第六十九話②

「……やだなー…………」


 兄が学び舎に通っていたのは短い間らしく、知り合いと呼べる人は多くないそう。

 これは両親からの話だから信憑性は高いと思う。だから、わたしに対して「○○の妹」って突っかかってくる年上の学生は殆どいない。大人たちの方がやかましい。


 先生方はどうかな。

 ただでさえ学び舎を休んでる・・・・・・・・わたしのことをどう思ってるんだろう。夏休み云々関係なしに、勉強もしたくない、運動もしたくない、人と話すことも嫌だって我儘をごねるわたしのことを。


 …………お兄ちゃんは、干渉してこないかもしれないけど。


 英雄なんて呼ばれる人の妹がこんな出来損ないじゃ、嫌だよね。


 本を閉じて、考えることをやめた。


 わたしらしくない。

 無気力がモットー、やる気を持たず将来の夢もないのがわたし。

 何をやっても上手くいかないセンスの無さが、どうしようもないくらいにこうなることを決定付けたって言い訳したい。


 勉強は苦手、運動も苦手、人付き合いも苦手。


 誰かに勝ちたいなんて欲求もないし、人の上に立ちたいって向上心もない。

 自分に才能が溢れていればいいとは思うけど、汗をかいてまで努力はしたくない。


 それがわたしだ。

 スズリ・メグナカルトはそういう人間なんだ。


 そよ風が吹いて、考えることで茹だった頭を冷やしてくれる。


 ふ〜〜…………

 別に、わたしが変わる必要は一切ない。

 お父さんもお母さんも、それこそお兄ちゃんだって言ってこない。


 だから、わたしが考えることは何もない。

 これまで通り、これまでと変わらずに、ずっと静かに生きていればいい。


 たとえお兄ちゃんが、『英雄』だったとして。

 近所のお姉ちゃんと付き合って、英雄と紫姫なんて呼ばれるベストカップルみたいな存在になっても。

 わたしみたいな石ころは存在感を出さずにひっそりとしていればいいんだ。


「…………結局のところ。才能があったんだもん」


 そうでも思わなくちゃ、やっていける気がしない。


 お兄ちゃんには才能があった。

 勉強が嫌いでも、勉強をする才能が。

 運動が嫌いでも、運動をする才能が。

 努力が嫌いでも、努力をする才能が。


 そして────どうしても無くしたくないと思える、大切な何かがあった。


 羨ましくなんてない。

 わたしがそんな才能持ってても、絶対に同じ道は歩んでないと断言できる。

 だから、絶対、決して、羨んだりはしないけど。


 もぞもぞと首筋で動く感覚がする。

 草の上に直接座り込んで木にもたれ掛かってたから虫が登って来た。

 手で掴んで、潰れないように地面に放り投げる。


 虫になりたかったとまでは言わないけど、それくらい考えることもせずに生きていきたかった。


 なんでこんなに、色々考えなくちゃいけない立場に生まれてしまったんだろう。

 お兄ちゃんに比べればそれは見劣りするけど、注目と喝采を浴びる人物の身内というのは嫌が応にも比べられる。


 他人の視線も何もかも無視できればいいけど、そんな図太いメンタルをしてるなら学び舎で失敗して恥ずかしくて行かなくなる、なんてこともない。


 今度は地面に寝っ転がる。

 草の香りが広がって、サラサラと風によって揺れ動く草の音色が心地いい。

 ポケットから虹色の石を取り出して、まじまじと観察した。


 綺麗だ。

 いろんな本で調べたけど、この石が載ってる本は何処にもなかった。

 そう、無かったんだ。手広く種類と絵だけが載ってる図鑑にも、詳しい研究者が記した専門書にも、こんな石が存在してるとは書いてなかった。


 だから、わたしはこの石を隠した。

 大人が答えを言うより先に、珍しく興味が湧いたこの石を調べたかったから。


 興味のないことに時間を使うのは嫌いだ。

 何もやりたいこともない時間は、ひどく退屈。

 でも、興味があることがあれば時間は急に足りなくなる。

 わたしが一心不乱に本を読み漁っている姿を見て両親は何かに安心したようで、ある意味この石に救われたとも言えるかな。


 本当はもっと前にやる予定だったんだけど、まだまだ試したいことが多かったからやらなかった最後のテスト。

 これが外れれば、もうわたしの知識じゃ石の正体を知ることが出来ないであろう選択肢。


 自然発生した石なら、魔力に反応することもないと思う。

 仮にこれが人造で、何かをトリガーに反応するような石ころだったら。


 こんな、何も持ってないようなわたしでも……

 何かの役に、立てるんじゃないかって。

 新たな発見をしたって、褒められるんじゃないかって。


 どうにもわたしの事なんて見ようとしない大人達に、ちょっとでも見返せるんじゃないかって。


 そう思ってしまったのが、間違いだった。


「────……あっ」


 両手で包んで、魔力を送り込む。

 お兄ちゃんは魔力が殆どない落ちこぼれ体質で、魔法に関する才能だけは持ってないらしいけど、わたしは少し違った。


 わたしは相応の魔力だけは持ってた。

 でもステルラさん程多い訳じゃなくて、でもお兄ちゃんみたいに感知すら難しい程じゃなく。

 ごく一般的、魔法使いを目指すには心許ない程度の魔力だ。


 どこからどこまで行っても中途半端でモノ哀しくなるけど、わたしにあるのはこれしかない。


 でもやっぱり適当にやってきたツケなのか、虹色の煌びやかな石に罅が入ってしまった。

 魔力の扱い方も特別巧いってわけじゃないし、しょうがないかな。

 でもでも、これで中身が見えればそれはそれでいいかも。


 外側から鑑賞するのは十分行った。

 なら、こう……なんか中身が凄く神秘的だったり、なんか起きてくれることを祈る。


 つるつるだけど鋭角があって、少し凹凸がある形状。

 罅が入っても特に見た目の変化は無くて、何か起こる事を期待したけれど何も起きない。 

 そよ風が吹いて、前髪を軽く撫でて行った。


 …………ですよねー。


 わかってた。

 わかってたし。

 わかってたもん。


 所詮そんなもんだって。

 近所の山で拾っただけの石だもん。

 そんな人生を変えるような劇的な出来事、簡単に起きるはずもない。


 なにさ。

 ちょっとくらい望んでもいいじゃん。

 そんなに餌を与えられるのを待つのはいけないことですか? 人生そんな覚悟を決めて、なにがなんでも死に物狂いで極めようなんて思える人は多くないんですよ。


 たった一つの失敗が心の奥底に植え付けられて、身動き取れなくなるようなわたしも居るんです。

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