秘密を知る人物

「キース君、よかった!! 会えなかったらどうしようかと…っ!」

「あああ、えっと、えっと……」



 締め上げる勢いで男性に抱きつかれ、尚希は狼狽うろたえながらも拓也たちの方を見やった。



 拓也は実をかばいながら、男性に自分たちが認識されないように息を殺している。

 尚希が男性に気付かれないように手で上を示すと、拓也は黙したままそれに頷いた。



「こんな所まで、一体どうしたんですか? びっくりしたじゃないですか、もう!」



 拓也と無言のやり取りを終えた尚希は、男性と子供たちの体を玄関の方に押しやって、自らもそちらへと進んでいく。



「実、おれらは二階に避難しよう。」



 尚希がすぐに彼らの気を引いてくれたおかげで見つからずに済んだ拓也は、実を連れて玄関ホールを離れた。



 階段で二階へと上がった二人は、適当な部屋に入ってようやく肩から力を抜く。



「いやぁ、びっくりびっくり。なんであの人がこんな所に来てんだろ。」



 ソファーに腰かけ、拓也は思わず溜め息を零した。



「ほんとにね。もしかして、〝知恵の園〟でなんかあったんじゃないの? あの人があそこから出るなんて、よほどの事態でしょ。」



 拓也の向かいに座った実が、さも当然のように同意する。



「ってか、お前よく気付いたな。あの人のこと知ってたのか?」



 拓也が訊ねると、実はそれを肯定するように首を縦に振った。



「うん。コルンおじさんでしょ。」



 実の答えに、拓也は少し目を丸くする。



「おじさんって……また、随分親しげなんだな。ちょっとびっくりした。」



 まさか実が彼のことをそう呼ぶとは思っていなかったので、素で驚いた拓也は思ったことをそのまま口にしていた。



「まあねぇ…。だってあの人、立派な父さんの下僕じゃん。よく父さんに無茶振りされて泣いてたの見てたよ。それに、たまに遊んでもらったこともあるし。」



「えっ…!?」



 これはまた意外な事実だ。

 拓也はきょとんとまぶたを叩く。



「じゃああの人って、エリオス様に子供がいたってこと……」

「もちろん知ってたよ。母さんが妊娠した時から、全部知ってたんじゃないかな。」



 実は拓也が思い浮かべていた〝もしも〟を認める。



「でも、コルンおじさんは距離感を重んじる人だったからね。俺のことを知ってても、必要以上の口出しはしてこなかったよ。そして、父さんが子供の存在を隠してるってことを、城の奴らに言うこともしなかった。父さんとしては一番使いやすくて、便利な人だったんじゃないかな。もとい、一番信頼してるとも言えるかも。」



 実は幼い頃の記憶を辿る。



 コルンは自分が禁忌の森に住んでいた頃、精霊や両親の次に会っていた人物だ。



 レイレンと顔を合わせるようになったのは地球に行ってからなので、彼は幼い頃の自分にとって、定期的に交流していた唯一の他人だったと言える。



 自分たちが住んでいた小屋に押しかけてくることも多かったし、仕事を持ち帰ってきた父が彼を引っ張って連れてくることもざらにあった。



 そして、コルンは今しがた言ったとおり、必要以上に物事を詮索しないタイプだ。



 おそらく彼は、自分の存在や自分の存在を隠したい両親の意向を知っても、あれこれと問いただすことはせずに、ただその意志を受け入れたのだろうと思う。



 だからこそ、あの神経質な父が唯一、自らのテリトリーに招き入れることを許したのではないだろうか。



 自分も彼と接するのは、とても居心地がよかったように記憶している。



 どうりで声に聞き覚えがあったわけだ。

 過去にそれなり交流があったコルンの声だから、頭に引っかかったのか。



 そんな彼が今どんな状況に置かれているのかは、想像にかたくない。



「多分あの人、今は父さんの代わりに〝知恵の園〟のとりまとめでもやってるんじゃないの?」



「ああ…。確か、そうだったと思う。」



 ほぼ確信して問うと、こちらの予想どおりに拓也が頷いた。



「っていうか、コルンさんって、エリオス様が指名した唯一の補佐官だったんだよな。だから、エリオス様がいなくなった穴を埋められるのが、必然的にあの人しかいなかったんだ。あの人が自主的に総責任者に立候補したわけじゃない。第一、そんなタイプじゃないからな。エリオス様が失踪したって知って卒倒してたんだけど、寝込む暇もないままどんどん仕事を押しつけられて、今は成り行きでこうなってるって感じだな。」



「ふふっ。想像しやすいなぁ、その流れ。」



 実は思わず、肩を震わせて笑い声を零した。



 父が話していたことがあったのだが、コルンは偽るということが何よりも苦手な人物らしい。



 彼が必要以上に物事を詮索しないのは、彼にとって大切な処世術なのだそうだ。



 余計なことを知らなければ、下手に面倒事に巻き込まれることもない。

 おそらくは、そういう理屈なのだろう。



 そして彼は、自分の耳に余計な情報が入ってこないように、仮に何かを知ってしまったとしても、それを言わなければならない状況に陥らないように上手く立ち回れる能力を身につけている。



 あれは、誰にでもなせる技ではない。



 それが、父のコルンに対する評価だ。

 こうして思い返してみると、父がいかにコルンを信頼していたかが分かる。



 彼なら大丈夫だと確信していたから、遠慮なく〝知恵の園〟に彼を置き去りにしたのだろうし、彼が大事だったからこそ、彼をレイレンのようにこちら側の事情に巻き込まなかったのだろうと思う。



 それでも地球にいた時の父が時おりコルンのことを気にしていたのは、父のプライドのためにも言わない方がいいのだろう。



「……実、何にやにやしてるんだ?」

「いや、ちょっと思い出し笑い。昔から損な人だったなって。」



 拓也に怪訝けげんそうな顔を向けられ、実はしれっと本音を伏せる。

 その時―――



「おーい、入るぞー。」



 そんな声がして、ノックなしに部屋のドアが開いた。

 そこから顔を出したのは尚希である。



「拓也、お前もお呼びだ。」



 尚希は指で、こっちへ来いと拓也に示す。



「ええっ!? おれも?」



 さすがに想定外だったらしく、拓也はそんな素っ頓狂な声をあげた。



「すまん。押し負けた。どうせ一緒にいるんだろって言って、全然引かなくてさー。」

「ええぇ……」



 拓也が途端に渋い顔をする。



 確かに、これは思わぬ展開だ。



「拓也、行ってあげたら? コルンおじさんがそこまで食い下がるって、そうそうないよ。」



 実が言うと、尚希が拓也と同じように驚いたような顔をする。



「なんだ、実。コルンさんのこと知ってたのか?」



「ええまあ、それなりに。でも、俺はここに待機しておきますよ。今の俺がおじさんと会っても、色んな意味で混乱させるだけでしょうから。」



「まあ、そうだな。」



「そういうわけで、拓也いってらー。」



 実は笑顔で拓也に手を振る。



「お前な。人の気も知らずに……」



「大丈夫、大丈夫。拓也のその顔だけで、拓也がコルンおじさんのこと苦手なんだろうなーってことは伝わってるから。」



「ぐっ…」



 図星らしい。

 思い切り顔をしかめる拓也の肩に、尚希が手を置く。



「ほら、行くぞ。さっさと行かないと、マジで夜中まででも居座られる。」

「……分かったよ。」



 ようやく腹がわったのか、拓也が素直に尚希について歩き出す。



「………」



 そんな二人を見送り、ドアが閉められた部屋で一人。

 実は神妙な顔つきで腕を組んでいた。



 さて、気軽に拓也たちを見送ったものの、これはどういう状況なのだろう。

 相手があのコルンだし、拓也たちの身に危険が迫るような事態ではないと思う。



 それでもやはり、ちょっとした胸騒ぎがずっともやもやとしていて……



「なんか、嫌な予感がするなぁ…。勘弁してくれないかな。ただでさえ最近は、空気がよどんでて気が滅入るのに……」



 窓の向こうに広がる曇天を見やり、実は物げな溜め息を吐いた。


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