第86話 圧倒的存在感

 かけるの【ミリアド】が進化したことを好機に、れいチームはサポーターの二人を失い、残りは三人。

 五対三、翔チームが圧倒的有利状況だ。


「麗、悪いけど使うわ」


妖花あやか、待て!」


 麗に一言告げると、言う事を聞かぬまま『魔法』を溜め始める妖花。

 それに焦っているのは麗の方だ。


「“三傑”なんて呼び方に愛着はないけどね、この学校のトップをそう易々やすやすと渡しはしないよ!」

 

『上級魔法 雷撃槍らいげきそう


 妖花は自身の杖から雷で出来た巨大な槍を創り出す。

 それは攻撃力に全振りした『魔法』であり、敵を穿うがつことを目的とした彼女の中でも一番の威力を誇る超強力な『魔法』。


「はあああ!」


 膨大な魔力で創られた雷の槍は、翔を撃ち抜かんと一直線に向かう。


「かーくん!」


「大丈夫だ、任せろ」


 華歩を抑え、妖花の『魔法』に対して翔はすっと右手を向ける。


『上級魔法 螺旋らせん炎』


 翔は螺旋状に渦巻いて進む炎を発し、回転しながら妖花の『魔法』と衝突する。


「それぐらいじゃ勝てないよ!」


 妖花の言う通り、妖花の圧倒的な『魔法』の前に翔の『魔法』は段々と勢いを弱め、徐々に押し負ける。

 だが、これは狙い通りだった。


(勝てるとは思っていない。これぐらいか?)


 頃合いを見計らった翔はすっと手を引く。


「なっ──!?」


 となれば、雷の槍は勢いのまま翔に向かって行く。

 ただし、『魔法』は先程よりもかなり

 そこに【ミリアド】を構えた。


(! しまった、そういうことか!)

 

 妖花が気付いたのはすでに【ミリアド】に着弾した後。

 もう翔の狙いを防ぐ術はない。


「うおおお!」


 激しい衝撃の中、翔が【ミリアド】を支える。

 予想以上に『魔法』の威力が残っていたのだ。


(頼むぜ、【ミリアド】!)


 だが、それも耐えてしまえば終わり。


 ばくん。

 やがて【ミリアド】は雷の矢を飲み込んだ。


「やられた……!」


 翔が持つから出るのは、未だかすかに残る炎が中心の芯となり、そこから雷がバチバチと広がっている刀身の形をした『魔法』の塊。

 妖花が冷静さを欠いた末の、【ミリアド】のさらなるパワーアップだ。


 ただ、麗たちもそれを黙って眺めているだけではない。


「悪いな」


「──!」


 翔の背後から忍び寄るのは大空そらの小刀。

 <スキル>を発動する余裕が無かった翔は、近付く大空に気が付かなかった。


 だが、翔には仲間がいる。


「!」


「やっぱり考えることは一緒、みたいだね」


 大空と同じく<隠れ身>にて翔をそばから守っていた凪風なぎかぜだ。

 かつて戦い方を習った、姉のような存在である大空のやり口はよく知っている。


「ならば正面突破だ!」


<瞬歩> <緩急移動チェンジオブペース> <陽動フェイント


 移動系<スキル>を存分に用いて麗が翔に向かう。

 こちらは隠す気なんてさらさらない、正面からの突進。


「──!」


 麗は死角からの攻撃を咄嗟とっさに回避した。


「今のを避けますか」


「夢里……!」


 夢里が麗の邪魔をする。いくら麗といえど、距離が離れていてはかわすことしか出来ない。

 夢里は再びアサルトライフルを構える。


「くっ──!」


 <スキル>を使った麗の動きを予測して銃弾を撃つ、この学校にそんな芸当が出来るのは夢里ぐらいだろう。


 夢里は後方から戦況を見ることで鍛えた観察眼と判断力、さらには好きであるゆえに麗の背中を追い続けた彼女ならではのをしている。

 麗にとっては天敵かもしれない。


「これで終わらせる」


跳躍脚エア・ウォーク


 妖花、大空、麗。“三傑”の位置を確認できたところで翔は【ミリアド】を掲げて宙へ登っていく。


「絶対に避けてください」


 上空で【ミリアド】が激しく放電し、稲光いなびかりのような電撃を放っている。

 これが振り下ろされる時、必ず決着が着く。

 そう思わせる様な圧倒的な存在感だ。


「はあああ──」


『そこまで!』


「!」


 【ミリアド】を振り下ろそうとした瞬間、審判員の拡声器で拡大された必死な声が響き渡る。

 翔はギリギリ振り下ろす手を制止させた。


『模擬戦は終了! 各自手を収めよ』


 翔の姿に息を呑み、すっかり静まり返っていた観客席がざわざわし始める。


「おい、この状況でストップ……」

「そうだよ、どう考えてもそうだよ」

「ってことは……」


『対抗戦最終試合、一年AクラスAチームの勝利!』


「「「わあああああ!!」」」


 審判員のコールで観客席は一気に盛り上がりを吹き返した。

  

「えっ、まじ?」


 これで終わりにする、そう意気込んで宙にまで上ったのになんとなく拍子抜けとなってしまう翔。

 だが裏を返せば、「これを放てば死傷者が出る可能性がある」、そう考えての審判員の判断ということだ。


 つまり、この戦いで放ったどんな技よりも強力さを感じられた証拠だ。


「かーくん!」

「翔!」

天野あまのくん!」

「天野ぉ!」


 【ミリアド】を鞘に収め、徐々に降りてくる翔を迎えるのは四人のメンバー。

 所々の重要な場面で絆を見せたこの五人だからこそ、学校トップに勝利したと言えるだろう。


「負けたのか、私達は」


「ごめん、私が乗せられちゃったせいだ」


 翔が決めにかかった原因を作ってしまったのは妖花の『魔法』、責任を感じるのも無理はないだろう。


「ふっ、そんなことはない。責任があるとすれば私だ。それに」


 麗は翔たちの方を向く。


「頼もしい仲間が出来たと思えば、これも良い事だろう」


「麗……」


 麗は負けた悔しさと清々しさ、両方が混じったような表情を見せる。


 そう、これはあくまで東西対抗戦の前座。

 本来ならばここまで盛り上がる祭典でもないのだ。

 それが今回は脅威の一年生によっていつしか祭りのようなものになっていた。


(だが、最後のあれは……)


 麗は翔を遠くからじっと見る。

 翔の中に眠る、その一端が見えたような気がしていた。


つばさ


「……なんだよ」


 凪風の元に大空が寄る。


「負けたわ」


「僕はそう思ってない。これは天野くんが強かっただけだ。次は、勝つ。にもね」


「翼……! ええ」


 姉さん、大空は久し振りに聞いたその呼び方に嬉しさを感じる。


 凪風は顔を隠すように下に向けた。

 だが、それを放っておく思春期はいない。


「凪風くん? どうしたのかな?」

「顔、赤いよ?」


 甘い雰囲気は見逃さない、現役女子高生の二人。


「! な、なんだよ! 疲れただけだ! もういいだろ!」


 華歩と夢里からふいっと顔を逸らしたと思えば、視線の斜めの上の豪月ごうつきと目が合う。


「どうした翼、珍しく取り乱しているじゃないか」


「おい豪月、言ってやるなって」


「おい! そこの二人も!」


 緊張感が一気に解けた反動で歓談をする五人。

 この変わらぬ関係が強さたる所以なのだろう。







「んだよ、煮え切らねえなあ。審判どもはビビリか?」


 立見席。周りの歓声に一切関係なく、愚痴をこぼすすめらぎ聖斗あきと


「まあ、あれではさすがに清流せいりゅう麗たちでも無事では済まなかっただろうからね、正しい判断なのかもな」


「はあ、つまんねーの。おい、帰るぞ友人A」


「ああ」


 皇の後ろを付いて行く友人A。

 その目は皇を観察するような目だ。


(あれを本当にが受けられるかどうか……)


 


 翔が最後に見せた【ミリアド】の形態。

 削ったとはいえ、妖花の『魔法』の威力も相まって、それは審判員が強制的に終了させるほどの存在感を見せた。


 実際に放たれてはいないために威力は確かめようが無いが、間違いなく無事では済まなかっただろう。

 あれだけの活躍を見せた【ミリアド】は、未だ可能性を残したまま対抗戦を終了することとなった。

 

 これにて上級生との対抗戦は終了。

 東西対抗戦に続く──。

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