第五十八話④
反射的に目を逸らす。
苦しいのは、もうたくさんだ。
覚悟が浅いって言われれば、そこまで。
皆、どうしてそんなに頑張れるの?
自分の器を認めて、足掻くのをやめれば楽なのに。
どこまで行っても自分を認めないで、もっとやれる筈だと奮い立つ。
この学園の人は皆そうだ。ロアの周りにいる人は、みんなそうなんだ。なんとなく理解できる無理と可能の領域を正面から乗り越えようとする。
そんな強さが私にはない。
なくて、持ち合わせてなくて。
それが普通だった。
周りの誰もが私に追いつこうとしない。勉強も運動も魔法も常に私が一番で、誰も私に勝とうと思ってなかった。
『アイツは特別だから』
『アイツは贔屓されてる』
『アイツは────』
聞き飽きた羨望と嫉妬を見ないフリをして、密かに優越感に浸っていたんだ。
誰一人として私に挑まない。
誰も私に勝てない。
私はすごくて、恵まれていて、それを活かす才能もあったって。
でも、ロアは違った。
テストはいつも私が一番でロアが二番。
運動も私が大差で一番で、その後に他の子が続いた。修行を始める前のロアはポンコツみたいな運動能力だったから、そこだけは仕方ない。
魔法に関してはからっきしで比べるまでもなく、それでもロアは決して諦めない道を選んだ。
どうやっても諦めないロアに少しもやもやして、嫌がらせのように付き纏って、それすらも受け入れてくれたロア。
いつかお前に勝つと言い続け、努力を嫌いだと公言するのに努力して────ねぇ、ロア。
どうして勝つ事に、そんなに必死になれたの?
血反吐を吐いて苦しい思いをして、大嫌いな努力を嫌になる程重ねて…………
目を逸らした先は、観客席。
最前列、障壁の手前に来て何かを叫ぶロアの姿が見える。
今まさに敗北を喫する私に対して、障壁を殴りつけるように吠えている。
そんなに必死なロアは、久しぶりに見た。
あの時以来だ。
封印が解かれた怪物から、私を庇ったあの瞬間。
今回は助けてもらえない。これは私の勝負で、ロアの入り込む余地のない戦いだから。
でも、それでいいのかもしれない。
私が負ければロアは戦うのをやめてくれるかも、しれない。もう、傷つくことはないのかもしれない。だって、私のために戦ってくれているんだから。
…………本当に、そうかな。
弱音として浮かんだ私の願望は、それは違うと
だって昔と違って今は────ロアを支える人があんなに居るんだもん。
アイリスさんは、ロアと唯一剣を交えられる人だ。
私の知らないロアを知っていて、彼の苦しみや努力を正確に理解できる唯一。態度で拒もうとするけれど、ロアは優しいからアイリスさんも受け入れている。そんなアイリスさんも、露骨にロアに好意を抱いている。
ルーナさんは、私よりも強くて、ロアの強さを楽しめる人。
立場やそれに付随する責任感も持ち合わせていて私より大人で、ロアがどんな人か理解した上で「惚れた」と明言する強かな人。ロアもそれを否定することなく受け入れている。
ルーチェちゃんは、ロアと同じで同じじゃない。
私がデリカシーのない言動を繰り返し怒らせてしまい、そのままロアに出会って仲良くなった人。互いに努力家で、共通点が多くあって、私なんかよりよっぽど距離が近い子。
師匠は────ロアのことを、大切に思っている一番の人。
ロアもそう思ってるし互いのことを尊重している、パートナーみたいな二人だ。私の方が先に出会った筈なのに、空白の九年で随分と差がついた。
そこまで考えて、気が付いた。
…………なんだ。
私、負けてるじゃん。
ロアの努力を知る人がいる。
ロアの強さを知る人がいる。
ロアの人柄を知る人がいる。
ロアの人生を知る人がいる。
それじゃあ、私はロアの何を知っている?
乾いた笑いが、喉の奥から込み上げた。
ああ、そっか。
私が今のロアを理解できない間に、とっくの昔に────みんなに、置いていかれてた。
私、負けてたんだ。
納得だ。
くだらない女だ。
自分自身の愚かさと、子供のままでいた阿呆さと、大人になろうとしない矮小さに吐き気がする。
ギリ、と。
自然と口に力が入った。
歯が砕け、激痛と共に口内が血液の味で充満する。その痛みが鈍く鮮烈に脳を貫いて、落ち着いた思考を再度沸き立たせる。
嫌だ。
ロアには、私が一番早く出会った。
ロアには、私が一番早く気づいた。
ロアには、私が一番早く近づいた。
嫌だ。
他の誰でもない。
ロアにとっての一番は、私じゃなきゃ嫌だ。
だって、私の世界に色を齎してくれたから。私の人生を楽しくしてくれたから。私の生きる世界にロアがいないなんて、信じられないから。
星の光にだって負けない轟こそが、ロア・メグナカルトだから。
…………私が一番だ。
ロア・メグナカルトの一番は────私だ。
どこまでも駆け抜ける
────ロアの一番は、私じゃなきゃ嫌だ!
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