第14話 閑話 シラット使い
「お前が死ねばよかった」
イヴキの祖父は、当時七歳のイヴキを抱いているときに殺された。
襲撃してきたのは、シラット使いである。
祖父は財閥を背負って立つ存在だったが、ワンマンが目立った。そのため、孫に知識のすべてを授けようと教育していた。その矢先のことである。
しかも、狙われたのは祖父ではなく、イヴキだった。
祖父という財閥の柱を失い、加瀬家は混乱している。
イヴキは、親戚じゅうから疎まれた。特に、両親から愛情を受けなかったのが大きい。
そのためイヴキは、独自で調査を行うことにした。誰が祖父を殺したのかを。
シラットを学んだのも、その一環だ。もともと空手を学んでいたので、飲み込みは早かった。シラットを習得することで、次にどういう手を相手が仕掛けてくるかを読むのが狙いである。
一五際の頃だ。シラットの腕も上がり、イヴキは組手と称して父を道場へ誘った。父の顔を、整形が必要なくらい半壊させる。一七年生きてきて、もっとも充実した時間と言っていい。
以降は親戚の誰も、イヴキに逆らわなくなった。片目と片耳と片腕と片足を失った親を見れば、自分がどんな目に遭うかわかったのだろう。いずれは全員、破壊するつもりだが。
一六になって、イヴキはお嬢様学校に入学した。
魔獣少女としてスカウトを受けたのも、その頃だ。守護魔獣はサマエルという堕天使だ。治癒を得意とするのに、【死神】の肩書を持っていることに惹かれた。
治癒は戦闘に向かない。なので、イヴキは自身の戦闘能力のみで戦う。
「父親は治さないのか?」と聞かれたら、もちろんNOと答える。自分の娘に「死ね」という親など、治すわけない。
イヴキは早速、同級生だった首謀者の娘を病院送りにした。祖父のように、ノドを粉砕して。
いじめっ子や無関心な者たちへの制裁は、そのついででしかない。だから治してあげた。
しかし襲撃を指示した者の娘だけは、サマエルの能力でも治していない。ゆっくり苦しめばいいのだ。
そうすれば、親のヘイトは自分に来る。殺し屋も、尻尾を出すだろう。
グルメ動画をアップしているのも、自分の存在を世間に広めて、殺し屋を招きやすくするためだ。エサである。
イヴキの生命は、大好きだった祖父を殺したヤツを殺すために消費され続けるのだ。
しかし今は、父を破壊したときより充実している。
自分に最も遠い存在が、自分を最も追い詰める存在だったとは。
これだけ痛めつけているのに、まったく音も上げずに立ち向かってくる。目も死んでいない。
魔獣少女になったのは、殺し屋を殺すためだ。重火器を持った相手と致命傷を受けても、万全に戦えるから。
これまで、イヴキが倒した魔獣少女は一四体だ。どれも強かったが、イヴキの敵ではなかった。優勝候補といえど。
祖父殺しの犯人を追うことが、イヴキの目的である。
魔獣少女としての生活は、その人生観を変えるほどでもなかった。
相手がいくら魔物の力を手に入れたとしても、所詮中身はただの少女だ。意思も弱く、殴れば簡単に壊せてしまう。
実にくだらない。これが乙女の夢とは。魔物の王選手権とは、名ばかりか?
女児・児童趣味とは程遠い生活をしていたイヴキにとって、魔獣少女という生活は退屈極まりなかった。
しかし、来栖 仁絵なら自分を開放してくれるかもしれない。
もしかすると、新しい生の実感を得られる可能性がある。
だが、それもこれまでか。
いまや彼女も、虫の息。イヴキを追い詰めてはくれない。
さらば来栖 仁絵よ。楽しい世界を見せてもらえた。
前蹴りで、来栖を倒す。
ドンと、来栖が後ろに倒れ込んだ。
あとは馬乗りになって、寸止めの一撃を――。
「そこまでだ!」
御堂が、イヴキを止めた。
「なんですの? ちゃんと寸止めで止めますわよ」
イヴキは、御堂に反論した。
こちらだって、虐殺がしたいわけじゃない。
「お前に言ったんじゃない! 自分の右頬を見てみろ」
「右を……!?」
なんと、一本拳がイヴキの目を貫こうとしていた。プロテクターさえすり抜けて、正確に。
脂汗が、イヴキの額を伝う。頬からアゴへと落ちていき、来栖の顔に当たった。
「お前の負けだ、加瀬イヴキ」
「……ええ。参りました」
御堂の審査に、イヴキも同意する。
「来栖さんを、保健室へ」
イヴキは立ち上がって、生徒に呼びかけた。誰でもいい。彼女を連れて行ってくれれば。
敗者には、来栖に触れることすら許されない。
「ん、来栖さん?」
と思っていたのだが、誰も立ち上がっている気配はなかった。
しかし、来栖 仁絵はいない。
体育教師が連れて行ったわけでも、なかった。
では、誰が?
イヴキは、いなくなった生徒がいないか確認する。
まさか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うーん」
わたしは、薬品臭さで目を覚ます。
「知らない天井だぁ」
ここは、保健室のはずだ。しかし、こんな部屋は見たことがない。
一年のとき保健委員だったので、ここが母校の保健室でないと見破る。
ではいったい。
『ヒトエ、気をつけろ! ここは、保健室じゃねえ! ギャルゲーの中だ!」
バロール先輩も、覚醒していた。
「ゲームの中、ですか?」
『あいつだ! あの魔獣少女に連れてこられたんだ!』
先輩が指で、窓に立つ魔獣少女を指す。
黒髪ロングヘアで隠れた背中から、コウモリの羽が生えている。
Tバックの黒いレオタード姿だ。いわゆるバニーガールである。
足元は、ルーズソックスにミュールを履いていた。
「きゃる~ん」
実に九〇年代めいた鳴き声で、魔獣少女が振り返る。
「え、
魔獣少女の正体は、ギャルメイクをした風紀委員だったのだ。
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