第六十六話①
三人で過ごした休日を終えて、翌日。
昼頃に俺の家に集合し、そこそこ荷物を抱えたステルラと鞄一つの俺という対極な装備で固めた一行はテレポートによって一瞬で故郷へと転移した。
馬車で一週間、転移で一瞬。
いや〜〜〜、楽でいいね。俺は楽と快楽と堕落をこよなく愛する男、手を抜くことに関しては誰よりも研究を重ねていると自負しているがこれほどまでに楽だともう離れられんな。
一生師匠に世話してもらおう。
そんなどうでもいい思考を尻目に、ボケーっと空を眺めていた俺に声をかけてきた。
「懐かしいかい?」
「十年ぶりだ。覚えているようで覚えていないような景色だな」
確かに俺にとってここは生まれ育った地であるのだが、それ以上に山での暮らしが強烈すぎて塗り替えられているような感覚だ。
なのに覚えているのだから、子供の頃の記憶というのは案外舐めたものではない。
「君にとっての故郷は間違いなく此処だ。私との暮らしは別物だよ」
「そうですかね。俺は結構師匠と暮らした数年間を大切に思っていますよ」
大切に思わなきゃやってられねぇ。
毎日答えのない拷問を受けているような気分で陰鬱とした精神のまま成長を重ねた俺を慰めるにはそれしかなかった。大切だったよ、あの日々がなければ俺はきっと後悔していた。
取り返しのつかない間違いを犯す所だった────そうに決まってるんだ。
「そうじゃなきゃ昔の俺があまりに不憫だ」
「ああ、そういうやつ……」
師匠が少し眉を顰めているが、不機嫌な様子ではない。
なんだかんだ言ってこの人は俺の人生を預かっているという事実を滅茶苦茶重たく認識している。具体的にはお小遣いをねだると絶対多めにくれる所とか、学園に通わせてその後の進路を提示してくる所とか。
百年以上生きてるからと言って精神的に超越したかと言われればそうじゃない。
人並みに傷つくし人並みに悩むし人並みに苦しむ。
「何度言ったかわからんが、俺の人生に関して師匠が気に病むことは一切ない。俺は俺の目的があって師事を仰いだ、師匠はそれを受け取った。途中でやめるチャンスをいくらでもくれたのは忘れてないさ」
みんな他人を過大評価しすぎ。
人は人であるという点から逃れられないし、思っているより自分は優秀じゃないし、思っているより他人も優秀じゃない。考えていることが想像もつかないとは言え培った常識が存在し、また、彼ら彼女らにも各々の家族や人生が存在している。
言わなくても伝わる、なんてのは幻想だ。
ま〜〜じで何度もこう言ってるんだが、全然信用してくれない。
これだけ本音をぶちまけてるのにいまだに信用されないのは少し悲しくなってくるぜ。
「…………相変わらず、ロアは優しい子だ」
「他人に優しくしておけばいつか報われる日が来るかもしれないからな」
「わ、私も師匠に鍛えられて感謝してます!」
俺と師匠の会話に入り込む幼馴染。
ふっ、お前は典型的なコミュ障だからな。自分一人だけ取り残されているような感覚に耐え切れなかったんだろうが、その程度俺たちは予想可能だ。
「……ふふっ。ありがとう、二人共」
うむ。
本当にダメな奴はここで『年下に慰められるなんて、本当に私はダメだ……』ってヘラるからな。その点師匠は真っ直ぐに受け取ってくれるからイイ。
「で、だ。此処はどこら辺だ」
「西地区だね。懐かしいんじゃないか?」
お前悪魔か?
先程まで師匠に優しくする優男ムーブをしていたが、今この瞬間取りやめることを決意した。
俺の家は東地区にある。
此処は西地区。若かりしステルラが覚えたての身体強化魔法で爆走し十分程度で来てしまった場所であり、俺にかつての英雄の最期を見せる原因となった因縁深い場所だ。
そしてシンプルに家まで遠い。
めんどくせぇ、一発で家まで連れてってくれよ。
「あの後ステルラに引き摺られ空を駆けたのは今でも根に持っている」
「も、もう! 子供の頃はノーカンでしょ!」
「今も大して変わらんが……まあいい。子供じゃなくてもルーチェとやらかしてるしな笑」
「う゛あ゛っ!」
致命傷だったのか、ステルラが崩れ落ちて四つん這いになった。
プルプル震えた後に頭を地面に打ち付け、周囲に人目がないのを良いことに暴れ出す。
「あ゛ぁーッ! 子供の頃に戻りたい!! やり直したいよぉ!」
壊れちゃった…………
好きな女がジタバタ暴れるのを悲しい目で眺めることになるとは考えていなかった。
俺は子供の頃に絶対絶対絶対ぜぇ〜〜〜ったいに戻りたくないのだが、ステルラほど色々持っているならそりゃあ戻りたくもなるだろう。未来から巻き戻ってはい俺つえーは全男児の憧れだからな。
勿論俺も妄想したが、別に子供になったからと言って今と思考も知っていることも特に変化がないので単純にまた苦しむだけなので諦めた。
虚しくなるな、やめよう。
師匠と目線を合わせて、無言で頷いた。
「師匠、どうにかしろ。アンタの後継者だろ」
「ロアがどうにかしなさい。君の幼馴染だろ」
「二人で押し付け合わないでよぉ!!」
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