第16話 雨が降っている(4)

 大林おおばやし千鶴ちづるは、郷司ごうじ先輩と晶菜あきなを見回してから言った。

 「ソロトランペットは揃いが悪いですが、音程は問題なしどころか、とてもいいです。音色もいいし、よく響きます。伴奏は新入生二人が揃いませんし、音もはずしますけど、しかたないでしょう。ホーンセクションは完成度高いですね」

 言ってことばを切り、郷司先輩の顔を見る。

 郷司先輩は変わらない表情で千鶴を見ている。

 千鶴が続ける。

 「トロンボーンはさっき言ったとおり、低音はユーフォニアムとチューバの一年生がまだ慣れてないですね。二年生以上は仕上がりのレベルは高いです。パーカッションは、バスドラムが揃いませんが、ほかはグロッケンシュピールを含めてレベル高いと思います」

 郷司先輩が軽くきく。

 「バスドラムが揃わない要因は?」

 きいたのは、向坂先輩のグループにいる山鹿やまが先輩が首席だから、だろう。

 「山鹿先輩の統率力不足が大きいですが」

 やっぱり……。

 大林千鶴は正直だ。

 「でも、それとはべつに、どうも一年生が揃わないみたいです。慣れてないのが原因か、ほかに原因があるのかはよくわかりませんが」

 そんな問題もあるの?

 それでは、自分の楽器もコントロールできていない山鹿先輩に任せるのは、とても不安、ということになるのだけど。

 郷司先輩がきく。

 「それって、パーカッションにとって致命的?」

 「本来は」

 大林千鶴は言う。やっぱり正直なのだろう。

 「でも、ほかのパートと較べて、とくに悪いというわけでもないです」

 つまり、ほかのパートが完璧かんぺきならば致命的だけど、そうでもないのでだいじょうぶ、ということだろう。

 「全体として、楽器演奏については、土曜日のマーチングはできる?」

 「できます」

 大林千鶴は一瞬のためらいもなく答えた。

 「まったく問題なく、というわけには行きませんけど、三曲演奏して歩き通すことはできます」

 それだけできればおんの字、というのが千鶴の判断なのだろう。

 「うん」

 郷司先輩はうなずいた。

 大林千鶴にきく。

 「あとはカラーガードが仕上がれば可能、ということ?」

 「バトントワリングはよくわかりませんが」

 「それはわたしもよくわからない」

と言って、郷司先輩は笑った。そして晶菜に目を移す。

 「ということなんだけど、カラーガード一年生の状態は?」

 やっともとの話に戻って来た。

 大林千鶴の前で言っていいかどうかほんとうはわからないけど、言っていいことにする。

 「その、最初に、席順トップだった子が抜けて、こんど八木沼やぎぬまが抜けて」

 一年生で席次がいちばん高かった子が来なくなってしまったのはだいぶ前だ。この子のことはよく覚えていない。

 八木沼陸子りくこはやっぱりあの郡頭こうずまちの犠牲者だ。さめ皓子てるこに「鮫だけに人を食う」とか言い続けるようになった郡頭まち子は、この子にも「ヤギが沼にはまったような演技をするヤギ沼ドン子」などと言った。繰り返し言った。八木沼陸子は退部すると言い出したが、バトントワリングパートが引き受けることになったらしく、いまはバトントワリングに移っている。

 郡頭まち子は、四月にはたしかに明るくてだれとでも仲よくなる子だったのに、ここのところほかのメンバーへのいやがらせが目立っている。

 どうしたのだろう?

 晶菜は続ける。

 「中学校から上がってきた滑川なめかわゆいは慣れてますが、まだおどおどしている感じですかね。唐山とうざんっていう子はかわい子ぶってますけど、演技は下手」

 たしか、一年生で席次がトップの子が辞めたのは、この唐山という子の「かわい子ぶり」に腹を立てたという事情だったと思う。それだけが理由かどうかは知らないけど。

 「一年生はあと三人いて」

と晶菜が説明する。

 「この三人は、入った時期が少し後で、いつもいっしょにつるんでます。みんなかわいいんですけど、本人たちの問題というより、パートとして扱えてない、っていうか、相手にしている余裕がない、っていうか」

 郡頭まち子が問題を起こすようになったのはもっと後だけど、小森先輩はおろおろするばかりだし、唐崎は大声でいばり散らしてほかのパートと問題を起こすという状態で、この三人はほんとうに相手にしている余裕がなかった。

 それでも、先に入っていた滑川ゆいとは知り合いらしく、関係がいい。それに、その三人のうち二人は経験者ということで、もう一人も含めて演技のレベルが低くないのが救いだ。

 その晶菜の話を聞いて、うん、と、郷司先輩は大きくうなずいた。

 「晶菜から見ても、その一年生三人はかわいいんだ」

 言って笑う。

 晶菜の発言のなかで、そこだけ取り上げる?

 抗議する。

 「いや、その、べつに……」

 「べつに」なんだろう?

 自分で言っておいて、よくわからない。

 純粋にかわいいと思っただけで、自分だけの「かわいがりもの」にするつもりはない、と言えばよかったのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る