第103話 深夜の賊

 家に入りミカと話し合う。

 出頭要請を冒険者ギルド本部から言われて取り下げたギルド長のビングス・エアード。

 たぶん僕たちの家に襲撃をかけてくる可能性は上がっている。

 明日には冒険者ギルド本部から冒険者ギルドセンタール支部に強制立ち入り検査が入る。立ち入り検査後、ビングス・エアードが拘束されるようならば襲撃の可能性が一番高いのは今日になりそうだ。


 宿に泊まる事も考えてミカに話したが、ミカは「襲撃が来るなら早く来て欲しい」と言った。早く安全になったほうが良いと言って自宅で寝る事になった。

 ミカは庭に出て充分に刀が振れるスペースがあれば、10人くらいの賊なら問題無いと言っていたが僕は20人でもいけると思った。


 ミカは今夜が一番危ないから朝まで警戒して起きていると言った。装備もフル装備だ。

 明日の学校で寝るから気にしないようにとミカは言ったが、僕も今日一日はフル装備で仮眠で過ごす事にした。いつでも庭に飛び出せる僕の部屋に2人で過ごす予定だ。


 家の中が明るいと襲撃をやめる可能性がある為、魔道具の光を全部消した。暗闇に目を慣らす効果もある。

 僕は仮眠のため横に成らず壁に寄りかかって座った。

 4月末だが夜は冷える。毛布に包まり目をつぶった。ミカは1メトルくらい離れたところで僕と同じように壁に寄りかかって座り、毛布に包まっていた。


 うとうとしていると、ミカがいた辺りからミカが動いている気配がする。ミカが僕のすぐ横に座る気配がした。

 僕が使っていた毛布に入ってくる。僕はまだ夢うつつだった。

 横からミカの匂いが香ってきた。心が安らぐ。とても気持ちが良い。


 そんな気持ちでいるとすすり泣く音が聞こえてきた。

 ミカが泣いてる?

 僕の意識が急速に高まる。

 でも何かミカに声をかけるのを躊躇してしまう自分がいた。

 横ではミカがすすり泣きながら微かな声を出した。


「アキくん、ごめんね。本当にごめんね」


 その言葉を聞きながら僕の腕はミカを抱き締めることはなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そのあと僕はまたウトウトしていた。意識が覚醒したのは夜の深い時間だった。

 横にはもうミカはいなかった。窓際を見るとミカがカーテン越しに外を伺っていた。

 庭には光の魔道具を付けている。薄暗い光を発するタイプだ。その薄暗い光がカーテンの隙間からミカの顔を映し出す。

 真剣な表情をしている。

 僕は無言でミカの近くに寄った。ミカが小声で話しかけてきた。


「庭の反対側の方に数人の気配がするの。見てきたほうが良いかな?」


 僕の頭はまだしっかり起きてないようだ。ミカの言葉の意味を理解して完全に目が覚めた。


「人数が分かれば良いんだけど。それに何人か捕縛できれば良いけどね」


 ミカが囁くように声を出す。


「私がここから庭に出て不審者に突っ込んでいくわ。足を一本切り落とせば良いでしょ。それで逃げられなくなるわ。アキくんは周りを警戒しながら庭に出てくれる。なるべく死角がない様にして私に少しずつ近づいてくれれば良いかな」


 足を一本切り落とすって……。

 無言でいる僕にミカが問いかける。


「どうしたの?アキくん?」


「いや、簡単に足を切り落とすって言ってたから」


 そこでミカは気が付いて話す。


「そっか、アキくんは人を切ったことないもんね。モンスターばかり倒してきたからね。私は戦争経験者だから。たぶん、私が突っ込んで行ったら、向かってくる人と逃げる人、呆然と立ち尽くす人の3種類に分かれるわ。向かってくる人、呆然と立ち尽くす人、逃げる人の優先順位で無力化してみる。その後、アキくんは足を切られた人にポーションで治療してあげて。私は表に行って見張りか指示役がいないか確認するから」


 ミカがドンドン指示を出してくれる。なんて安心感だ。

 僕は頷いた。

 ミカが僕を見て噛み含めるように話す。


「アキくんの剣術レベルなら普通の人では敵わないはず。だけど約束して。危なくなるようなら蒼炎の魔法を使うことを躊躇しないでね」


 僕はこの市街地で蒼炎の魔法を使う気は全くないがミカを安心させるために頷いた。


「それでは私が庭に出たら、アキくんは周囲を警戒しながら移動ね。それじゃ行くわよ」


 そう言ってミカは右手に【昇龍の剣】と左手に【昇龍の盾】を持つ。

 僕も同じ装備だ。

 ミカは一つ頷くと庭に出て行った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ミカに続いて庭に出ると反対側の庭の方に6〜8人の人影が見えた。黒いマスクに黒い装備だ。ミカは既にその集団に静かに、しかし素早く突っ込んでいっている。


 僕は念のため不審者がいる反対側の方から正面に人影が無いか確認する。大丈夫だ。


 ミカの方を確認したら既に戦闘が始まっている。

 ミカは凄まじい勢いで足を切り落としていく。


 黒いマスクの集団から悲鳴や絶叫が上げる。寝静まった街に絶叫が響く。僕はゆっくりと周囲を警戒しながら戦闘場所に近づく。

 辺り一面血だらけだ。

 血は赤いはずだが暗い光のせいで真っ黒に見える。

 片足で地面に転がっているのは6名の黒装束の人達だった。

 苦しんでいたり、気絶したりしている。

 ミカは返り血を多量に浴びていた。ミカが声を上げる。


「正面の門を見てくるわ。アキくんは周囲を警戒しながら治療してあげて!」


 そう言うとミカは正面門に走り出して行った。

 僕は辺り一面の血の海の芝を眺めて、呆然としてしまった。

 黒装束の人達のうめき声で我に返り、ポーションで近い人から治療をしていった。ぼんやりとこのポーション代は僕たちの持ち出しかなって場違いな事を考えていた。

 治療中にミカが戻ってきた。そして僕に言う。


「門を出ると北に逃げていく2人組がいたわ。追いかけたんだけど、その1人がウインドカッターの魔法を撃ってきてビックリしちゃった。それで距離を離されてしまったの。最後まで追いかけても良いんだけど、こちらが心配だから戻ってきたわ」


 僕は治療が終わりミカの顔を見た。ミカの頬は返り血が飛び散っていた。

 ミカは僕にその顔を向けて言った。


「センタールの警備は第三騎士団だっけ? 良くわからないわ。アキくん1人置いて呼びに行けないし」


 先程、街に響いた絶叫で隣りの家の人が起きたようだ。照明がついた。

 それに気が付いたミカは僕に言った。


「アキくんはこのロープで賊を縛り上げといて。私は隣りの家の人に頼んで騎士団に報告してきてもらうから」


 ミカはすぐに明かりが付いた隣家に向かって行った。

 僕はミカの指示通り、賊をロープで縛っていく。

 その時、隣家から悲鳴が上がった。僕は「あっ!」っと思った。

 血だらけのミカを見ればビックリするよな。


 6人を縛り上げるとミカが戻ってきた。

 ミカは「悲鳴をあげられちゃった」と可愛く言った。

 僕はその血だらけの顔と、お茶目な笑顔のギャップの映像は、きっと一生忘れないと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る