第三十二話①


『────さあ、ついにこの時がやってきました!』


 ……眩しいな。

 天井が空いているので、太陽の光が直射されている。

 じりじりと焦されるほどの熱量ではないから大丈夫だが、長引くと影響がありそうだ。


『開催を待ちわびた一週間と二日、我々はじっくりことこと煮込まれる野菜のような』

『その下手くそな比喩をやめんか! お主何年間この席に座っとるんだ』

『す、すみませ〜〜ん!』


 どう言う実況なんだよ……

 しかも魔祖直々に解説席に座ってんじゃん。


『全く……お、小僧じゃないか。お〜い小僧、こっちじゃこっち』


 面識ないのにめっちゃフレンドリーじゃん。

 コワ……かつての魔祖を知る身としては恐怖が勝る。

 いや、多分、かなり変わったんだろう。大戦時の傍若無人っぷりはだいぶ鳴りを潜めてると思う。それでも性格がアレと評される程度には残念だが。


 目線を向けると、視力の都合上顔の様子は窺えない。 

 ただ声色から楽しそうにしているのは想像できた。


お前・・には期待してるからな、精々楽しませて見せろよ?』

「…………英雄サマサマ、だな」


 随分と高評価を戴いているみたいだ。

 かつての英雄のお陰だな。彼の技を再現しようとしているだけで、俺のオリジナリティはひとつもないのにこれだ。

 少しだって威張れない情けなさがある。


『えー、すでに入場しているのはメグナカルト選手・・です。二つ名は英雄、魔法適性とは裏腹な近接戦闘能力が特徴的ですね!』

『貴様ら小娘、童共にはわからんかもしれんが────アレは正真正銘かつての彼奴の技だ』


 場内が騒つく。

 やめろ。俺をナチュラルに英雄扱いするな。

 別人だからな。俺はあくまでも彼の背中を追いかけてるだけの未熟者に過ぎない。


『エイリアスの奴が仕込んだにしてはクオリティが高すぎる。

 故に彼奴は英雄。儂らが誰一人として反対しないのがその証拠じゃ』

『おおお……!』

『まあ、彼奴はあんな情けない男では無かったがの』


 ぶっ飛ばすぞロリババア。

 若作りしやがって、年齢だけで言えばそこら辺の樹木どころかこの大陸くらいの年齢してるくせに。


『オイクソガキ、今余計なこと考えただろ』


 イイエ、決してそのようなことは考えてイマセン。 


『チッ……エイリアス、もっとしっかり教育しておけとアレほど』


 放任主義こそ至高。

 年がら年中絡まれて付き纏われる方が嫌だね。あれ? でも俺師匠とずっと一緒にいたのでは……


 …………切り替えていこう。


『フン、態度こそ舐めてるガキそのものだがあの技だけは認めてやる』


 いまだに英雄の域に達していないと俺は考えているが、昔の英雄を知る人間ほど俺のことを否定することはしない。

 それだけ彼の技が素晴らしかったのだろう。


『────ただ、今回相手をするのもそうそう容易い相手ではないぞ?』


 場内と観客席を分けるように、薄い魔力の壁が張られる。

 すぐに透明に変質したがその場所に確かに存在している。なるほどな、こうやって安全をとるわけか。


『この小娘もまた、時代が違えば……英雄等と呼ばれることはあっただろうな』


 正面から人影が現れる。

 しっかりと地に足つけて、腰に剣を差した女性。


「よろしく、メグナカルトくん」

「……こちらこそよろしくお願いします、アクラシアさん」


 アイリス・アクラシア。

 現代の魔法が発展した世界において、スパーダの二つ名を戴いている怪物。


「アレ、便利だね。ちょうど私たちに声が入らないようにしてるみたい」

「俺たちの戦いに必要かどうかはわかりませんけどね」

「確かに。静かで、それでいて情熱的に……きっと君は満たしてくれるよね」


 …………ん? 


「剣と剣。

 斬る感触と斬られる感触。

 肉が破れて血が弾け、命の火が消えていくあの感覚。

 何物にも変えられない貴重で大切で魅力的で暴力的なあの世界」


 あ、この人ヤバい人だ。

 俺は悟った。ただ強いだけの人じゃないわこれ。


 なんで現代にこういう怪物が生まれてくるのだろうか。

 いや、生まれても矯正出来るように教育は進化したはずだ。逆か? むしろ個性を伸ばしましょうみたいな方向性に行ってしまったのか。


 そりゃあ時代が違えば英雄と呼ばれる筈だよ。

 敵を殺しまくれば戦場で英雄になれるんだから。


「君は……………………斬られてくれる斬ってくれる?」


 なんて物騒な誘い文句なんだ……

 それに応えるのって相当な変態だぜ。

 俺は斬る感触も好きじゃないし、当然斬られるのは嫌いだ。痛いし怖いし。


 ────だが、嫌いな事だって受け入れて生きてきた。


 今更すぎるな、その問いは。


「斬ってあげますよ。でも俺は我流なんでね、作法は期待しないでくれ」

「いいの。一緒に踊ってくれるだけで十分だから」


 腰に差した剣を一本取り出し、俺の目の前へと投げてくる。

 ふーん……まあ、疑わなくてもいいか。そういう人じゃないだろう。


「ごめんね。君の剣でもいいんだけど、二人で・・・楽しみたいな」


 めっちゃ拗らせてるよこの人……そりゃあ剣乱ミセス・スパーダなんて付けられるわ。


「しょうがないですね、乗ってあげます。俺は優しいからな」

「……ふふっ、自分で言うと台無しだよ?」

「大胆不敵でいいでしょう?」


 いつも通り霞構えで待ち受ける。

 魔導戦学園でのトーナメント初戦が、魔法の干渉しない物理で開幕していいものなのだろうか。

 アクラシアさんも剣を持ち、中段で構える。


 互いに射程内では無い。

 だが警戒する。あの魔祖が、時代が違えば英雄と呼ばれるとまで言った。

 ただ剣が巧いだけじゃ無いのはわかっている。もっと深く読み取れば、『英雄と呼ばれる位には敵を殺せる』技術があると言うこと。


 つまり──戦い自体が巧いのだ。


 始まりの鐘は鳴らない。

 互いに相手の状態くらい把握している。

 その上で、納得した勝利を俺たちは求めているのだ。そんな無粋なことはしないさ。


 完全なる状態の相手を下さず、何が勝利だ。


「アイリス・アクラシア。順位戦第六位、我流」

「ロア・メグナカルト。順位戦は圏外、魔祖十二使徒第二席が一番弟子」


『────いざ、尋常に』


 踏み込む。

 先手を取る、取らないは関係ない。

 互いに斬ることを目的としているのだ。近づかねばまず話が始まらないだろう。


 故に、作戦だのなんだのは全て無視して駆け寄る。


 その思考は相手も同じだったようで、場内の中心にてぶつかり合うこととなった。


 勢いを殺さない突きを剣で逸らし、そのまま突きを返す。

 軽く首を捻ることで避けた状態──即ち身体のバランスが崩れたまま剣を斜めに切り返してきた。


 巧い。


 胴体を狙った一撃だろう、真っ向から剣を叩きつけて対抗する。


 折れない。

 折る気は無かったが最低でも怯んで欲しかったところだ。

 そのまま押し切られ、顔と顔を突き合わせるような近距離で鍔迫り合う。


「……同じくらい、だね?」

「まことに遺憾なが、らっ!」


 身体を弾き距離を取る。

 今の交差である程度理解した。俺とアクラシアさん、剣の技量がほぼ同じだ。

 対戦経験(記憶の中)がある分俺の方が上だろうか。だがこれはハリボテ、実質的には彼女が上だろう。


 やれやれ。

 才能ってのは本当に理不尽だ。

 かつての英雄、そして相対した強敵との経験。それを余すことなく存分に利用してきた俺と平和な時代に生まれた突然変異が互角。


 勘弁して欲しいね、全く。


「そう易々と譲る気は無いけどな」


 剣を握り直し、改めて呼吸を整える。

 集中しろ。他の何もかもを排除して、剣を振るうことだけに注力しろ。今はそれが出来る、それをしても許される場所だ。目標も理想も何もかも放り投げて、今この瞬間だけは────剣に賭ける。

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