にいさま、怖い話をしましょう⑤
「――その後、男の姿を見た者はいないそうです」
妹は静かに語り終えた。
流暢で臨場感のある語り口は、何度聞いても引き込まれるものがある。
しかし、いまの話に僕は気になる点を発見した。
「でも、それだとおかしいじゃないか」
「おかしい? どこがですか?」
「だって、その話を体験した奴が山の奥で失踪したっていうオチなんだろう? じゃあ、その話はいったいどこの誰から聞いたんだってことになる」
体験談の形式を採っておきながら、当の体験者が話の最後で死んでしまう。
安っぽい怪談にはありがちな欠陥だ。
相手の落ち度を指摘して、僕はすっかり妹に勝った気分でいた――のだが、
「はい。ですから――その山の中で見た少女というのが、私なんですよ」
「……えっ?」
妹はにこやかに微笑んでみせた。
その笑顔に僕はぞくりと背筋がうすら寒くなる。
失踪した男。
山の中の少女。
まるでその場で見てきたかのような、リアルな語り口。
そして、目の前にいる語り手の正体。
『――……ねえ』
つまり。
それはつまり――……。
「――ね、怖かったですか?」
「へ?」
見ると、妹はやけに嬉しそうに僕の反応を窺っている。
……ああ、そういうことか。
してやられた。
要するにこの話は、語り終えてから語り手が正体を明かすまでの部分込みで一つの怪談になっているのだ。
僕はその仕掛けにまんまと引っかかってしまったというわけだ。
「……そうだな、いまのはちょっと怖かったかな」
僕がそう言うと、妹は「でしょう?」と満面の笑みで応えた。
「でもにいさまもなかなかチョロいですね」
「チョロいとかいうな」
「だって、いくらなんでも怖がり過ぎですよ。妹相手なのに」
「それはまあ……」
妹相手だからこそなのだが、という喉元まで出かかった言葉を僕はぐっと飲み込む。
「さあさあ、にいさまも」
「うーん……。怖い話、ね……」
僕があからさまに渋って見せると、妹は意外そうな顔をして首を傾げた。
長くきれいな黒髪が、首の動きに合わせてぱさりと揺れた。
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