第19話 雨が降っている(7)

 「失礼します」

 最後までけなげな声を立てて大林おおばやし千鶴ちづるが出て行くと、郷司ごうじ先輩は、軽く

「どう?」

とでもきくように、首を傾げて見せた。

 晶菜あきなとしても答えることがあるわけではないので、黙っている。

 大林千鶴がそんなに活発にしゃべったわけではないけど、急にいなくなると、二人で時間を持て余すような感覚が強い。

 もちろん、そんなに長くない昼休みだから、持て余すほどの時間はないのだけど。

 「ま、そういうわけだから」

 郷司先輩が言う。

 「その一年生三人がカラーガードの練習にいないのがなぜか、晶菜はてきとうにごまかすように」

 「いや」

 それは無理だと思う。

 ごまかすためにはごまかす材料を持っていなければいけない。ところが、晶菜も四月にカラーガードに入ったばかりで、ごまかせるほど、カラーガードのパートについて知っているわけではない。

 郷司先輩が言う。

 「何か聞かれたら、「さあ、さぼりでしょ?」ぐらい言っとけばいい。だいたい、唐崎からさきとかまちとかが、あの一年生三人がさぼるようなキャラかどうかなんて気にすると思う?」

 それは気にしないだろう。唐崎仁穂子にほこはパートに一年生が何人いるかなんて最初から知らないだろうし、郡頭まち子も一年生が脱落したからって気にはしない。いや、さめ皓子てるこ八木沼やぎぬま陸子りくこをじゃまもの扱いしているまち子だ。その三人が「かわいい」のであれば、なおのこと脱落大歓迎だろう。

 「でも」

と晶菜が言い返す。

 「富貴恵ふきえさんたちは? 三年生では、椎名しいなひとみ先輩とか蒼子そうこ先輩とか」

 椎名ひとみ先輩は、二年生に「富倉とみくらひとみ」がいるので、「ひとみ先輩」と略することができない。略してもいいけど、ややこしい。

 蒼子先輩は別として、椎名先輩と村上むらかみ富貴恵、村岡むらおか総子ふさこ、富倉ひとみの二年生三人は去年からの経験者だ。一年生を気にしている余裕はあるだろう。

 「そのあたりは、気がつきますよ」

 「大山おおやま蒼子はよくわからないけど、あとの子たちは黙ってるよ、たとえ気づいたとしても」

 その判断に従うことにする。どうして郷司先輩がそんな判断をしたのかはわからないけど。

 「で」

と郷司先輩が言う。

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