる師匠の祝福が異常な性能をしている。
痛みはデメリットに入らない。
不快だが我慢すればいいだけだからな。
「スズリ、怪我は無いか」
「あ、うん。お兄ちゃんこそ」
ステルラの腕から降りて、ふらふらとバランスを取る。
「カッコよかったよ。ぶい」
ブイサインを掲げてくる。
俺の妹だな……間違いなく。
こういう所でふざけられるのは俺のルーツ、というより父上のルーツ。変な所で胆力があるのは母上のルーツ。
「
一方でニコニコ笑顔で俺達の事を眺めていたステルラに死体を指さして確認する。
村の中でも人気がない場所ではあるが、大木が折れた上にあんな化け物の声が響き渡ったのだからその内大人達が見に来るだろう。
師匠が来ないとは思えないが──……まあ、色々あるんだろうな。
或いは、ステルラが大急ぎでここに来たのを感知していたのかもしれない。
「燃やすね!」
「それで本当にいいのか? お前ちょっと考えろよ」
「えっ、昔師匠が燃やしてたし……」
確かに雷で焼き殺してたが……
まあ今更こいつを調べる事なんてないか。
そうだとしたら以前の個体を隅々まで見てるだろうし、俺達の所に現れたのが唯一って訳でもない。
「……一つ聞くが」
この怪物が目を覚ますのは、魔力を籠めることが条件になっている。
俺の時はステルラが無自覚に流していて、おそらくテリオスさんの時もそうだろう。
魔法を覚えたての子供ってのはそんなもんだ。
だから魔法を教えるのには資格がいる。
俺には必要無いから知識としては蓄えてない。
「スズリは魔法使いになりたいか」
ボッ、と後ろで空気を全部破壊した炎が広がる。
スズリが俺の後ろに目線を送った。
俺はその視線を遮った。
「うーん…………なれればいいなって感じ」
「そうか」
ま、そんなもんだろう。
師匠の雷に惚れたステルラとは違い、英雄の剣技を遠目から見たくらいじゃ凄さは伝わりづらい。
剣を振ったことのある人間なら少しはわかるかもしれないけど、スズリは箱入り娘でやる気がない俺の妹だ。この程度で惹かれる程チョロい娘じゃあないのさ。
「……でも」
両手を見詰めて、スズリは躊躇いがちに口を開く。
「空を自由に飛べるのは、ちょっと羨ましいかも」
……そうか。
やりたいことと言うには早すぎるが、興味が少しでも沸いたのならそれでいい。
俺が言うのもなんだが、人生は思いのほか楽しい事に溢れている。斜めに構えてさえいなければ存外楽しめるもんだ。
ただし苦行はNGだ。
苦しくて辛い事をやるのは狂っている。
俺は俺がやりたいからじゃなくて、そうするしかなかったからやっただけ。
他の誰にだってこの生き方は勧めない。
「まあ空を飛べるようになるには滅茶苦茶努力しないと無理だが」
「やっぱやる気なくなってきたかも……」
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