テディ・ベアの同居民 1
表玄関に馬車を横付けし、アルヴィンとセオドアに運搬を手伝ってもらうと、引っ越しは終わった。
さっぱりした気分でローザは二人を振り仰ぐ。
「アルヴィンさん、グリフィスさん。お手伝いありがとうございました。わたし一人ではもっと時間がかかっておりました」
ローザに力があっても、一度に持ち運べる量は限られている。しかも部屋は三階だから、運び終える頃にはへとへとになっていたいただろう。
まだまだ片付けができる余力があるのは、とてもありがたい。
しかし、見上げた二人は何も言わない。
以前だったらその沈黙が非難のように思えただろう。
けれど、うつむかなくなった今は彼らの困惑が見えたから、おずおずと聞いてみた。
「どうかされましたか?」
「いや、その……」
鷲鼻が特徴的な大柄の青年、セオドアが言葉を探すように視線をさまよわせる。
しかし、銀髪の妖精のように美しい青年アルヴィンは、はっきりと言った。
「ローザは本当に持ち物が少ないんだね、僕達が一往復するだけで運び終えてしまったよ」
「アルヴィンッ」
セオドアがぎょっとして彼を呼んでも、本人は不思議そうにするだけだ。
ローザとしても、気を遣わないでくれるのがありがたい。
これでも必要な物は持ってきていたつもりだったので、安心させるために言った。
「元々、制服や衣服はこちらに置かせていただいておりましたし、細かな品は、通勤のたびに持ち運んでおりました。あとは荷物を片付けたあとに、必要な物を買いそろえれば良いかなと」
「そうだねえ、ひとまずは落ち着いてから考えるっていうのは良い案だと思うよ」
「そう、か。君が良いのならそれでかまわないんだが」
アルヴィンとセオドアの気遣う言葉に、ローザは心が温かくなる。
「アルヴィンさん、グリフィスさん、ありがとうございます。ですがこんなに広いお部屋をいただいて、家具まで備え付けていただいたんです。もう充分過ぎるくらいですよ。少し、この家具を使うのは怖いのですが……」
「どうして家具を使うのが怖いのかな?」
アルヴィンは不思議そうにしたが、セオドアはその気持ちがわかるとばかりに深くうなずいた。
「すべて歴史のある古い骨董品ばかりだからな。傷を付けるかもしれないと思うと落ち着かないだろう」
「その通りです。けれど、一から家具をそろえなくて良いのは家計にもとてもありがたいことですから、わたしが慣れます」
「頑張ってくれ、君なら大丈夫なはずだ」
セオドアのエールをローザは心強く思った。
そうしてローザはテラスハウスでの生活を始めた。
必要最低限の生活用品はきちんとそろっているのだ。
普段暮らすのに困ることはないだろう。と、思い、実際生活面ではその通りだったのだった。
けれど、物を片付け終えてすぐ、思わぬ問題に遭遇した。
ローザは昨日よりも早く起きて、半地下にある台所でクレアの手伝いをしていた。
「そりゃあ、手伝ってくれるのは嬉しいけどね。ローザさんがいるとエセルも一緒にいてくれることが多いし」
てきぱきと台所で立ち回るクレアに、ローザは丸椅子の上でまるまる灰色の猫エセルを見た。
しかし、自分に注目が集まっていると気づいたのか、ぱたりと尻尾を揺らすと、椅子から降りて去って行った。
クレアは残念そうに見送ったあと、ローザに視線を戻す。
「けどこれが私の仕事なんだから、ローザさんが気を遣わなくって良いのよ。それともなにか困ったことでもあるの?」
「あの、それは……」
三日連続で現れたのは、さすがにいぶかしがられたようだ。
ローザはそれでも気恥ずかしくて言いよどむと、クレアはふくよかな体を揺すってローザに迫る。
ローザを心底心配してのことだとよく感じられるからこそ、その圧から逃れられない。
結局ローザは理由を話してしまう。
そしてセオドアが食堂に現れ、次いでアルヴィンも現れると、クレアはあっという間に話してしまった。
「部屋が殺風景で落ち着かない?」
「はい……」
優雅にナイフとフォークを使いながら、朝食を食べるアルヴィンとセオドアの注目に、ローザは身を縮こまらせた。
部屋の片付け自体はすぐすんだ。
なにせしまうべきチェストも、物を置く棚も沢山あったからだ。
しかしそれが済んでしまうと、ローザは部屋の広さに途方に暮れた。
なにせ、テラスハウスの三階は、ローザが今まで住んでいた部屋よりも倍以上広い。
ベッドルームに置いてあるベッドだけでも一回り大きいのに、圧迫感を覚えないほど部屋はゆったりしている。
居間は一人で使うにはもてあますほど広く、さらに浴室もトイレも付いている。
アパートと同じ物を置いても、存在感が違うのだ。
朝起きて、誰もいないことには慣れた。
けれど、目に入ってくる物が少なく殺風景な部屋にぽつんと一人でいると、寂しさと心細さを感じて、クレアのいる台所に避難するようになったのだ。
「ごめんなさい、このような子供っぽいことを」
さすがに気恥ずかしくローザは悄然としていると、セオドアは腑に落ちたとでもいうようにうなずいていた。
「俺も経験がある。パブリックスクールの寮はみな同じ間取りで個性がなくて、居心地が悪かったものだ。この家に越してきたときも同じだった」
「グリフィスさんもですか」
「ああ、だが自分の好みの調度品を置くと、徐々に薄れていったよ」
「そうねえ! ローザさん、まだ全然部屋もいじってないんでしょ。そりゃあまだよそにいるような気持ちになるに決まってます」
セオドアとクレアが口々に言うのに、ローザは目から鱗から落ちた気分になる。
確かに、今の部屋には自分の気配が少ないのだ。
「そうだわ、ちょっと待っていて!」
クレアは思い出したように手を叩くと、一旦食堂から引っ込むと、大きな布を抱えて戻ってきた。
ぱっと広げられたそれは、スモーキーピンクのブランケットだった。
厚みがあり、大きさもローザをすっぽり覆えるほどある。両端にはフリンジがあった。
「そろそろ寒くなってきたでしょう? ローザさん台所に来るあいだ寒そうにしているし、こういうのも必要なんじゃないかと思って持ってきたのよ」
「えっあの」
ローザが返事をする前にクレアはぱっとローザの肩にブランケットをかけてくれる。
安心するぬくもりにほわりと包まれた。
蜂の巣が連なったような織り地が見えて、色も相まって可愛らしい。
「どうかしら?」
「とてもかわいらしくて……けれどいただいて良いのでしょうか」
覗き込んでくるクレアに聞くと、彼女はさっぱりと言った。
「気に入ってくれたのなら良いのよ。ローザさんが越してきたお祝いにもらってちょうだい。部屋に物が増えたら、きっと居心地が良くなるわ」
「ありがとうございます。ではいただきます」
ローザはきゅっとブランケットの端を握って礼を言った。
なによりクレアの厚意が嬉しかった。
「お祝いか。なるほど……」
セオドアが少々考えるようにつぶやく。アルヴィンはあまり腑に落ちていないようだがひとまずは納得したようだ。
「ふむ。つまりローザはまだ、あの部屋を自分の部屋だと思えないのか……それで、ローザが選んだものを増やすと解決するかもしれないってことだね。よし」
食べ終えたアルヴィンは立ち上がった。
「ではローザがしおれてしまう前に、君の好きな物を増やしてみようか」
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