第十二話①

 ルーチェ・エンハンブレは偉大な両親の元に誕生した。


 魔祖十二使徒第四席、第六席。

 かつての大戦を生き延びた伝説的な魔法使いの愛の結晶、その三女として満天の祝福を受けながら産声を上げたのだ。


 齢が三つになる頃、魔法に触れた。

 母親の扱う魔法を見て、その真似をした。


 ────当然、発動しない魔法。


 その年齢では当たり前、教えられたばかりの魔法を独学で発動した人類は片手で数える程しかいない。常識を理解していた母親はにこやかに、ゆっくり教えればいいと考えていた。


 ルーチェが成長し七歳になった頃。

 少しずつ魔法の使用が可能になり魔祖十二使徒の娘として注目を浴びていた。……と言っても、上から数えて五番目。一番上とは二十も年齢が離れている。


 世間的な注目度は低く、彼女に対する期待度が低かったと言ってもいい。


 無論両親はそんな事は無い。

 他の子供達と変わらず愛を注ぎ分け隔てなく育てて来た。

 いずれ訪れる災厄に備えつつも、魔法に関すること以外にも注力していた。


 ────しかし。


 ルーチェ・エンハンブレ十歳。


 彼女は、初めての挫折を味わった。







「これまでの兄妹が問題なく発動してきた魔法が、私には使えなかった。才能無かったのよ」


 自嘲するような表情で吐き捨てながら、手に持ったカップを握り締める。

 その自分の手を一度見て、ゆっくりと力が抜けていく。


「そして傷心してる間にステルラに会って、か」


 控えめに頷くルーチェ。

 幼い頃から僅かながらに『兄妹たちに比べれば期待されてない』事を理解しつつ、それでも諦めずに努力した。両親はそれならそれでいいと別の道を推奨しても、それは無価値だと考えただ真っ直ぐに鍛え続けて来た。


 その結果出会ったのがステルラチートだった。


「おまえ運無いな」

「……わかってる」


 俺も物心ついた時には既に隣にいたからそこまでの落差は存在しなかったが、そういう背景を持っていたならそりゃあ嫌いにもなる。

 俺だったら嫉妬心で気が狂うね。間違いない。


「でも首都学園に入れてるだろ。それはお前の努力の証じゃないか」

「こんなの、何の意味もない。何の意味も無いのよ」

「少し嫌な言い方をするが、お前が否定する事で否定される連中も居る」

「…………知ってる。わかってて言ってるの」


 だったらそういう顔するなよ。

 ハ~ア、根がまともでどこまでも努力家だからそういう風に捻れるんだよ。自分の言動の結果すら想像できる奴がここまで捻れたのって俺達が原因だよな。

 マジでステルラに近づくなって言ってて正解だった。俺は多少の積み重ねがあるから話をしてくれるが、手遅れになるところだったな。


「最低値が保証されてる分、運があるのかないのか。お前自身が認めない功績でも誰かは認めてる。わかってるんだろ、そういう事も」


 だからこそここまで来た。

 親の期待に応えたい、ではない。

 親の力を証明して見せたいのだ。


 自分は出来損ないと自嘲する癖に認めたがらないその姿勢はそういう事だ。


「親御さんの事好きなんだな」

「……うるさい」

「その上他人を恨むのも良くないと理解してる。自分を卑下する事で正当性を保ちたいが、それをしてしまえば自分で自分の信じる事を裏切る事になる。だからしたくないのに、現実は甘くない。俺にはわからんが、その心意気はいいんじゃないか」


 俺にこれだけ言われても激情に駆られないのがその証拠だ。

 おまえ、人を憎むのに向いてないよ。俺みたいに『かつての英雄の記憶』なんて特別なモノを抱えてる訳でもなく、人の悪意がどれほどのモノか明確に悟ってる訳でもない。


「俺は弱いからな。すぐに他人に頼るし誰かの所為にするし出来るだけ頑張りたくない」

「でも、恵まれてるじゃない」

「ああ。恵まれて生きて来た。マジで地獄みたいな日々を過ごしてきたし、誠に遺憾ながらその努力は実を結んだ。魔法なんざ一個も使えないが、それなりの場所には辿り着いたよ」


 前提として誰かの力を必要とするが。

 ……いや。俺は全て誰かの功績を利用している。

 この剣技も俺が磨き上げたモノではなく、かつての英雄の記憶を参考に鍛えただけに過ぎない。ヴォルフガングとの戦いで熱くなってしまったのは師匠の目を証明してみせたかったから。


 俺は何時だって誰かを頼っている。


 ルーチェが求めてるモノを俺は持っていて。

 俺が求めていたモノをルーチェが持っている。


「なんで俺の話は聞いてくれたんだ」

「……気分よ」


 ふーん、気分か。

 なら仕方ないな、そういう日もある。

 今日一日適当に過ごして、また明日学校で話せばいい。


「明日も話してくれるようにご機嫌取りしないとな」

「慰めなんか要らないわ」

「俺が飯を作ってやる。任せておけ、ゲテモノを扱うのには慣れている」

「待ちなさい。人の家で何作ろうとしてんよ」

「何って……焼肉だが?」


 魔獣って案外美味いんだよ。

 お前にはそれを教えてやる。


「俺がある程度強くなったのは魔獣の肉を食い続けたからだ。山に監禁され八年間、俺はひと時たりとも文明を忘れたことはない。あの苦しみと憎しみが俺を強くしたんだ。やるぞルーチェ、俺とお前ならきっとステルラを越えられる」

「出て行きなさい」


 若干冷気が滲み始めた。

 ふっ、まだまだだな。師匠の紫電を毎日受け続けた俺に死角はない。


「エプロン借りるぞ」

「駄目に決まってるでしょ!」


 台所に侵入しようとしたら止められた。

 今思えばルーチェも立派な女性なので、俺のやっている事はそれなりにアウトなのではないだろうか。いや、友達の悩みを解消するためだからセーフだな。

 でも異性の私物を勝手に見ようとしたのはアウトでは。


 ……………………。


「ルーチェ様、大変申し訳ございませんでした。全ては私の不徳の致すところですので勘弁してください」

「どういう思考回路してるのよ……」

「止めないでくれ。俺は今懺悔をすることで現実の罪を帳消しにしてる所だ」

「罪状はなにかしら」

「すべては神のみぞ知るって感じだ」

 

 

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