第六十九話③

「…………あれ?」


 そんな風に内心諦めの言葉を重ねていたところで、手に持った石の様子が変化している事に気が付いた。


 何度か脈動のような鈍い輝きと共にゆっくりと光を放ってる。


 …………もしかして……これ…………


 物は試しという事で、コントロールしきれない魔力操作を行って石に直接魔力を注入した。


 するとどうだろうか。

 みるみる内に石は輝きを増して、どんどん綺麗な色に変わっていく。


 やった。

 やったやったやった! 

 たぶんこれが正解だったんだ! 


 これはただの石ころじゃない、魔力で反応する新しい宝石だったんだよ! 


 にへら、と喜色で歪む口元を気にもせず、わたしは無我夢中で魔力を流し続ける。


 へへっ。

 見たか同年代。

 わたしは勉強は出来ないし運動も出来ないけど、こういう未知の発見が出来た。皆より普通の事は出来ないけど、皆が出来ない特別なことが出来たんだ。


 へへ、へへへっ。

 顔も知らなかったお兄ちゃんの事ばっかり聞いて来た大人達は、どうせ掌返して「流石は“英雄殿の妹”だ」とでも言うんだ。


 妄想が膨らむね。

 人生案外どうにかなるもんなんだ。

 お兄ちゃんが本格的に修行を始めたのも同じくらいの年齢だったらしいし、わたしの人生これからだってね。


 起き上がって、煌びやかな光を放ち続ける宝石を空に掲げた。


 これからだ。

 この話をお父さんとお母さんにして、これがぬか喜びじゃないかどうかを確かめて。


 きっと、きっと本物だから。

 こんなに綺麗な色なんだから──この喜びはきっと、本物になるはずなんだ。


 ピシリと、大きく罅割れが入った。


「あっ……や、やばいかも」


 魔力流し過ぎた? 

 きょ、許容量とかもしかしてあったのかな。

 でもわたしの魔力ってそんな多くないし、その程度で壊れるとは…………う、うーん。


 わ、割れて分割されなければセーフだから。


 なんだっけか。

 現物的価値? みたいな奴が下がったら嫌だ。


 割れないように優しく腕を動かしてるのに罅割れは深まる一方であり、さっきまで高揚していた気分は急激に冷やされていった。


 あ、あう…………

 どうしよう。

 一気に割れるとかならまだしも、徐々に罅割れが広がっていくのはもう手遅れな気もする。


 ビシビシと音を立てながら全体にひび割れが浸透した。

 ……あ~あ。

 結局、無駄になっちゃいそうだ。


 変に興奮した自分が恥ずかしい。

 そんな特別な事がポンポン起きる訳もないのに、わたしは何を夢見ていたんだろう。

 人生を一気に明るく照らすようなイベントは現実には無い。戦争とか、かつての本には何の変哲もない日常が災禍に変わる瞬間とかが描かれていたりするけれど──たぶん、わたしの人生にはあり得ないことで。


 お兄ちゃんは、そういう星の下にでも生まれた人。

 わたしは違う。

 優秀で、人誑しの才能もあるような兄と比べられながら生きて行く不出来な妹。


 それがきっと、わたしだ。


 歪みきった虹色の石を地面にそっと置いて、木陰から出る。

 やりたくなんてないけど、結局は努力を重ねる以外にわたしに出来る事はないみたいだ。

 嫌だなぁ……楽したいよ。

 のんびり寝ながら一日を過ごして、お腹がすいたらご飯が用意されてて、たまに家族と団欒する。


 頑張るって難しいよ。

 だって、頑張ったところで、報われるとは限らないし────なにより。


 頑張った成果を出すための場所に行くことが、わたしにとっては恐怖でしかないんだ。


 …………とりあえず。

 とりあえず家に帰って、寝直そう。

 それからやる。提出できるかもわからない課題に手を付けて、一日一問でもいいから進めるんだ。


 それくらいなら出来る気がする。


 ……暑い。

 夏の暑さがわたしを駄目にしてるのか、それとも、お兄ちゃんにわたしも誑かされたのか。

 少なくとも、これまでのわたしと違って、褒められたいという欲求が前面に出て来たのは確かだった。


 そうして、少しだけやる気を出したからなのか。

 わたしらしくない行動を取った罰なのか、いろんな偶然が重なった所為か。



 ────ドゴンッ! 



 さっきまでわたしが居た筈の背後から、大きな大きな音がした。


 なんでかわからないけど、振り向いてはいけない気がする。

 もしかしてさっきの石が原因で爆発とかしちゃったりして……、そんな悪い予感が脳裏をよぎる。


 いやだなぁ…………

 なんでそんな危ない事をしたんだとか、怒られたくないや。

 ただでさえ同年代には悪い印象を持たれてるのに、こんな田舎だからすぐに情報が伝わっていく。今日の夜には「メグナカルトさん家のスズリちゃんがね~」って始まるに違いない。


 そういう部分が、どうにもわたしが上手く生きて行けない理由でもある。


 見ない訳にもいかないから、溜息を吐いて覚悟を決めて後ろに振り向く。

 爆発っぽい音だったよね。

 だからたぶん、わたしの魔力が原因で石が爆発したんだ。

 これはこれで新しい発見だけど褒められる気はしないかな。


「────…………ぁ、えっ」


 わたしが傘代わりにしていた木は半ばから圧し折れて、空に浮いてる。


 なぜ空に浮いているのか。

 それは、突然その場に現れた白い化け物・・・・・が握り締めているから。

 ていうか────武器みたいに構えてて、明らかに……わたしを狙ってる感じがするんだけれども。

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