第三十話②


 食卓の雰囲気が最悪なんだが……


 仏頂面で飯を食い続けるステルラ。

 それに対してチラチラ視線を送る師匠。

 それら全てをガン無視して飯を食う俺。


 何一つとして上手く行ってないだろお前。おい、どうすんだよこの空気。

 横目で師匠を見たが目を逸らして口笛で誤魔化そうとしてる。


 どうにかしろ、その意図を込めて鍋の具を押し付けた。

 君がなんとかしろ、そう返さんと言わんばかりに笑顔で具を俺の皿に載せてきた。


 …………………。


 ぐぐぐ、と力を込めて押し返す俺。

 それに対して箸で対抗してくる師匠。


「…………何二人でイチャイチャしてるの」


 ヒ、ヒェ〜〜。

 ステルラがキレ期ルーチェみたいになっちまった。


「別にイチャイチャなんてしてないさ。私はただロアは育ち盛りだから沢山食べろ、と言う親心で」

「それは老婆心という奴だな。やっと年齢通りの行動ができてよかったじゃないか」


 高速で飛来した鍋汁が俺の右目を覆い隠した。

 まぶたが防ぐ暇もなく襲撃してきた熱が俺の目を焼き尽くしている。痛い。電撃じゃ効果が薄いと悟って食べ物で攻撃してきやがった。


「ぐ、くく……少しは学んだようだな。その年齢にしてはよくやったと」


 左目目掛けて飛んできた汁を防ぐことには成功したが、口の中に放り込まれたぐつぐつ煮えている野菜は殺人的だと思う。

 舌の感覚がしなくなった。あーあ、また一つ俺は失ってしまった訳だ────人らしさって奴をな。


「ふ、ふへふは。はふへへふへ」

「……はぁ、しょうがないなぁ。わかったよう、もう」


 灼熱の顔面が徐々に修復されている感覚によって視界が安定していく。

 ふぅ、やれやれ。ピエロになるのは構わないがもう少し痛みを伴わない方法を編み出して欲しいところだ。終いには訴えるぞ。


「鍋ひとつでここまで追い詰められるとは考えていなかった。腕を上げましたね師匠」

「何も誇らしいことはしてないんだが……褒め言葉として受け取っておこう。あと次生意気なこと言ったら潰す」


 最終警告だな。

 これ以上煽ると生命が脅かされるので黙ってステルラにすり寄っていく。肩が触れそうな距離感になったら途端に離れていった。


 ……………………もう一度近付く。


 離れる。

 近付く。

 離れる


 師匠・ステルラ・俺。

 三人並ぶことになってしまった。


「……なあ、狭いんだが」

「……ロアに言ってください。へんたい」

「俺は自らの命を守るため仕方なくお前に守ってもらおうとしてるだけだ。ゆえに全ての原因は師匠にある」


 まあ俺は間近でステルラの顔が眺められるから不満はないが。

 顔面を堂々と向けると顔を逸らすので仕方なく横目で覗き見ながら食べる。

 こんなにも長閑に夕食を食べているのに、もうあと数日したら殺伐とした大会に出場せねばならない。


 憂鬱だ。


「そういえば師匠。さっき座する者ヴァーテクスに至ってる人が二人はいるとか言ってましたが」

「ああ、そうだね。あくまで私の予想ではあるけど」

「俺と当たる人ですか」

「……さてどうだろうね。それは私の口からは言えないな」


 チッ、少しは情報を漏らすかと思ったが全然じゃないか。


「前評判通り、ではあるだろうね」

「……そうですか」


 なるほど。


 軽く推測をするならば、魔祖の息子であるテリオスさんは至っている可能性が高い。

 順位戦第一位を四年間も死守している実績もあるし、単純な実力者という観点ではナンバーワン。その次点でテオドールさんって所か。


 師匠は紫電へと姿を変えるが、他の人たちはやはり各属性に変化していくのか。

 エミーリアさんは炎、ルーチェ両親ならば氷と水。


「不完全とか言ってましたね」

「うん。全身を纏めて変化させることは出来ないからねぇ」


 ズズズ、と汁を飲みながら話している。


「終ぞ私には到達出来なかった領域さ」


 ……ふーん。

 確かにそれが出来ればかの英雄も死ななかったかもしれない。

 しかし魔力切れが起こらなくなるわけではないからな。十分な余裕を持った状態でなければ基本的にリスクのある第二形態ともいえる。


「ステルラはまずテレポートを覚えてもらって、ロアは……諦めろ」

「上等じゃねぇか。目に物見せてやるよ」

「ハッハッハ、切った張ったしか出来ないんだし大きな口を叩くのは止しておいた方が身のためだ」

「やれ、ステルラ」

「そこで私に振るのがとことん残念なんだよね……」


 なぜか呆れられてしまったが、ステルラの機嫌が治ったのでヨシとしよう。


 しかし、二人か。

 二人もあの領域に突っ込んでいる奴がいるのか。


 なんとかして対策を立てねばならない。

 ……それこそ、また記憶に頼るしかないのか。俺にあるのはそれだけだからな。

 自分で何かを生み出せるほど積み重ねた訳でもなく、ただ英雄の記憶を模造しているだけの劣化品。


 それでも。


 それでもやってみせる。


 もう負ける訳にはいかないから。


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