第111話 心の靄【ミカの視点】
【第106話〜第110話のミカの視点】
ダンジョンでの蒼炎の魔法へのストレスを与える行為が終わった。明日には2回目の蒼炎の魔法ダンジョン外実験が実施される。
不安で胸が張り裂けそうだ。だけどアキくんにそれを言うわけにはいかない。私はアキくんについていくだけ。
全てを無に帰す蒼炎の魔法。戦略級の威力を宿している。それがアキくんの破滅に繋がらない事を祈るしかない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
遂に蒼炎の魔法の第二回ダンジョン外使用の実験が始まる。
前に実験を行った広場に戻ってきた。
前回の蒼炎の魔法の痕跡が残っている。蒼炎の魔法を撃った跡の半円球の窪みがある。それが戦場の光景により似せていた。
どうしても戦場を思い出させる場所だ。
アキくんが声をかけてくれる。
「ミカ、大丈夫だよ。心配しないでも」
私は戦場を思い出していた。それに蒼炎の魔法について不安がある。
私はアキくんを見つめる。
アキくんも私を見つめて、少し強めの口調で話す。
「大丈夫って言ってるだろ? 何も心配いらないから」
やはり我慢できない。この不安が現実になるのが怖い。
「でも…」
「でもも何もないんだ。前にも言ったけど蒼炎は僕とミカを守ってくれる魔法だ。蒼炎の事は信じられなくても、僕の言う事は信じて欲しい」
アキくんの言葉からは明確な拒否の意志を感じる。
私は諦めて俯いた。
ヴィア主任の声が聞こえる。
「実験の準備が出来たぞ。アキくんの準備も大丈夫か」
「問題ありません」
アキくんははっきりと答えていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アキくんが蒼炎の魔法の呪文の詠唱を始めた。
【焔の真理、全てを燃やし尽くす業火、蒼炎!】
蒼炎は的に当たる。
「喜びの感情と快楽の感情が伝わりました!」
アキくんが大声で報告をしている。私はハラハラしながら見ていた。
蒼炎は的に当たると、前回より大きい半径10メトルくらいで拡大を止める。
「蒼炎は今、とても楽しんでいます!」
嬉しそうなアキくんの声が響く。
「今のところは楽しみの感情が持続しています。怒りの感情はありません」
アキくんは楽しそうだ。
その時、隷属紋からアキくんの感情が流れてくる。
アキくんはなんて楽しそうなんだ……。私の事なんか忘れてはしゃいでいる。
え!? 何?
アキくん以外の感情が感じられる。もしかしてこれは蒼炎の魔法の感情!?
……間違いない。これは蒼炎の魔法の感情だ。
アキくんの気持ちに応えて回転を早める蒼炎の魔法。
アキくんと蒼炎の魔法は一緒に遊んでいる。
本当にアキくんと蒼炎の魔法は意思疎通しているんだ……。
アキくんを通して蒼炎の魔法の感情が伝わる。
あぁ、これはアキくんを害する魔法ではない。理屈ではなく心で理解した。
私の目からは涙が溢れていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
涙を流している私を見てアキくんが慌てて駆けつけてきた。
「どうしたミカ!何かあったか!」
私は首を横に振る。
今まで蒼炎の魔法に抱いていた危惧が無くなった安堵の気持ちと、奴隷としてアキくんの言う事を信じられなかった情けない気持ち。最近のアキくんとの関係。私の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
「ごめんなさい。アキくん。私が本当に馬鹿だった。アキくんの言っていた事は本当なのね。私も今分かったわ」
呆然としているアキくんに、私は隷属紋を通して、アキくんと蒼炎の感情が伝わった事を話した。
話を聞いていたヴィア主任が私はに詰め寄る。
「ミカくん! それは本当か! 本当に隷属紋を通して蒼炎の感情を感じたのか!」
私は頷き、口を開く。
「本当です。確かにあれは蒼炎の感情です。証明しろと言われたら困りますけど、私は確信しています」
思考を纏めている様子のヴィア主任。
少し経って話し出す。
「確かに隷属紋には、相性の良い奴隷や忠誠心が高まった奴隷には、主人の感情が伝わると言われている。実際、そういう事例が報告されている。ただ隷属の魔法は古代からの魔法で4属性に当て嵌まらなくてな。解明されていない部分が殆どなんだよ」
相性の良い奴隷や忠誠心の高まった奴隷は主人の感情が伝わるのかぁ。
何か嬉しいなぁ。
ヴィア主任とアキくんは話を続けていたが、私は先程の話が嬉しくてあまり聞いていなかった。
唐突にヴィア主任が私をみて話しかけてきた。
「ミカくん、確かに奴隷紋を通じて、アキくんと蒼炎の感情が伝わったのだな。君はその事は確信しているんだな」
「確かに間違いないです。私は確信してます」
私は感じた事を素直に話した。
私の言葉を受けて、ヴィア主任はアキくんを見て、それが当たり前のような口調で話す。
「アキくん、私を君の奴隷にしてくれ」
場の空気が固まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
一瞬、誰もがヴィア主任の言葉を理解できなかった。ヴィア主任がもう一度口を開く。
「なんだ聞こえなかったか? 私を君の奴隷にしてくれと頼んでいるんだよ」
アキくんがヴィア主任の提案を断っている。しかしヴィア主任も引かない。
話の流れがヴィア主任が奴隷になる事になりそうになってきた。
私は居ても立っても居られなくなり叫んだ。
「駄目です! そんなの絶対駄目です! そんな理由でアキくんの奴隷にならないでください!」
ヴィア主任が口を閉じる。
無言の空気が流れた。
少し経ちヴィア主任が「うむ」と言ってから話し始めた。
「なるほど、確かにこれは私が悪かったようだ。私が奴隷になる案は撤回させてもらう。できれば許して欲しい」
アキくんが焦りながら返答する。
「ヴィア主任が奴隷にならないでくれるならそれで良いですよ。謝る必要は無いし、怒ってもいないです」
ヴィア主任は心痛な顔で口を開いた。
「アキくん。君からそう言ってもらえると助かるよ。だけど私は軽く考え過ぎてた。それにミカくんの想いを踏み
私に頭を下げるヴィア主任。私は慌てながらヴィア主任にお願いする。
「私こそすいません。いきなり大きな声をあげてしまって。頭を上げてください。もう大丈夫ですから」
ヴィア主任は頭を上げ、私に「ありがとう」と言って微笑んだ。
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その後、実験の細かい話をヴィア主任とアキくんが始める。
話が終わったところで私はアキくんに近寄った。
「なんかバタバタしてしまったけど、改めてアキくんの言葉を信じ切れなかった事を謝りたいの。すいませんでした」
私は申し訳なくて頭を下げる。
頭の上からアキくんの声がした。
「ミカが分かってくれて僕は嬉しいよ。それだけで僕は充分だから。気にしないでいてね」
私はアキくんの顔色をうかがった。アキくんは笑顔を見せてくれる。
「もうそろそろ実験の開始だね。次の蒼炎はどんな感情かな?」
アキくんはわたしに背中を向けて歩いていった。
やっぱり、アキくんとの距離感は変わっていない。心が寂しくなる。
きっと時間だけが解決してくれるはず。その希望に縋りたい自分がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
実験が終わり、アキくんと学校の食堂で夕食を食べ帰宅する。
アキくんは入浴し、リビングで雑誌を読んでいる。私も入浴してからアキくんの向かいのソファに座り雑誌を読み始めた。
会話は無い。でも前よりは空気は重くなかった。
アキくんは「おやすみなさい」と言って自室に向かった。
私は何となく取り残された感じを受ける。一つ溜め息をついて雑誌を横に置いた。何とかアキくんと元の関係に戻りたい。でもどうすれば良いか全くわからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋に寝に行ったアキくんがリビングに戻ってきた。
私は自然に笑顔になる。でも感情は上がっていない。
アキくんが急に私に謝り出す。
何か凄い勢いだ。その勢いに呑まれてしまう。
「ごめんよミカ! まずは僕の話を聞いてくれるかな?」
アキくんは自分の最近の感情を赤裸々に語り出す。
そして最後に私の事は奴隷や従者で無く、冒険者のパートナーと思っていると言ってくれた。
アキくんは真剣な目で見つめてくる。そして私に問う。
「僕は冒険者でいろいろ楽しいことをしたいんだよ。そしてミカは僕に必要な人だ。これからも冒険者のパートナーとして一緒に楽しんでくれないか?」
そしてアキくんは右手を私の前に差し出す。これは2度目の冒険への誘いだ。
左腕の上腕部の隷属紋からアキくんの熱い感情が怒涛の如く流れてくる。
「腕の隷属紋から熱い感情が流れてきてる。私の好きな感情よ。これだからアキくんの奴隷はやめられないわ。いや奴隷は形だけね。従者も特に気にしない。いつの間にか、私は奴隷と従者という立場に引きずられていたのかもしれない。卑屈で臆病になってたみたい。私はアキくんの冒険者のパートナー。是非一緒に冒険を楽しみたいわ」
私はそう言ってアキくんの右手を握り締める。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからアキくんと私は今までの溝を埋めるように話し合う。冒険者としてやりたい事や行きたい場所、好きな事や嫌いな事、これからの鍛錬方針なんかも話した。
気が付いたら夜が明けていた。そして私の心の
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