第36話 ファイアール公爵家との会合

 予定時間ギリギリにファイアール公爵家側の人間が4人入ってきた。


 僕の父でありファイアール公爵家宗主のシンギ・ファイアール。細身の身体で神経質な印象を受ける顔。

 2人目は13歳の弟のガンギ・ファイアールだ。勝気な性格をしている。今日はイラついているようだ。

 先日使者を務めたベルク・ファイアードとシズカ・ファイアードの親子もいる。どちらも俯いていた。


 ギルド長のインデルが席を勧めファイアール公爵家側は僕とミカの正面に座った。


 父親の顔を見てもなんの感慨もわかない。15年間一緒の敷地に住んでいただけの存在。僕は本館で無く1人で離れに住んでいたから話した回数は両手で足りるのではないだろうか?


 立ち会い人としてギルド長のインデルが声を上げる。


「それではよろしくお願いします。まずはファイアール公爵家からお話があるそうです」


 おもむろにシンギ・ファイアールが口を開いた。


「この度はウチの身内がBランク冒険者であるアキ・ファイアール殿に対して失礼な態度を取ったことを謝罪させていただきます。また失礼な態度を取った当家筆頭執事のベルク・ファイアードからも直接謝罪させるために連れてきました」


 そう言うとベルク・ファイアードは立ち上がり僕に無言で頭を下げた。

 今日はこないだと違って殊勝な態度だ。相当絞られたんだろう。

 シンギは僕を見据えて言った。


「この謝罪をアキ・ファイアール殿は受け入れてくれるでしょうか」


 実の息子に使う言葉使いじゃない。あくまでも冒険者ギルドのBランク冒険者に対する態度だった。

 僕は返答する。


「不幸な行き違いで生じた事ですから謝罪を受け入れます。ただしそちらのベルク氏には今後一切私の前に現れないようにご配慮お願いします」


 そう僕が言うとベルクはビクッと肩を震わせた。相当プライドが傷つけられたんだろうな。ご愁傷様です。

 僕は言葉を続ける。


「それではこれで終了でよろしいですか? 私には特にあなた方に用事はございませんので」


 シンギが落ち着いた声質で話し出す。


「ちょっと待って欲しい。アキ・ファイアール殿はウチの屋敷から家出しておる。まだ15歳だ。私は親として監督責任がある。一度ファイアール公爵家に戻って欲しい」


 僕は想定通りの要望だったためすぐに言葉を返す。


「貴方から親の監督責任なんて言葉が出るとは思いませんでした。役立たずの出来損ないとして育てられてきましたから。たとえファイアール公爵家に戻ったとしても18歳の成人になった時に私は家を出ますよ。意味が無いじゃないですか」


「今後のアキ・ファイアール殿については考えておる。ここにいるシズカ・ファイアードと婚約してもらいファイアール公爵家を継いで欲しいと思っている」


 その言葉を聞いて弟のガンギ・ファイアールが怒りの表情を見せた。

 僕は目線をシンギに向き直し言葉を発した。


「確かシズカ・ファイアード嬢はそこにいるガンギ・ファイアール殿の婚約者であると認識しておりましたが。この件についてご両人は納得されておられますか? 失礼ですがそちらのガンギ・ファイアール殿は納得されていないように感じられますが」


 我慢ができなくなったのかガンギが激昂して声を張り上げた。


「お父様! なんでこんなどうしようもない水色の髪の男がファイアール公爵家を継ぐんですか! また真紅の髪色であるシズカは僕のような高貴な髪色こそがふさわしい! 先程の言葉を撤回してください!」


 シンギがおもむろにガンギを殴りつけ怒鳴りつけた。


「お前はまだそんな事を言っているのか! 早く現実を理解しろ! アキ・ファイアール殿はBランク冒険者になって優れた力量を証明した! そんな事もわからないのか!」


 険悪な雰囲気になったが、気にせず僕は口を開く。


「誠に申し訳ございませんが、私はシズカ嬢とは結婚するつもりもありませんし、ファイアール公爵家を継ぐ意志もありません」


 シンギが僕を見つめて説得するように話した。


「アキ・ファイアール殿は分かっておられないみたいですので説明いたします。ファイアール公爵家はリンカイ王国の南の封印守護者としての任を代々受け継いでいます。ファイアール公爵家に生を受けたならその任を受け継ぐ宿命です。また南の封印は火を司るものです。すぐれた火の魔法を使う人間の血を繋いでいく義務もあります」


「ファイアール公爵家の任は分かっております。ですがそちらに真紅の髪の後継者がいるじゃないですか?」


「確かにこちらのガンギは真紅の髪色をもっております。後継者として育ててきました。ですがより優れた火の魔法を使うものがファイアール公爵本家に現れたのならそちらの血を残すのが筋です」


「僕はわざわざお家騒動を起こしたいとは思っていません。今までどおりそちらのガンギ殿を後継としていただければと思います」


「アキ殿は封印守護者としての任が分かっておりません。これは大切なものなんです!」


「確かに私はいないものと扱われてきたため封印守護者の任の重要性は理解しておりません」


 その時、ウォータール公爵家宗主の言葉を思い出した。


「封印ダンジョンの制覇……。封印守護者の悲願」


 僕はボソっと言葉を漏らす。その言葉を聞いてシンギの目が驚愕して見開いた。

 封印の守護者、封印ダンジョンの秘密か。Aランク冒険者にならないと教えてくれないってウォータール公爵家で言われたな。


 僕はゆっくりと口を開いた。


「僕はウォータール公爵家の宗主から封印ダンジョンの制覇を頼まれております。Aランク冒険者になった時にその理由を話してくれると言う事でした」


 考える様子でシンギは言葉を発した。


「ウォータール公爵家宗主のセフェム・ウォータールが封印ダンジョンの制覇を依頼する!? そこまでなのか……」


 数秒考えていたシンギが質問してきた。


「教えて欲しい。アキ殿が使う蒼炎の魔法とはそれほど凄いものなのか?」


「自分でいうのもなんですが桁違いの破壊力があります。危なくてダンジョン外では使えないですから」


 その言葉を聞いたシンギは目を閉じた。数秒ほど経ち大きく息を吐き出した。

 僕の目を見て喋り出す。


「分かった。こちらの要望は取り下げる。今のままで良い。ただ一つお願いがある。アキ殿にはAランク冒険者になって封印ダンジョンを制覇してもらいたい。その為ならファイアール公爵家が全力でサポートさせてもらう。頼みを聞いてもらえないか」


「そう言われてもすぐにはできませんし、しっかりとした約束はできません。Bランクダンジョンは危ないですから」


「時間はいくらかかろうと問題ない。私もアキ殿にかけてみる事にする。よろしく頼む」


 話が急展開過ぎて頭がついてこない。まぁ期限を区切られたわけではないから良いか。


「私は来年から王都の魔法学校に通おうと思っております。ダンジョン活動もセーブするようになりますので、その辺はご了承お願いします」


「それで問題ない。本当によろしく頼む。それなら今日の話し合いはこれで終わりだな。ファイアール公爵家は今後こちらからアキ殿に干渉する事はない。ただしアキ殿がファイアール公爵家に力を貸して欲しい時は全力でサポートさせてもらう。以上だな」


 シンギは立ち上がり、僕の前に右手を差し出した。僕はその手を握り返して握手をした。

 シンギの顔はなぜか憑き物が取れたような顔だった。

 

 ギルド長にお礼を言い冒険者ギルドを後にした。

 懸案だったファイアール公爵家との話し合いもつつが無く終わった。それは安心した。

 

 封印ダンジョンの制覇と封印守護者の悲願。

 いったい何があるのだろう。急に態度を変えた父親。

 Aランク冒険者にならないと分からないのか? 少し本腰を入れてダンジョン制覇を目指してみようかな。


 その後2日間、ミカとボムズ観光を楽しんだ。地元であっても今までお金がなかったから行った事のないところばかりだった。

 住んでいた時は気が付かなかったけど、結構良い街なんだな。


 アクロに出発する日に冒険者ギルドに挨拶に行った。残念な事にインデルさんはいなかったが、よろしく伝えてくださいと言って出てきた。


 アクロまでの10日間。ずっとミカと肌を合わせた。ボムズ遠征を越えて、ミカとの関係性が大きく変わったのを感じた。

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