第六十一話②


「諦めて、たまるか……!」


 背中に羽ばたく翼を展開し、ルナさんとの戦いで見せた全力の姿へと移り行く。


 圧倒的な絶望感だ。

 どこまでも駆け抜けていく光を携えて、どこまでも突き抜ける鮮烈な輝きを放つ。


 間違いなくテリオスさんは、ステルラに比肩する程の才覚を有しているだろう。


『英雄として相応しい』表情を捨てて、心の奥底に溜まった重苦しい感情を吐き出した。


「────は、英雄になりたい!」

お前・・が妬ましい。母さんに英雄と呼ばれ、寂しがらせず、楽しませることのできる英雄が!」


 言葉は憎しみに塗れているが、その表情は晴れやかだ。

 忌々しいが、おそらく俺もそうなんだろう。さっき吐き捨てた言葉とは裏腹に、こんなにも忌み嫌った戦いへの欲求があるのだから。


「どうして俺じゃない! なぜ俺が英雄じゃない! そこに立つお前が、どうしようもないくらいに邪魔で嫌いで憎くて────でも、それ以上に…………」


 言葉の途中で何かに気がついたのか、少しだけ言葉に詰まった後に、苦笑と共に続けた。


「…………それ以上に。君以外に『英雄』と呼ばれるのなんて想像できないくらいに、納得したよ!」


 魔力が高まる。

 先程までの闘志の揺らぎどころでは無い、全力全開の一撃を放つのに足りる程の火力。


「君は英雄だ! ならば僕は、君を倒して英雄に成る!」


 互いの剣が光り輝く。

 俺は紫電を身に纏い、テリオスさんは光り輝く粒子を漂わせる。


「行くぞ、英雄!!」

「来いよ、英雄・・!!」


 足に全力をこめて、紫電迅雷を発動し大地を蹴る。


 既に視界全てが白い閃光に包まれたが、俺の勘が告げている。

 死という絶対の領域に何度も足を踏み入れ成長した俺の唯一頼れる勘が、告げているのだ。


 きっとテリオス・マグナスならば────正面から挑んでくると。


「────月光魔導剣ムーンライト・マグナス!」


 闇と光の交わった陰陽の剣を振りかざし、銘を叫びながらテリオスさんが肉薄してくる。


「────星縋閃光!」


 ぶつかり合う二つの剣。

 発生した衝撃波だけで障壁が歪み観客席に漏れる魔力の渦。

 現役の魔祖十二使徒の魔力と、それに匹敵する存在の全力のぶつかり合いだ。


 鍔迫り合いの最中、互いの顔をはっきりと視認する。

 牙を剥くような凄んだ表情、俺の最も苦手とする戦いへの苛烈な情熱を持った男の姿。


 だが、その瞳に反射する俺の姿もまた、激情を迸った末路であり。


 その事実を深く受け止めて、仕方ないと飲み込んだ。


 既に俺の出せる全力は切った。

 テリオスさんも俺に時間制限があるのを理解した上で正面から戦うことを選択した。


 ならば、その選択に敬意を表して──苦しみもがいて勝利を手にしようじゃないか! 


 肉体が鳴らす死への警笛を全て通り越して、悲鳴を上げる筋肉すらも酷使して剣戟を繰り返す。

 大技を放った直後に反動を無視するなど愚の骨頂。それが許されるのは才があって柔軟性に長けた人間だけであり、俺のように積み重ねこそが全ての人間がやっていいことじゃない。


 だが、やる。


 そうしなければ負けるから。

 そうじゃなきゃ負けるから。

 そうしないと、勝てないから。 


 無理無茶無謀は慣れ親しんだ作戦だ! 


星縋・・────!」


 剣戟一振り一振りに、俺の全てを籠める。

 此処までやってようやく同等だ。剣の才能が負けてるわけじゃない。押し切るには、これくらいしなければならないのだ。


 魔力の高まりに気がついたのか、一歩離れて様子を伺うテリオスさんだが──それは悪手だ。


「閃光────!!」


 紫電を纏った剣圧が空に放たれる。

 軌跡そのものに攻撃力を含ませた衝撃波がテリオスさんの身体に迫るが、焦った様子もなく、ただ一度──悔しげに笑った後に、剣を構える。


「斬撃を飛ばすか。無茶をするよ、本当に!」


 剣を胸の前に掲げ、莫大な魔力を収縮させる。 

 右目が光の粒子へと崩れ落ち、既に人を超えた領分を解き放っていることを表している。それは、俺に対する警戒度を一歩引き上げたことを意味していた。


は、テリオス・マグナス!」


 ルナさんとの戦いで見せた、究極の一撃。

 複合魔法と複合魔法を混ぜ合わせる人外とも呼べる其れを輝かせた後に、迫りくる攻撃を前に叫ぶ。


「遥か昔の栄光を追い駆け、無謀にもその身を捧げし者!」


 両翼が羽ばたき、剣を構える。

 全てを乗り越えた先に栄光があると信じて、その身を滅ぼす魔法を編み上げて高らかに謳い上げる。


「────月光終焉剣ムーンライト・カタストロフ──!」

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