第16話 妖精店主は捉えどころなく



 ローザ達も、コリンとフェリシアのお茶会に招待してもらった。


 コリンが主にローザを見て「同じように食い方を知らないやつがいた方が気楽だ」と身もふたもないことを語ったからである。


 フェリシアもまた、コリンがなぜアルヴィンの店にたどり着いたのか話を聞きたがったので、みんなでお茶会となったのだ。さすがに、アルヴィンが骨董屋の店主だ、というくだりには驚きを隠せないようだったが。


 ジーンの焼きたてのスコーンは、フェリシアが語る以上に絶品だった。


 横に割るとバターの香りが濃密に立ち上り、香りに引き寄せられるまま、一口かじったとたん、しっとりとした歯触りなのに、口の中でほろほろと崩れる。

 ほんのりとした甘みと共にバターの風味が口いっぱい広がり、あとを引くのだ。


 あまりにおいしいものだから、ローザはしげしげと自分が食べているものがなんなのか見つめたほどだ。


「これがスコーンなのか……こんなうめえもんはじめて食べた!」


 なにも付けないまま、あっという間に一つを食べきってしまったコリンの率直な賞賛に、給仕をしていたジーンは照れた様子で顔を背ける。

 代わりにフェリシアが自慢げに微笑んだ。


「ね、だからスコーンは焼きたてがおいしいのよ。今度はクリームを塗ってみて。こちらのジャムは私が煮たのよ」

「クリームは逆にさっぱりとするのですね。驚きました」

「おれにはよくわかんねーけどうめえよ! お茶おかわり!」


 コリンが勢いよく願うと、フェリシアは笑顔でティーポットを手に取ったのだ。


 長いようで短い茶会は、終始笑いの絶えないものとなった。

 フェリシアは帰り際に明るい顔で、ローザの手を握り何度もお礼を言った。


「あなた達は、私にとって幸運を運んでくださる良き方だったわ。ありがとう」


 コリンを家の近くまで送り終わった馬車の中で、ローザは不思議な高揚感のまま、スカートをでた。


 あの二人が心ゆくまで話せて良かった。

 自分も、ポージーホルダーを返しに行くのは無理だと語らなくて良かった。

 このドレスのおかげだ。


「コリンくん達、お話できて良かったですね」


 ローザがアルヴィンに話しかけると、彼は不思議そうにする。


「なぜ、君がうれしそうにするのかな。これで一件落着だけど、二人は二度と会えない可能性の方が高いだろう」

「会えないとしても、誤解したまま別れるという一番悲しい結末には、なりませんでしたから。だから、嬉しいのですが……?」


 そんな部分を取りざたされるとは思わず、ローザは戸惑う。


「なるほど、普通の人には、そういうものなのか」


 ただ、アルヴィンも深掘りをするつもりはないのか、足を組み替えてローザをのぞんでくる。


「ところで、僕は君に服を渡したわけだけど、もう青薔薇ブルーローズから去って行きたくなったかな」

「えっどうしてですか?」


 アルヴィンが語ることは時々わからないが、今回は極めつきだ。

 むしろ制服を支給したのだから、制服代の元が取れるまでは勤めてもらうと念押しされるならわかるのだが。

 驚きすぎて目の前の美しい青年を凝視すると、彼は微笑んだままだったが、どこかほっとした気配を漂わせる。


「ブラウニーには特徴的な別れの逸話があるんだ。靴下でも上着でも、身につけるものを渡すと悪態をついて去ってしまう。だから僕は君に服を渡した」


 このドレスもまた、ブラウニーか否か見極めるためだったのだ。

 彼のこだわりぶりには驚かされてばかりだったが、ローザは素直に答えた。


「お給料分は、働かせていただけたらと思います」

「そう。こうして残ってくれるのなら、君はブラウニーではない。青薔薇のような……はクレアから禁止されてたな。なら、掃除がとても上手なうちの従業員だ」


 微笑むアルヴィンはローザの手を握ろうとして、途中でその手を止める。


「そうだ、女の子に触れるときは、先に確認しなさいとミシェルに言われていたね。親愛のしるしを表していいかな」


 律儀に確認をしてくるアルヴィンに、ローザはなんだか肩の力が抜けてしまう。

 普通は、名前で呼ぶのもそれなりに親しくなってからなのだが、彼にはローザが持っていた思い込みや普通を、どんどん壊された。

 彼の言動には驚いて、うろたえることも多いが、嫌な気持ちにはなっていない。

 むしろ、ブラウニーではないと証明するためにしてくれた多くのことは、ローザの胸をいっぱいにした。


 だから、答えは決まっている。


「いきなりは驚いてしまうので、やめてほしいのですが……」


 ローザは、前置きをしながらも、おずおずと自分から片手を差し出した。


「これから、どうぞよろしくお願いいたします」


 アルヴィンはぱっと表情を輝かせると、差し出した手を握る。

 そのまま、身を乗り出されると、一瞬、頰に柔らかい感触がした。

 ローザがぽかんとする目の前には、妖精のような美貌がある。


「ありがとうローザ、これからもよろしくね」


 馬車が止まる。アルヴィンが軽やかに扉を開けて降りてゆくが、頰を押さえたローザは座席に座ったまま動けなかった。

 確かに、頰のキスは親しい人に対して示す親愛の挨拶だ。おかしくない、おかしくはないのだが。


 いきなりはとてつもなく心臓に悪い。


 うまくやっていけるだろうか。

 ローザは再びアルヴィンが馬車の中を覗き込んでくるまで、顔を真っ赤にしたまま座席から立ち上がれなかったのだった。





一章了




続きは現在発売中の単行本「青薔薇アンティークの小公女」よりお楽しみください。

ここまでのご愛読ありがとうございました!


第2巻は今冬発売予定です!

感謝を込めまして、次回より1巻から2巻に至るまでの番外編を更新いたします。

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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