第四十二話

「どうも、魔祖さま」

「…………エミーリアか」


 実況席と呼ぶには少し豪勢な装飾のなされた一室の中。

 外は夏真っ盛りと呼んでも差し支えない程度の気温まで上がってきたと言うのにこの部屋は冷房が備わっているため、とても過ごしやすい空気感だ。


「ご一緒しても?」

「好きにするがよい。小僧はどうだ?」

「ロア君のことならアタシはよく知らない。彼にとっては師匠の友人ってポジションだからさ」


 ただのファンだよ。

 空いてる椅子に腰かけて会場を見下ろす。

 思い付きで始めた学園がここまで立派なものになるなんて考えていなかったし、ぶっちゃけ魔祖が続けられると思っていなかったので驚愕した。


「…………成長したなぁ」

「……オイ。儂の方が年上だぞ」

「中身は子供のままだったろ?」


 顔を逸らして聞かなかった振りをするあたり、本当に人間的に成長したんだなと実感する。


 出会った当初だったら殺されてるよ。


「『なぜ雑魚に教えなければならんのだ』、なんて言ってた奴が人を育てる職に就くなんて……」

「…………それなりに使える奴が増えて来たから儂も少しやる気になっただけだ」

「いやいや、良い変化だ。アタシは嬉しく思うぞ」


 あいつ・・・が死んで、色んな影響があった。

 戦争終結を、なんて願って立ち上がった志のある連中ですら動揺を隠せなかったのだ。公表できる筈も無く、弔うことすら満足に出来ずに秘匿する始末。挙句の果てに殺した奴の特定すら出来ていない。


「危うく分裂寸前だったのが、よくもまあここまで持ち直したもんだよ」

「フン。儂は今でも平和だの何だのに尽力する気など毛頭ない。そんなものはソレを願う者達が支えればいいとすら思っているが────それはそれとして、だ」


 語る目付きは柔らかく、なんだかんだ今の世界を気に入っているのだろう。

 かつて作り上げた魔法という概念。争いごとに積極的に運用されるのではなく、『守るための力』として発展を続ける姿が。


「まあ、その、なんだ。あやつが成し遂げた物で、唯一遺した成果が平和コレだ。ならば維持してやろうという気にもなる」

「…………健気だ」


 ベタ惚れだな……

 本当にアイツには驚かされてばかりだ。 

 四か国が戦争を続ける様を見て、それでもなお『人は変われる』と豪語したあの胆力。『変えてみせる』とすら宣言して手始めに魔祖にコンタクトを取るって聞いた時は正気かと思ったが────大正解だ。


「“英雄”────良かったのか?」

「何がだ」

「ロアくんに付けて、さ。テリオスくんに対して見向きもしなかったのに」


 少し嫌そうな顔をして此方を見てくる。


「……あやつはあやつだ。死んでも“英雄”等にはなれんし、なる必要も無い」

「ちゃんと言ってやれよ。言葉は言わないと伝わらないって学んだだろ?」

「ぐ…………それは、その通りだが……」


 やれやれ。

 そう言う点ではやはりロアくんに“英雄”と名付けたのが如何に慧眼だったか思い知らされる。人の心を労わり、努力が嫌いだと宣言しておきながら鍛錬を怠る事は無く、授かった唯一を以て戦いに臨む。


「戦ってる時の顔がさ。似てるよな」

「…………ああ。似ている」


 歯を食い縛って闘志を剥き出しにするあの表情。

 普段の態度とは似ても似つかないあの様相が正しくそうだ。

 きっと本人すら自覚してない類似点、相対した人間にしかわからないあの共通点。エイリアスはそこに気が付いていないのかもしれないが、魔祖やアタシならわかる。


「本当に、似てるんだ……」


 彼とアイツは違う。

 全く別の人間で、全く別の生命体。

 考える事も違うし向けるべき感情だって違わなければならないのだ。


 ……なのに。


「駄目な大人に、なっちゃったな」

「…………ああ」

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