第十二話②
頭が高かったのか、艶やかな感触の地面へと這いつくばっていた。
俺は仮想神へと祈っていた筈だが目の前に降臨した怒りの日からは逃れる事が出来ないらしい。もしかして謝らなかったらバレなかったんじゃないか。
「ル、ルーチェ。俺にはわかるぞ、お前は心優しいから本当はこんな事したくない筈だ」
「あら、変質者が喋ってるわね。私は人間にはこんな事しないの」
「俺はペット扱いか。なるほど、そういう……ぶべっ」
俺の口は止まる事を知らない。
猪突猛進を体現するこの姿勢を普段ならば認めたいところだが、今ばかりは静まる事を覚えて欲しい。
「ゲテモノの調理には慣れてるんでしょう? 腕の一本や二本くらい」
「待てルーチェ。待ってくださいルーチェさん。流石にそれはヤバいだろ」
口元から冷気漏れてるんですけど。
いよいよ怖くなってきたんですけど。
くそっ。俺じゃこの程度が限界か……!
「まったく。我儘だな、お嬢様は」
「ぶっ飛ばすわよ」
ぶっ飛ばすわよ、という言葉は忠告であり『殴る』と宣言する訳ではない。
ルーチェはそこら辺が甘いな。隣の部屋に響いたりしないかが心配だが、壁が凹んでる様子はないしかなり頑丈に造られている。俺の身体は悲鳴を上げているが。
「ぐおお……!」
「……はぁ。バカみたい」
人が元気づけてやろうとしてるのになんて言い草だ。
俺だってやろうとすればかつての英雄みたいな事言えるんだぞ。『君はもう救われていいんだ』なんて言いながら聖なる劔を振りかざせばそれはもう完璧。
でも駄目だな。ルーチェは救われたがってるのではなく乗り越えたいと思ってるタイプだと思う。俺もそうだし、ずっとそのままだろうな。本人が納得できるラインを越えない限りはな~んにも解決しない。
「解決、解決か…………」
原因を取り除かなければルーチェはこれから病んだままである。
それはめんど……ン゛ンッ。いや、違う。ちょっと一緒に過ごしていくのが面倒くさいよね。配慮するのは構わないんだが、それだと本人も息苦しいだろう。俺もめんどくさいし。
「あ、思いついたぞルーチェ。お前の悩みをすべて解消する方法を」
「は? 何言ってんの」
「まあ聞け。これは恐らく一番いい」
いや~~、自分の頭脳が良すぎて困っちゃうな。
こんなに頭の回転が良いってのが比例して魔力系は駄目なんだろう。今になって思えばその通りだ。やはり天は二物を与えず、か。
「ステルラと順位戦やって勝てばいいんだよ」
「………………は?」
「そうすればお前の根底から覆せる。これほど完全な手は無いな」
目を見開いて驚きを示す。
なんだよ、これが綺麗で手っ取り早いだろ。
ステルラ・エールライトは一般出自でありながら天才で魔祖十二使徒第二席の弟子でありその名を継ぐ程の実力を持つ。既に学園全体でも上位に君臨しつつあるので、そのネームバリューはトップクラス。
それでいて過去の確執を振り払う事も出来る。
「何言ってんのよ。勝てる訳……」
「諦めるのか?」
意地悪くなるがそこは飲み込む。
ここは勝負に出る。ここで決めきるべきだ。時間を置いて冷静にしてしまえばまた思い詰める可能性が高い。他人の人生を左右するかもしれない選択なんて俺に委ねないでくれよ。自分自身だけで手いっぱいなのに、誰かを導けるような立派な人間じゃない。
かつての師匠を救った英雄のようにはなれない……が。
「勝てる見込みが本当にないのか。
お前の努力の引き出しはそれだけか。
人生の積み重ねはどれくらいの厚みなんだ。
それは、ステルラ・エールライトに完膚なきまでに叩きのめされるモノか?」
一人で立ち上がろうとしている友を見捨てる事は出来ない。
何故なら、俺がそうだったから。立ち上がる為の方法を、力を、何もかも授かって来たのだから。
俺が否定する訳にはいかないんだよ。
「自分の価値を決めるのは自分じゃない。他人だ」
自身がどれだけ願っても、他人が決める絶対的な評価。
異名なんてシステムが如実に表している。自分で決めた訳でもないのに他人からの呼ばれ方が変わる、評価値が変動するのだ。
ヴォルフガング、ステルラは正当な後継者として。
俺は魔祖達から認められた所為で強制的に“英雄”。
では、今のルーチェは。
一体誰に決められた、一体何時決められた。
「覆すなら今だろ。その絶好のチャンスが転がってるのに、掴まない理由があるか」
「…………アンタは、私が勝てると思うの?」
「戦ってるところ見たこと無いからわからん」
「じゃあ何でそんな事言うのよ」
「お前だからだ」
ふん。
自分で言うのも何だが、俺は他人がステルラに勝てると一ミリも思っていない。師匠はスタート地点が違うから比べようがないが、それ以外の同世代・今の大人達にステルラ・エールライトという少女を打ち倒せる人間は居ないと思っている。
なぜなら俺が倒す相手だから。
天才が極みに至り、やがて覇を貫いたとしても。
ただ一人俺だけは追い続けると決めたからだ。重ねすぎた敗北が、俺のプライドを何度も何度も叩き直す。
俺の心を理解できる人間はいない。
そしてまた、ルーチェ・エンハンブレの心を理解できる人間も居ない。
だが、俺達には共通点がある。自身が才能に恵まれないと思っていて、他人からの評価を気にしていて、自らの大切な人間の事を軽視などさせたくない。
「俺はステルラ・エールライトに勝とうと意気込むお前を知っている。意志が揺らいでも、現実に打ちのめされても、その事実がある限り俺はお前を信じるよ」
俺はスーパーヒーローじゃないからな。
人の感情全部読み取って手助けする事なんて出来ないし、罵倒してくるような屑を救う聖人君子ではない。
だが、自分の感情と向き合い立ち上がろうとしている人間位は否定したくない。
「ま、勝てるかはお前次第だ。その責任は俺に要求されても困る」
「アンタね……」
なんだよ。
しょうがないだろ、結構憶測で喋ってるんだから最後に保険位掛けとかないと不安になるし。こちとら八年間ほぼ他人と触れ合ってこない生活してきたんだぞ。なのに人生相談に乗るの、おかしくないか。
「まったく。隣の芝生は青くて嫌になるな」
「…………そうね」
すっかり冷めてしまったお茶を一口含んで喉を潤す。
一人分の隙間が開いた俺とルーチェの距離だが、存外友人としては適切かもしれない。結局俺とルーチェは同じなのだ。どこまでも自分自身に卑屈な感情を抱いていて、誰も彼もが羨ましく見えて、それでも自分の積み上げてきた人生で対抗するしか無いと理解している。
俺は運が良かった。
こいつは運が無かった。
それくらいだ。
「いい考えが、私にも浮かんだわ」
「楽しみにしてる。俺としてはさっさと振り切って欲しいからな」
「ええ。楽しみにして頂戴」
無事と言えるかわからないが少しは気分が晴れたみたいだな。
これなら大丈夫だろ。
これにて一件落着、俺の役目は終わり!
いや~今日もいいことしたな。有意義な一日だった、問題は学校をサボったことをどう言い訳するかだ。
傍目から見ればめちゃくちゃ鬱になってる同じクラスの女子生徒を引っ張り出して家に乗り込んだヤバい男になってしまうので、これ、どうにかしなければならん。
師匠は何だかんだ許してくれるだろうし、ステルラも気にしないだろうな。
周りからの目線もその内収まるだろう。
ヨシ!
「じゃあ帰るぞ。ま、楽しくやれよ」
「そうね。
ニコリと笑顔で微笑むルーチェ。
まだ何も振り切ってないが、やっぱお前は強いよ。
心が強い。どれだけ苦しくても辛くても前に進める、俺にはない強さが確かにある。
借り物が無いと土俵に立つことすらできない俺とは、大違いだ。
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