屋敷の鈴を鳴らした者

「おお…。今日のお客さんは、また熱烈だなぁ。」



 最初に抱いたのは驚きでもなんでもなく、そんな普通の感想だった。

 これも、今となっては特に珍しくない光景となってしまったからだ。



「ですから、今日はすでに、キース様の予定は全部埋まってまして。」



「それでもいいんです! 夜中まででも待ちますから、どうにかなりませんか!? 国家の一大事なんですよおぉ!!」



「そ、そうは言われましても……」



「ははは。今日はカルノが出かけてるからなぁ。サミュールも大変だ。」



 玄関から聞こえてくる困った声に誘われたのか、尚希が実たちの横に並んで苦笑した。



 ああいう風にしつこい相手は、経験豊富で話術にけているカルノがあしらうのが常だ。



 しかし、今日はそのカルノが外出中なので、カルノ以外の人々でどうにかするしかないのである。



「笑ってないで、助けてやれば?」



 横目に拓也がそう訴えるが、対する尚希はそれにちっちっちっと指を振った。



「こんなんでオレが出てったら、ちょっと食い下がればオレを引っ張り出せるって思われるだろ。サミュールにとってもいい経験だ。これを糧にさらに成長してくれると信じて、オレは応援に徹するよ。」



「理解できねぇな。」

「それが上司ってやつだ。」



 苦い顔をする拓也と、それとは対照的な爽やかな笑顔を見せる尚希。



「……ねぇ。」



 ふと、それまで黙り込んでいた実が口を開いた。



「多分今来てる人、アイレン家の秘密を知りたいとかって人じゃないと思いますよ。」

「え?」



 突然の実の言葉に、拓也と尚希が揃って首を傾げる。

 実は思案げに眉を寄せた。



「だって、なんか子供の声も聞こえるんですよ。普通、仕事の交渉に子供なんて連れてきますか? あと、なんとなくこの声に聞き覚えがある気がするのは俺だけかな…?」



 ここまで響いてくる声が、さっきからどうも脳裏に引っかかるのだ。

 少なくとも、初対面の相手ではないと思う。



「んん…?」



 実の真剣な様子につられて、拓也と尚希も廊下の向こうに耳を澄ませる。

 そうすることしばし。



「あれ…?」



 二人の表情にも、実と同じような懐疑的な色が広がっていった。



「口出しはしなくても、相手の顔は盗み見してきた方がいいと思いますよ。」



 なんだか、胸騒ぎがする。



 実が控えめにそう告げると、先ほどまでとは違って表情を引き締めた尚希が一つ頷いた。



 尚希を先頭に三人で足音を潜め、ゆっくりと玄関に近付く。



 廊下の曲がり角から玄関ホールを覗き見ると、そこにはこちらに背を向けて必死に話をしているサミュールがいる。



 そして、彼の前で諦め悪く食い下がっている男性は―――



「え、なんで…!?」



 気付けば、尚希がそう口にした後。



「あーっ!!」



 いち早く尚希の存在に気付いたのは、言い争う大人たちなどそっちのけで、ホールを物色していた二人の少女たちだった。



「あっ、こらっ……」



 子供たちに脇をすり抜けられたサミュールが、慌てて少女たちを止めようと手を伸ばす。



 だが、一度走り出した子供たちが止まるはずもなかった。



「キースお兄ちゃーん!!」

「うおおっ!?」



 一度見つかっては隠れるわけにもいかず、尚希は仕方なく、駆け寄ってきた子供たちを受け止める。



「ああっ、ラン、リン! 待って!! ……って、キース君?」



 自由な子供たちに焦った男性が、尚希の姿を見て固まる。



「う……うう……」



 尚希と目が合った男性の目が潤むのは、あっという間のことだった。



「キースくうぅぅん!!」

「うおおおお!?」



 子供たちに続いて飛び込んできた男性に、尚希はさらに戸惑うしかなかった。


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