五話 【ベンゾウは可愛いかった?】

食事を与えると泣き疲れたのか、無防備に八つに割れた腹を出し、ベッドで爆睡するベンゾウは、耳と尻尾が生えた猫系の獣人の19歳。


そう、まだ子供である。


スレンダーで筋肉質。


顔半分を隠す灰色のボサボサの髪。


多少膨らみがある程度の胸は、年を重ねた色気も肉感も無い。


服もボロいし少し臭い。


そして牛乳瓶の底の様な分厚いメガネ。


あと20年も経てば色気の一つも出てくるかも知れないが……


まっ、強ければいいのである。


北東部で冒険者としては割と有名人だったらしい過去を持つ少女。


獣人特有のバネとスピードを活かし、二本の短剣で戦うこの少女にも名前があった。


聞いてはみたが、捨てた名だと教えてはくれなかった。


ある日を境に視力が徐々に落ちていき、終いには敵と味方の区別もつかず、傷つけた仲間の治療費や依頼の違約金などで借金が重なり、奴隷まで身を落としたそうだ。


この歳で苦労したんだろう……


目の前で腹を出し眠る、灰色の猫娘からは想像がつかない。


とりま、身綺麗にして服を買ってやるか!





翌日、女将に髪を切ってくれる場所を尋ねると、そんな所はないと女将が切ってくれる事になる。


お任せしました。


体まで洗ってもらったのか、切り揃えた髪も多少の艶を取り戻し、灰色だった髪も綺麗な銀髪になっていた。


小綺麗になったベンゾウは可愛いかった。


メガネを外せば…… 睨むな!


「それは?」


手に持つ切った髪の束に気付く惣一郎に、女将が魔法の触媒になるので売れると教えてくれた。


なるほど……


「あとは服だな」






街に出て、先日服を買った店に入る。


最初は遠慮がちだったベンゾウも、今は喜んで服を選んでいる。


突然娘を持った親の気分で眺める惣一郎に、店員が話しかけて来る。


「ずいぶんと変わったゴーグルのお嬢さんですな〜」


ゴーグルはあるんかい! 


冒険者が目を保護するゴーグルは、この世界にもあるらしい。


それでメガネが無いのは謎だった……


着替え分を合わせて数着を腕に抱えるベンゾウさん。


動きやすい格好が好みらしいが、露出多くありません?


まぁ子供だし、こんなものか?




 

その後、昼食を取りながらベンゾウに冒険者の事を聞いていたら、興味を惹かれる話が聞けた。


魔法の話だ。


魔法には、[攻撃魔法]と[生活魔法]と言うものが存在するらしい。


生活魔法とは、生活に役立つ魔法全般を指しているとの事で、中でも水を生む[ウォーター]や虫を一定時間寄せ付けない[カトリ]、傷をバイ菌から守る[クリーン]など、ありがたい3つの魔法に、特に興味が湧いた。


だがよく聞けばどれも魔力消費が大きいそうで、水を具現化するウォーターは熟練の魔法使いでも、バケツ3〜4杯がやっとで、風呂を満たす事も出来なそうであった。


今は時期ではないが、血を吸う吸血虫が繁殖する頃にはカトリの魔法は重宝するらしいが、こちらも一人分の範囲を半日も使うと魔力が枯渇するらしい。


一番興味があったクリーンも同じく、手のひらサイズで数回分しか使えないとの事。


効果は確かに絶大ではあるが、上手いこといかないのが生活魔法であった……


工夫と慣れなのだろう。


そもそも俺に魔法が使えるのだろうか?


聞くと魔法を覚えるには[魔導書]を使うだけらしく、この世界の魔法使いの大事な収入源になってるとの事。


魔導書は[魔導書店]で手に入り、魔法によって金額も違う。


一度使うと魔導書は燃えて無くなり、高額で手に入れても覚えることが出来ない事も多いそうで、ギャンブル要素が兎に角でかい!


ベンゾウは過去に二度チャレンジして、自分には魔法適正(運)がない事を知ったらしい。


惣一郎も知ったからには試してみたかったのだが、この街に魔導書店がない事を知ると、わかりやすく落ち込む。


魔法のない世界から来た惣一郎には、魔法に強い憧れがあった。


諦めきれない惣一郎は、ジュグルータさんに相談してみようと席を立つ。





町で買ったお菓子を手土産に、ジュグルータさんの屋敷を訪れる。


スキルで地球産の珍しいお菓子とも考えたが、出どころの説明が難しいのでやめた。




突然の訪問に残念ながらジュグルータさんは不在であったが、ニールさんが親切に対応してくれた。


「なるほど魔導書店ですか。近くですと先日主人が訪れた[キネスの街]に魔導書店がございます」


げっ、あのススの森を抜けた先か……


惣一郎の顔色を察したニールさん。


「オークもグルピーも、そうそう遭う魔獣じゃないですよ」


っと優しく背中を押してくれた。


ベンゾウもいるし、じゃ行ってみますか冒険に! 






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