第四十三話
なんだか視線を感じる。
当たり前か。
今俺がいるのは坩堝の会場内、それも出場者として既に準備を終えて待機している状態である。観客席から丸見えなのだから視線は幾らでも感じるに決まってる。
身体の調子はそれなりにイイ。
魔力の補充もしてもらったしこれまで通りのパフォーマンスは保てるだろう。
問題があるとするならば、これまでの戦い方で通用していた接近戦での差し合いがほぼ発生しないだろうという点。純粋なる魔法の圧力を凌いで近づかなければならない不利な状況が存在している。
マリアさんやアイリスさんという超近接戦闘型を抑えて三位に君臨している時点で容易い相手ではない。
『如何にかつての英雄と同じ軌道を描けるか』────これに尽きる。
俺自身のセンスなんて一ミリも信用していない。俺にできる事は積み上げてきた事実を僅かにでも増幅させる未知の経験のみ。
…………昨日変な問答をさせられた所為で少し影響されているな。
「待たせたな、メグナカルト」
「お気になさらず。俺も今来た所だ」
俺の一番の強みを思い出せ。
精神力だ。これまでの辛い環境に適応するべく必死に自分をコントロールしてきたじゃないか。現実逃避を重ねて目を逸らせない世界に目を向けて、俺は理想に走り続けている。
……そんなこと、なんの誇りにもなりゃしないが。
ただ気付けにはなる。
「昨日はすまないな。テオドールが余計な事をした」
「それは気にしてませんけど、この会話聞こえてますが大丈夫ですか?」
「……………………あっ」
あのさぁ。
いきなりへっぽこ晒してんだよね。
これ俺悪くないよな? 相手が自爆しただけだよな、多分。
頬を引き攣らせながらソフィアさんは俯いた。
「終わった…………」
「最高学年だし全体にアナウンスしても別にいいのでは……」
「違う、違うんだ……あ、あんなに色々拒否してたのに……」
会場の空気感から察するに、上の学年の人達はわかってたっぽいな。
てことはこれ、あれか。自分は隠してるつもりだったけど傍から見ればバレバレだったパターン。
「よくこの感じで隠せてると思ってましたね」
「私に落ち度があるとでも言いたいのか?」
「無くはないですよね、確実に」
そうか…………と言いながら意気消沈してしまった。
これが戦う前の雰囲気なの冗談だろ。テオドールさんが笑ってる姿が想像できるんだが。
因みにアルベルトは控え室にいるので観客席の様子を伺う事は出来ない。なぜか頬を膨らませているステルラと、その隣で苦笑している師匠は見つけた。
「イイじゃないですか。俺はロマンチックで良いと思いますよ」
「…………恥ずかしいだろうが。貴様のようなイカれたメンタルは持ち合わせていない」
「これは酷い言い草だ。以前も言いましたが、俺はあくまで来るもの拒まずというスタイルなだけで別に自分から吸い寄せには行っていない。どちらかと言えば餌に釣られた人達側に問題がある」
舌戦は俺の勝ちでよろしいか?
またレスバトル最強の称号を手に入れてしまったな。最近どいつもこいつもすぐ手を出してくるから全然戦いにならないのが悔やまれるぜ。
ルーチェには全勝している。
「よくもそれで、“英雄”と呼ばれるな」
「そればっかりは俺にもわからない。なにせ俺は“英雄本人”じゃないからな」
祝福を起動。
慣れ親しんだこの感覚に身を任せ、右手に握るは光芒一閃。
俺に出来るのはこれだけだ。魔力で自身を強化する事も出来ないし、剣を作り出す事も出来ない。師匠が分け与えてくれた力を以てようやく戦場に立つことができる。
「成ろうとしても成れないし、誰かに成り代わるつもりもない。ロア・メグナカルトという人間はただ一つの事に全てを賭けると決めている」
「……
俺の戦闘準備を見てソフィアさんも魔力を練り上げる。
その両手に現れた二つの魔力球──あれを媒体にして魔法を放っているのは前回確認した。
一つ一つに属性を振り分けて発動させる全属性複合魔法の鍵にもなるのだが、俺の予想が正しければそれだけではない。あの魔力球一つ一つに警戒を向けるべきだ。
「何かに憧れ、何かに成りたくて、ただ我武者羅に生き続ける我々と──お前達のように、ただ一つを追いかけ続ける者。大差ない存在の筈が、大きな壁が目の前にあるような気分だ」
「そこまで変わり無いと思いますが」
「違うさ。どうしようもないくらいに」
一度苦笑を溢してから、更に魔力球を増幅させる。
既に数は四つまで増えた状態で、語りを続けた。
「どうしても手が届かない。その領域に辿り着きたくて必死に藻掻いていても、選ばれた人間ではない。それが真っ向から叩きつけられた時の虚無感は筆舌に尽くし難い。それが他人の手に渡っている瞬間は本当に不愉快な気持ちになる。そこで満足しろ、お前は選ばれた人間じゃないかと────嫉妬するのさ」
気持ちはわかる。
俺にそれくらいの力があれば、才能があれば、センスがあれば、全てがあれば────こんなに苦しむことはなかったのに。
「病気だよ、これは。現実と理想に折り合いを付けられない病だ」
「……自分にとってのゴールが必ずしも他人のゴールとは限らない。そういう事でしょうね」
霞構えで待ち受ける。
七つまで増えた魔力球は高密度で練り上げられたのが俺ですら認識できる程で、とてもではないが油断できる状況ではない。
「君の胸を借りたい。英雄と呼ばれ、
「どちらかと言えば俺の方が格下なんだが…………」
また『英雄』の所為じゃねぇか!
いい加減にしろよ、この二つ名。厄介事を引き寄せる事ばかりだ。
魔祖め……怨むからな。具体的には英雄がどういう感情を寄せていたか、死ぬ直前になるまで伝えてやらねぇ。
「最大出力で────全てをねじ伏せろ!」
とんでもない号令と共に、魔力球が唸りを上げる。
一瞬で臨界点を越えた魔力がその威力を保証している。
どうする?
受け止めるには強すぎる、だが──避けてどうにかなるような技でもない。
賢く行くのならば距離を取って上に逃げるべきだ。幸いな事に空でもある程度動けるのは確認済みだし、機動力がある相手との空中戦にでもならない限りは大丈夫だろう。
だが…………
「────
放たれた七色を含む黒の閃光。
智謀。
俺が絶対に到達する事の無い魔法の到達点に位置する人物の放つ攻撃。
避けてもなんとも言われないさ。合理的に、俺はステルラと決勝戦で会うと決めている。それを考慮すれば正面から行くのは愚策中の愚策で、俺は弱者として考えて立ち回るべき。
だが。
光芒一閃を力強く握り締める。
俺にはこれがあるんだ。師匠に授けられた唯一、かつての英雄と同じこの武器が。
ならば、証明してみせなければならない。
『俺が英雄として相応しいか否か』ではなく、『かつての英雄は偉大だった』という事を。
それが、誰よりも彼の事を知っている俺がやるべき事だ。
過大評価もいいとこさ。
かつての英雄ならば簡単に対処できただろう圧倒的な物量の魔法一つにこれだけ葛藤する時点で俺は到達できてない。まだ、ステルラを守るには何一つとして足りていない。
「──……それでも」
これは星を追いかける技じゃない。
どこまでも二番煎じで誰かの影を踏んで歩く俺だからこそ使える技。剣に光が収束し、これまでの剣技とは一つ違う段階に至ったことを証明している。
一度だけ放った未完成な技。
ヴォルフガングと相対した時に放ったあの一撃を思い出せ。
「応えて見せるのが、男だろうが!」
莫大な閃光を伴い、真正面からぶつかり合うために駆け出す。
一歩、二歩、三歩────距離は満足に助走できるほどある訳では無いが、それで十分だ。
滑り込む様に身体を揺らし、回転の勢いも乗せて渾身の一振りを叩きつける。
「────
其れは、かつての英雄の
俺が幼い頃に夢見た軌跡を描き斬る、これまでの人生で最も積み重ねた輝き。
その全てを、今ここで──解き放った。
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