第78話 緑風の乙女
自宅の扉を開けるとユリさんが「合格おめでとうございます!」と出迎えてくれた。やっぱり皆んなにおめでとうと言われると嬉しいね。
リビングに行くと見慣れないものがテーブルにあった。
ユリさんが僕を見て微笑んだ。
「アキ様の合格お祝いを今から始めます。こちらがケーキになります。皆んなで食べましょう!」
ユリさんは僕たちの少し後に合格発表を見に行ったみたい。僕の合格を確認した後に王都で有数のお店であるお菓子屋さんに予約していたケーキを取りに行ったようだ。
ケーキと言うのは最近王都で売り出されるようになったお菓子で、買えるのはユリさんが取りにいったお店しかない。はっきり言って超高級品である。僕はまだケーキを食べたことがない。
僕はユリさんに聞いてみた。
「このケーキ、とても嬉しいけど高かったんじゃない?」
「今日はアキ様のために奮発しちゃいました。でもお支払いのほうは私は気持ち程度でほとんどがミカさんが出してくれたんですよ」
僕はミカを見た。優しい笑顔だ。
「2人ともありがとう。こんなプレゼントは生まれて初めてだよ」
僕は涙ぐんでしまった。
ミカはケーキが置いてある目の前の席に僕を座らせた。ケーキは真っ白で上に真っ赤なイチゴが乗っていた。
ミカとユリさんも席に座り、僕の合格祝いが始まる。
ケーキを口に運ぶ。身体に衝撃が走った。こんな美味しいお菓子がこの世に存在するのか! 僕は夢中でケーキを食べる。
初めて食べるケーキはとても柔らかくて甘かった。まさに至極の逸品だ。
ミカとユリさんも夢中で食べている。
最高の合格のお祝いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜に落ち着いたところでミカと話をした。
「学校での話の続きだけど、僕がシズカを避けたいと思っているのは弟のガンギと分家のカイ・ファイアージがいるからだよ。どちらもシズカに惚れている。婚約者は弟のガンギだけど、あのシズカの性格だと婚約破棄もあるしね。カイはイケすかない奴だけど魔法の才能はあるから。カイは現在、王都魔法学校の2回生だ。一応先輩にだし。シズカと仲良くしてガンギとカイに恨まれたら相当に面倒だよ。まだシズカをあしらって距離を置くようにしたほうが楽だね」
ミカが納得したようで、僕に言葉を返す。
「アキくんの言う事は理解したわ。だけどあのシズカさんの好奇心をアキくんが甘くみている感じが私はするわ。」
「ミカのご忠告は理解したよ。まぁ上手くやるよ」
そう言って僕は自室に寝に行った。
その夜、僕はベットの中でケーキを作るお店を買い取ろうかと真剣に悩んでしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
3月25日、僕がリビングでミカに【白狼伝説】について熱く話していると王国魔法管理部の職員が訪ねてきた。
立派なスーツを着ている40歳くらいの男性で髪色は青色だ。とても低姿勢な態度で手土産にケーキを持参している。
リビングに通してユリさんがお茶を入れたところで先程手土産のケーキを出してくれた。
僕の視線はテーブルのケーキにロックオン! だ。
ケーキに集中している間に男性の自己紹介を聞き逃してしまう。まぁ覚える必要はないだろ。
僕の中でこの男性はケーキさんとする事に決めた。
ケーキ(?)さんが話をしている。集中せねば。
「それでですね。アキ様には王国内では許可の無い限りダンジョン外での蒼炎の魔法の使用を控えてもらえると王国としましては嬉しいのですが」
話の内容は僕のダンジョン外での蒼炎の魔法についてだ。
とても低姿勢でケーキ(?)さんが話を続ける。
「Bランク冒険者であるアキ様に攻撃手段である魔法の使用に対して制限を設けるお願いは失礼であるとは思っておりますが、王国の国民のためにそこはご了承していただけないでしょうか?」
まぁ入学試験の時の蒼炎を、僕もダンジョンの外で撃ちたいとは考えていない。
僕の返事を待っているケーキ(?)さんに言葉をかける。
「了解しました。僕はもともと蒼炎の魔法をダンジョンの外で発動させるつもりが無いですから」
不安気だったケーキ(?)さんの顔が喜びの顔に変わる。
「アキ様! 本当にありがとうございます。何か問題が生じたり、ご不満があった時には、この王国魔法管理部部長のケーキ・ウォーターズまでお伝えください。微力ながらご尽力させていただきます」
なんとこの人の名前はまさかのケーキさんだったのか! それに部長さんだって。魔法エリートじゃないですか。そういえば綺麗な青髪だもんな。
「それとですね。実はこの度、王都魔法学校に入学が決まりまして、そこの授業で研究所のヴィア主任と新たな蒼炎の魔法を開発する予定なんです」
ケーキさんはびっくりした顔になり言葉を発した。
「なんと新しい呪文の開発ですか! それに王国にこの人ありと言われる【緑風の乙女】のヴィア・ウォレット様とですか! それは凄い!」
何か聞き逃してはならない言葉が出てきたぞ。
早速聞いてみよう。
「【緑風の乙女】?」
「ヴィア・ウォレット様は魔力の質が高く、魔力を強く込めて魔法を発動すると緑色の風の魔法になるのです。その幻想的な美しい魔法から緑風と呼ばれております」
「緑風はわかったけど乙女って?」
「ヴィア・ウォレット様はエルフです。私が学生の時からあの芸術品のような美貌はまったく変化がございません。まさに永遠の乙女でございます」
あのボサボサの頭でよれよれの白衣姿で【緑風の乙女】だって。乙女はなんともちぐはぐな印象だな。今度ヴィア主任を揶揄ってみよう。
外見は20代半ばくらいに見えるけどヴィアさんは何歳なんだろう? エルフは長命な種族だからなぁ。
あ、話を戻そう。
「それでもし蒼炎の新しい魔法ができて威力が弱くできるようなら魔法管理部に確認してもらって使用可能か確認をお願いしたいと思っています。まぁ本当に新しい魔法が開発できたらですけど」
「【緑風の乙女】様と【蒼炎の魔術師】様が2人で魔法開発するなんて大ニュースですよ! 問題無く開発できると思います。頑張ってください」
何か変なプレッシャーをかけられたような気がする。
ケーキさんは椅子に座り直し話し始めた。
「それとこれは外交部からアキ様に打診するように頼まれたのですが、このリンカイ王国国王陛下であるソーシ・リンカイ陛下がアキ様との謁見と会食を望んでおります」
国王? 謁見? なんじゃそれ?
「どうして私が国王陛下と謁見と会食をするんですか?」
「外交部からの話ではBランク冒険者であるアキ様の話を聞きたいと陛下のたっての希望がごさいまして、できればお願いしたいのですが」
国王陛下に謁見して会食なんて気が重いよね。
断る方向でいこう。
「私はファイアール公爵家の息子ですが、しっかりとした貴族の教育を受けておりません。国王陛下に失礼がありましたら困りますので出来ればお断りしたいのですが?」
ケーキさんが必死の形相で口を開く。
「そこを何とか。陛下は気さくなお人柄で作法などは気にしません。あ、王宮料理人が作る料理も絶品です。一度は食して欲しいと思います。この目の前にあるケーキも王宮料理人が作ったものです。是非食べてみてください」
何!? 凄腕の料理人である王宮料理人が作ったケーキだと!
僕は白いヴェールを纏ったケーキを一口食べてみた。
なんだこれは!? この間食べたケーキも美味しかったがこれは別格だ! 天国が見える……。
僕が惚けていると、ここはチャンスとばかりにケーキさんが畳みかける。
「実は、ケーキは王宮料理人が開発したお菓子なのです。今、王宮料理人達は陛下とアキ様との謁見後の会食のために新作のケーキを開発しております。是非、アキ様にはその新作のケーキを食べていただきたいと思う次第なのですが」
「わかりました。国王陛下との謁見の件、進めてもらって結構です」
「ありがとうございます。後日、外交部より正式な招待状が送られてくると思います。これで陛下も外交部も喜ぶと思います」
ケーキさんが帰ったあとにミカが呆れた顔で僕に話しかけてきた。
「アキくんもケーキに釣られて国王陛下との謁見を了承するなんて単純ね」
何と言われても良いのだ。ケーキとはこの世に生まれた至宝のお菓子なのだから。
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