第14話 雨が降っている(2)

 マーチングバンド部「瑞城ずいじょうフライングバーズ」は高校北校舎三階の小音楽室を部室として使っている。

 ここはクラスの半分ほどの人数しか入らないので、教室として使うことはほとんどない。隣がフライングバーズ用の楽器倉庫ということもあって、ほとんどフライングバーズの専用部室になっている。

 郷司ごうじ先輩が鍵で部室の扉を開けて、入る。晶菜もついて入り、扉を閉める。

 「どこか適当なところに座って」

 言われなくてもそのつもりだ。

 晶菜あきなが奥の端のほうに座ると、郷司先輩は、五線譜の黒板の前に晶菜のほうを向いて腰掛けた。

 先輩が切り出す前に、晶菜が言う。

 「ここでいいんですか? わたしたち以外に話が漏れたら」

 フライングバーズには部長に対する反対派がいる。部室なら、その反対派のメンバーが来るかも知れない。

 郷司先輩が愚痴っぽく答える。

 「わたし、ああいう密談、嫌いなんだ」

 その雨乞あまごいを決めたときのことを言っているのだろう。あのときは、だれも来ない場所ということで、家庭科実習室で会合を開いた。

 「それなら、いいですけど」

 晶菜も本来はそういうのが嫌いだ。少なくともめんどうくさいとは思っている。

 だれか来たら、話を変えればいいだけだ。

 先輩がきく。

 「カラーガード二年以下の様子はどう?」

 昨日も雨が降っていた。その放課後、カラーガードでこの教室に集まって城まつり本番のパレードについて決めた。先輩はそのことを言っているのだろうけど。

 「様子はどう、って?」

 晶菜は疑問的にきいてみる。

 「先輩もいらっしゃいましたよね? 昨日のミーティング」

 会計の仕事に専念する、と言っていた郷司先輩は、あの雨乞いを決めた日、カラーガードの演技に出場すると言った。

 だから、昨日放課後のカラーガードのミーティングにも出ていたはずだが?

 「わたしは、小森こもりと、郡頭こうずまちと、唐崎からさきと、ずっと見てないといけなかったから、後輩の様子まで見てる余裕がなかったの!」

 先輩は正直に言う。

 小森先輩はカラーガード首席、郡頭まち子と唐崎は問題部員だ。

 晶菜も正直に答えることにした。ここで正直でない態度を取ってもいいことは何もない。

 「夏子なつこは喜んでましたよ。演技が決まって」

 一宮いちのみや夏子は家が近所なのでよく知っている。体を動かすことが好きなで、あの雨乞いがインチキだと晶菜が言うと、夏子は笑って

「じゃあ、わたしたちでオリジナルの雨乞いダンス考えようか?」

と反応した。そんな子だ。

 「富貴恵ふきえさんたちがどう感じたか、ちょっとわたしにはわかりませんけど」

 「富貴恵さんたち」というのは、村上むらかみ富貴恵と村岡むらおか総子ふさこ富倉とみくらひとみの三人だ。

 この三人は去年からのカラーガードで、もっている技術も高いらしい。たぶんそのフラッグという大きい旗も使えるのだろう。

 「あと、皓子てるこがまち子と関係よくやってるのが意外でした」

 その月曜放課後のミーティングでは、郡頭まち子が演技を説明し、それをさめ皓子が実演して見せていた。郡頭まち子は、「鮫だけに」とか、「鮫のくせに」とかは言わずにその実演を見ていた。ときどき郡頭まち子が指示を出して、鮫皓子が

「これでいい?」

などと言って確認していた。

 「本番、今週末だからね。失敗はできないから」

 いや。

 自分の苗字をネタにいじられたら、それは本番が今週末かどうかという問題を超えると思うけど?

 「で、一年生は?」

 郷司先輩がきく。でも、晶菜がそれに答える前に、すっと戸が開いた。

 「失礼します」

という声がする。

 すぐには、それがだれかわからない。

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