第六十三話

 ────叫びが轟く。


 勝利の宣誓。

 ただ一人の為にどこまでも愚直に努力を繰り返し、自身の信条を曲げプライドを投げ捨ててでも食らいついた男の咆哮。


 魔力障壁を揺るがす程の歓声と共に、決着の合図が鳴り響く。

 勝者はロア・メグナカルト。英雄の記憶を持ちながら英雄の才を持たずに生まれてきてしまった青年が、時代の覇者として君臨していた圧倒的強者に勝利した。


 嫉妬や羨望する者はいても、この瞬間だけは────誰もが賞賛を惜しまない。


 その中でも、特にロアやテリオスと親しき仲を持つ人物達が抱く感情は筆舌にしがたい。


 母親であり魔祖十二使徒でもあるロカと共に観戦していたヴォルフガングは、目を輝かせて喜んだ。


『とか言っておいて負ける気はないんだろう?』

『当たり前だろ。そもそも俺は勝てる勝負しかやらないからな』

『ハッハッハ! そういう所が実にメグナカルトらしい』


 かつて、ロアはそう語った。

 超越者に敗北した自分を食事に誘いに来た時、不貞腐れた様に言葉を吐きだすので聞いたのだ。


 あの人テリオスは強い。

 俺が手も足も出なかった強者を相手に、魔法が殆ど使用できないというハンデを背負いながら最後の最後まで諦めずに勝利を掴んだ。英雄と呼ばれる事を否定しながら英雄として相応しい在り方を見せつけて、男の意地すら貫き通す。口から発する言葉とは裏腹に情熱的で苛烈な男の勝利を祝いつつ、必ず再戦してもらおうと誓った。


 アルベルトは彼の本当の感情に気が付き、心の底から笑った。


他人の模倣で・・・・・・、俺が負けるわけないだろうがッッ!!』


 英雄と呼ばれる事を否定していた癖に、本当は誰よりも英雄と呼ばれたがっている。

 模倣で負けるわけが無い・・・・・・・・・・・────その言葉の真意を、彼は正確に理解した。英雄について詳しいのは前から理解していたが、ロアが英雄という存在にどんな感情を抱いているのかを想像し、あまりにも遠回りな告白に笑いながら、茶化すように手を叩き勝利への祝福を送った。


 エミーリアはその姿に、かつての英雄を見てしまった。


『星縋、閃光────!』


 紫電を纏い刹那の剣技を放つ、閃光の瞬き。

 彼が純粋な願いを込めて描いた軌跡を同一視しないようにと考えていた筈なのに、彼女の目にはかつての想い人が剣を振る姿が。その事実が自分達大人のエゴを下の世代に押し付けているようで。甘さや後悔、ありとあらゆる感情が混ざり合って複雑な気持ちを抱きつつも、大人として惜しみない賞賛を送った。


 アイリス・アクラシアは、目まぐるしく露わになる努力の証に身震いした。


『良いじゃないですか。俺には絢爛・・に見えますよ』


 あの時の称賛は間違いなく本音だった。

 私の剣を受け止めて、この世界でただ一人剣を極めている君。


 真っ直ぐな一刀流、防御型の自由な二刀流、そして貫き押し通すための剛剣。ありとあらゆる剣技を納めているのではないかと錯覚するほどに多彩で経験を積んだその引き出しの多さ、そしてそれを適切なタイミングで惜しみなく曝け出す胆力。一体どれだけ戦い続ければこんな風になれる壊れるのか。


「………………あはっ」


 その修練の凄惨さと異常さを正確に認識し、剣戟逢引きをして貰おうと笑みを深めた。


 ルーナ・ルッサは、彼の嘆きを受け止めた。


『歳を重ねれば割り切れるようになりますよ。きっとね』


 一人寿命で逝くことを寂しいと言っていた彼は、決して乗り越えている訳では無かった。人間を越えられない、寿命を延ばせない、私達座する者ヴァーテクスを置いて逝く事実を受け止めて諦めただけだった。怖いに決まっている。恐ろしいに決まっている。嫌に、決まっている。なのにそれを悟らせないように本音を隠していた。置いていかれる私達に、悲しみを遺さないように、少しでも気遣って。


「…………本当に……」


 ロアくんは、優しいですね。

 唇を噛み締めて、自身の積み重なった後悔を胸中に抱いたまま、ルーナは拍手を送った。


 ルーチェ・エンハンブレは、自身と似た境遇でありながら背負った全てを成し遂げるロアに嫉妬した。


『お前はいいヤツだからな』


 どこか掴みづらい印象を漂わせつつ、その実とんでもない正直者。

 弱音を吐く事を悪いと考えておらず、周囲の人間に感情をストレートに伝える愚かな男。誰にでも好きだと言い放ち、自分が好きだと言われても動揺すらしない性格の悪い男。そして、本当は心に決めた女がいるのに手あたり次第気に入った人間を懐に取り込もうとする人たらし。トラウマになった要因とすら言える女が育つ理由になった因縁のある男。


「……………………ふん」


 告白じみた決意表明を聞かされる身にもなれ。

 好きな男が堂々と本命宣言をする残酷さを、少しは想像しなさい。不貞腐れつつも、あいつならば絶対に捨てないだろうという確信を抱いているからこそ、口を軽く歪めて微笑みながら言う。


「…………次は、負けないわよ」


 今は私を見てなくてもいい。

 幼馴染に夢中でも構わない。絶対に、何度だって振り向かせてやる────決意を胸に、一先ずは激闘を制したことに対し祝福を投げた。


 ステルラ・エールライトは、大好きな男の子が答えてくれたことに歓喜していた。


『やがて星光に並び立つその刹那に、駆け上がってやるのさ!』


 私は何処までも駆け抜ける星光だと謳った。

 彼は星光を追い続け並び立つまで駆け上がると謳った。以前とは違い、ステルラ・エールライトが座する者ヴァーテクスに至って隔絶した差が生まれてしまったのにも関わらず、それでも勝てると吠えたのだ。その意味を、重たさを、大事さを、寸分違わぬ正確な意味で受け取ったステルラは頬を赤らめ僅かに恥ずかしがりながらも、満面の笑みと共に勝利を賞賛した。


「────やったぁ! 師匠、ロアが、ロアが勝ちましたよ!!」


 きっと誰よりもロアのことを理解しているだろう師に声を投げかけるも、反応がない。

 いつものように平静を装い皮肉げな言葉を言ってくるだろうと予想していたステルラは戸惑い、隣の席に座る師に視線を移す。


「…………師匠?」


 呆然と口を開いて、頬を僅かに赤く染めながら、瞳が揺れている。

 照れ隠し同然の言動をとっている所は見たことがあった。生意気なことを言ってきたロアに対して紫電を放ち暴力で黙らせてきたことも多々あった。


 だが。

 こうして表情に現れる程動揺したことは、無かった。


 ステルラの視線が自身に向いていることにすら気が付かないほど、エイリアスは自身の感情が制御できなくなっていたのだから。


「……ぁ………の、馬鹿弟子……」


 眉を顰めて口を緩ませ、困り顔で嬉しそうに笑う。

 足を組んで膝に肘をつき、前屈みになりながら片手で口元を隠した。


 彼女は誰よりもロア・メグナカルトを知っている。

 彼が大嫌いな努力を続ける理由がたった一人の幼馴染を孤独にさせないためだと。彼が英雄と呼ばれる事を嫌がるのは『自分では見合っていない』と思っていることも。彼が師である自分に将来的な死を伝えてくるのも、本当は誰よりも誰よりも苦痛を嫌う彼が誰かに共有することで不安を少しでも和らげようとしていることも。


「……………………全く」


 そして────よくも自分を愛してる、なんて言ってくれたこと。

 坩堝にいる全ての人間の耳に入るのに、なんて恥ずかしいことを言ってくれたんだと。


 無論家族愛だとは理解している。

 自分は子供の頃から世話をしているのに、そんな対象に恋愛感情を抱いていい筈もない。いくら自分の精神が未熟で気持ちの悪い女だとしても、ロアが愛を伝えてくれたとしても、そこだけは履き違えてはいけない一線だと思っている。


 エイリアスは、誰かの一番になったことはない。

 かつての英雄も自分ではない誰かを見ていたのはわかった。まるで子供を相手にするような仕草だったし、事実、女性としては全く見られていなかっただろう。


 ロアにとっての一番はステルラだ。

 それをよくわかっているからこそ、エイリアスは距離を取ろうとしていた。

 自分なんかが入り込む必要はないし、彼ら彼女らの邪魔をしてはいけないと心の底から思っていたから。もう、自分が必要とされる時代ではないのだと。


 ……でも。

 それでも。


 大戦で全てを失って天涯孤独となった自分を、受け継いでくれた。

 自分の憧れ英雄でもなくて、自分の道標星光でもなくて、授けた紫電唯一の繋がりを最後の切り札として扱ってくれた。


 彼女にとって、それが何よりも嬉しかった。

 まだ居ていいのだと。まだ居なくては困るのだと、ロアに甘えられているようで。ロアに必要とされているようで、誰かに求められているようで。


「────…………ありがとう、ロア」


 帽子を掴み深く被って、周りから見られないようにする。

 嗚咽も出ないように極限まで気を配って、どうしようもない程にごちゃ混ぜになった感情を受け入れる。


 かつての英雄が使ってくれた、同じ紫電。

 ただの雷魔法ではなくて、私が発展させた魔法を象徴として使ってくれた。


「……私は……十分に、幸せだよ…………」


 そう呟くエイリアスを、ステルラは苦笑と共に目を逸らした。


「全くもう、ロアはたらし・・・なんだから……」

「同感ね。あんなに趣味の悪い男はそういないわよ」

「同感です。あんなに残酷で心優しい人はいないですよ」

「たらしなのは否定できないかなぁ……あ〜あ、早く私と斬り合ってくれないかな〜」


 一人だけ目的が違うが、概ねロアへの評価は似たようなものだった。

 思うことは同じだと視線を合わせため息を吐き、魔祖の魔法によって治療と運搬を同時に行われている二人を見送った。

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