第44話 呪いの刻印

 “清流せいりゅう れい”。そう書かれた病室の扉をノックし、返事を待ってから開く。


 今日・明日は安静にと言われているが、しばらく横になっていたので麗さんの元へ行く許可をもらった。離れた場所でも校内転移装置ポータルがあると便利だ。


「麗さん、具合はどうですか?」


かけるか。わざわざ来てくれたのだな。私はこの通りなんともない。君こそ、格好つけていた割にはかなり苦しそうだったぞ。もう大丈夫なのか?」


 うぐっ。麗さんにもバレていたか。全然格好良くないじゃん、おれ。


「大丈夫ですよ。ヒーリ先生に治療をしてもらいましたから。といっても、回復効果のあるダンジョン産の液体をぶっかけられただけですけどね」


「そんなことはないぞ。ヒーリ先生はあれでもってその道のトッププロだ。配合や量まで全て完璧のはずだぞ」


「そうですかー? 結構雑に見えましたよ」


 互いにあはは、と笑って歓談をする。華歩の言っていた通り、なんともなさそうに


「それで、ただ見舞いに来たってわけではないのだろう?」


「……顔に出てましたか?」


「ああ、バレバレだ。私も君にはいっぱい聞きたいことがあるしな」


 こうゆう時、女の人はやっぱり鋭い。


「フィ」


 おれはフィを呼ぶ。


「本当に、良いのね」


 フィはいつもの感じではなく、少し落ち着いた、おれに問い掛ける様な態度で姿を現す。


「真実は伝えた方が良いと思う」


「私の事だな」


 おれとフィが会話しているのを聞いて、賢い麗さんが勘づいたみたいだ。


「はい。少し、酷かもしれません。それでも聞かれますか?」


「……頼む」


 



 おれとフィは、フィが麗さんの傷口を見て言った言葉“呪いの刻印”について説明をした。


 “呪いの刻印”。それは簡単に言えば弱体化デバフ。それもかなり強力で、体に残り続ける型のもの。


 症状は、“魔物の攻撃を受ける度に力が急速に弱まっていく”、というもの。フィはこの現代では、“<ステータス>の値が減っていく”だろうと言う。

 また、放置していても同様に力が弱まっていくため、早急に治す必要がある。


 主に黒い炎をまとった皮膚を持つ、第60層以降の大型魔物がまれに持つ“呪い”であり、爪や燃える皮膚などから攻撃を喰らった際にもらってしまうもの、らしい。

 まさにおれたちが出会った化け物のような魔物だ。


 おれも異世界で何度か喰らってはいたが、シンファの回復でそれも含めた全ての弱体化デバフを瞬時に治していてもらっていたようだ。


 さらに、この呪いの厄介な点は


 フィのように特殊な感知能力を持っているか、シンファのような専門的かつ高等な知識を持っていないと気付けない、とフィは言う。


 フィは「よく傷口が塞がったわね」と言っていたが、その点はさすがこの学校と言えるだろう。


 しかし、フィが再度麗さんを確認をしたところ、予想通り治療はあくまでも表面上だけを覆ったに過ぎなかった。内側からむしばまれるのを防げてはいないのだ。


 第60層クラスの化け物による呪いだ。この現代ではまだ辿り着いていない領域であり、いくら最先端技術をもってしても気付けないのは仕方がない。


「……そう、か」


 麗さんは今までおれたちの方を向いていた顔を下に向けてしまった。


「麗さん、すみませんでした!」

「ごめんないさい」


 おれとフィは頭を下げて謝る。おれたち二人が巻き込んでしまったことで、麗さんを傷付ける結果になってしまったからだ。


「何を言っているんだ、翔、フィ」


 ふう、と一つ息をついて麗さんがおれたちの頭をでる。


「倒れていた彼女は、お前たちの仲間なのだろう? 守れて良かったじゃないか」


「で、ですが!」


 おれは顔を上げることは出来ない。


「それにな」


 優しく、包み込むような麗さんの声が頭の上から響く。


「翔、お前が治してくれるのだろう?」


「!」


「君たちほどの者が、わざわざ私のところに解決策も無しに来るとは思えない」


 おれは自然と顔を上げる。


「違ったか?」


 おれは真っ直ぐに、その優しい麗さんを目を強く見つめる。


「その通りです」


「教えてもらえるか?」


「はい。“水精霊王の結晶”というドロップアイテムです。東京ダンジョン第20層のボス、【水精霊王・ウンディーネ】から得られるアイテムで治せるはずです」


「はずです!」


 小さな羽をぱたぱたさせながらフィもおれに続いて麗さんに伝える。


「【水精霊王・ウンディーネ】? そんなボスは……。いや、わかった」


 うまく聞き取れなかったが、麗さんは何かを呟いた後に再びおれの顔を見る。


「……翔、私がこんな事を言うのは情けないかもしれない」


 彼女に似つかわしくなく、震えている麗さんの手がおれのすそを掴む。


「助けてほしい」


 それは見た事もない表情だった。出会ってから日が浅いとは言え、眺めていた彼女の背中はいつも大きく、おれはそんな彼女を見上げるばかりだった。


 でも、彼女も一人の人間であり、ただの高校生なんだ。いくら強いとは言っても、これまで積み上げてきたものがなくなるのを恐れない人なんていない。


「麗さん、約束します。僕が必ず助けます。少しだけ待っていてください」


「……ありがとう」


 麗さんの目から一筋の雫がこぼれる。


「これが終わったら、君達のことも聞かせてもらえるか?」


 これは、おれが異世界転移をした元勇者だということだろう。


「もちろんです」


 フィと共に一礼をして、病室を出る。


「! 聞こえていたか?」


 病室を出た先、廊下で待っていたのは華歩かほ夢里ゆりだ。


「ううん、そんなには。けど、一応他の人に聞かれるのも良くないと思って」


 二人は人払いをしてくれていたみたいだ。


かける、麗さんやっぱり……」


「大丈夫だ。安静にしている限りはひどくもならない。ただ、出来る限りは急ぎたい。何があるかは分からないから」


「カケルの言う通りだわ。とにかく放っておいて良い事はないの。今すぐに取り掛かるべきよ」


 夢里はおれを腕をぐっと掴んだ。


「私もいかせて! 私の責任なの! 私が化け物の手に反応出来なかったから、麗さんがかばって……それで」


 夢里は涙ぐむ。自身に責任を感じているみたいだ。


「わたしもいくよ、かーくん。たとえどんな危険な場所でも。わたしたちを守ってくれた麗さんを放っておくことなんて出来ない」


 華歩も付いて来てくれるみたいだ。二人が居れば心強い。


「ありがとう、二人とも。それならお言葉に甘えさせてもらよ。じゃあまずは話からだな。それと……」


 シンファの所も行っておかなければ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る