第15話 アクロ支部のギルド長

 安らぎ館に帰って自室で夕ご飯まで待つ間、少し眠気がしてしまいベットでウトウトしてしまった。現実と夢の狭間がとても気持ちが良い。カチャカチャと少し音がする。またミカが鍵を開けているのか。注意するのも目を開けるのも面倒なくらい夢うつつ。近くに来ている雰囲気を感じる。


「ありがとうね」


 ミカのやさしい声が聞こえる。そして唇にやわらかい感触を感じた。えっ!あまりの事に身体が硬直してしまった。時間にして数秒。ミカが離れていく。扉が閉まる音がするまで僕は硬直したままだった。


 すっかり眠気が去ってしまった。頭の中が混乱したままでいると、ミカが夕ご飯を食べようと呼びにきた。平静を装い一階の食事処まで来たがミカの顔は恥ずかしくて見れなかった。

 食事が半分くらい済むと気持ちも落ち着いてきてミカに普通に接することができるようになった。


 明日の予定を話し合ったあと、自分の部屋で身体を拭いてベットに潜りこんだ。今晩は眠れるかなぁ。


 朝の日差しがカーテンの隙間から漏れてくる。気持ちの良い朝だ。やっぱり朝に起きるのが気持ちが良い。


 お茶を入れて飲んでいるとノックの音がする。扉を開けるとミカが準備万端の格好で待っていた。


「凄いヤル気だね」


 軽口を叩くとミカは口元に笑みを浮かべて口を開く。


「冒険者ってのが気に入ってきたのよ。昨日のウォータール公爵家の権力にもなんてこと無い。場所を変えれば良いんだもんね。本当に自由なんだなぁって!」


「冒険者ギルドランクをBにして、レベルも上げて力を付けるよ。奴隷を解放してあげてこそ本当の自由だもんね」


「いや、それは別に…」


「頑張るから待っててね」


「う、うん。無理しないでね」


「じゃ、朝ごはん食べてダンジョン行こうか」


 そう言って一階の食事処に向かった。ご飯を食べて外に出る。快晴だ。

 安らぎ館から西門を通って沼地の主人ダンジョンの道はとても気持ち良く歩いていけた。不人気ダンジョンだけあって街道から沼地の主人ダンジョンの道には誰もいない。


 今日はまずやる事がある。昨日買った魔法の威力を抑える【黒龍の杖】を使ってみる事だ。動きの遅い泥のゴーレムは恰好の相手だろう。マジックバッグから黒龍の杖を出す。黒光りして見た目はとても良い。


「どうなるのかな?」


 黒龍の杖を見ながら興味津々の顔のミカがいる。


「まぁ少しは威力が落ちればダンジョン外で蒼炎が使えるようになるからねぇ。あんまり期待はしないで試してみよう」


 数メトル歩くと左側の沼から泥のゴーレムが出てきた。道に上がってくるまで待って黒龍の杖を使って蒼炎の魔法を撃つ。


【焔の真理、全てを燃やし尽くす業火、蒼炎!】


 いつもの蒼炎は蒼い炎が飛んで行くが今回のは白色の炎が飛んで行く。泥のゴーレムの胸に当たる。水蒸気が上がり上半身が乾いた砂に変わる。ちょうどコアに当たったようで、割れたコアが転がる。下半身は泥の状態だったがコアが壊れたため崩れ落ちた。


 黒龍の杖を使って蒼炎を撃つと白炎になるようだ。泥のゴーレムは上半身が砂に乾き、下半身は泥のままだった。ゴーレムコアは割れたが原型は保っていた。


 確かに黒龍の杖は魔法の威力を抑える働きがある。蒼炎で使うと白炎になり、まだ通常のファイアボールより強いがこれくらいならダンジョン外で使っても焦土化までしないのではないだろうか?


「どうかなミカ。これなら外で蒼炎使えないかな?」


「確かに蒼炎よりは全然マシだけど、相当強い炎系の魔法ってのは変わらないわ。どうしても使用しないといけない時以外は控えたほうが良いと思うわ」


「やっぱりか…。まぁ少しは選択肢ができたって事で納得するか」


 黒龍の杖の実験は終了。マジックバッグに入れる。


「それでは頑張って泥ゴーレムを倒すぞ!!」


「おー!!F級モンスターのカーサスが来たら即倒すね!」


今日も元気に討伐して行こう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 今日は泥のゴーレムを52体倒した。出てきたら道に上がってくるまで待ち、蒼炎をどこでも良いので当てる。余波エネルギーをダンジョンが吸うのを10秒待つ。魔石を拾い背中のマジックバッグに入れる。


 1回の討伐に1分程度。次の索敵まで平均5分ほど。索敵から討伐まで6分である。1刻(2時間)で20匹、52体倒すのに2刻半(5時間)くらいである。お昼を少し過ぎたあたりでMPが切れてしまった。今日は終了だね。


 レベルは僕が2つ、ミカが3つ上がっている。


 ゆっくり歩いて冒険者ギルドに向かう。まだ未の刻だ。

 受付を通らずこないだ通された部屋に向かう。部屋の中に呼び鈴があるため鳴らす。

 少し待つと担当のナギさんが入室してきた。


 ナギさんの顔が少し強張っている。


「アキさん、お時間がありましたらすぐにギルド長と面会していただけませんか?」


「別に良いですけどどうしました?」


「それはギルド長からお話があると思います。それではギルド長室までご案内いたします」


 ナギさんの後に続く。ギルド長室は2階の1番手前の部屋だった。


 ナギさんが扉をノックする


「冒険者ランクD級のアキ様をお連れしました」


「おぅ!入ってくれ!」


 扉の向こうから野太い声が聞こえた。声のイメージから厳つい中年男性に感じる。ナギさんの後に続いて部屋に入室した。

 正面のデスクの奥にがたいの良い30過ぎの男性が座っている。目に迫力があった。


「そちらに座ってください」


 デスク前に設置されている応接セットのソファを勧められる。ミカと2人で横になって座るとナギさんが「お茶を入れてまいります」と言って出て行った。

 無言で数秒待つと対面のソファにギルド長が座る。


「冒険者ギルドアクロ支部のギルド長のワソランだ」


「アキと申します。こちらはミカです。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げた。


「おいおいやめてくれよ。堅苦しいのは苦手なんだ。冒険者には珍しく礼儀正しいな」


 ギルド長はニヤッと笑う。


「アキ・ファイアールとミカ・エンジバーグ。ファイアール公爵家の人間とカンダス帝国のエンジバーグ公爵家の長女。礼儀正しくて当たり前か」


 僕はギルド長の言葉に眉をひそめる。

 気にした様子をみせずにギルド長は言葉を重ねる。


「まぁ冒険者は生まれや地位は関係ないんだ。大事なのは出来る奴かどうか。もっと簡単にいえばギルドに貢献してくれているかどうかだ。貢献してくれている奴はギルドランクは高くなる。最年少のランクDの顔は一度は拝んでおかないとな」


「私の顔を拝むのが今回の用事ですか? それならこれで終わりですかね?」


「まぁそう焦るな。お茶がくるまで待ってろ。お前らの担当のナギにも一緒に聞いて欲しいことだからな」


 そこでちょうどナギさんがお茶を入れて戻ってきた。お茶をテーブルに置いたあと部屋から下がろうとしたナギさんにギルド長が声をかける。


「ナギ! お前も聞いていけ。俺の横に座って良い」


 ナギさんがソファにかけたところでギルド長が真剣な顔に変わった。


「アキに来てもらったのには理由があってな。今朝、ウォータール公爵家の執事から通告があった。ウォータール公爵家として冒険者ギルドにお願いをしたいって事だ。今後、冒険者ギルドで最年少Dランク冒険者の魔石を買い取る事を止めるようにって。お願いと言うより半分脅しのようなもんだけどな」


 そこまで話してギルド長はお茶を一口飲んで言葉を繋いだ。


「お前らウォータール公爵家になんかしたのか?ウォータール公爵家の執事に聞いても恥をかかされたとしか言わないんだよ」


 隣のミカをみると真っ青な顔をしてる。膝の上にはキツく握られた拳が震えている。僕はミカの拳に手を重ねる。

 こちらを見るミカの目の奥には怯えが見える。僕は努めて冷静な声でミカに話しかける。


「大丈夫。何も問題は無い。こちらには何の非もない。納得できなければこの街を出るだけだから」


 涙が浮かぶミカの目を見つめ安心させた。

 ギルド長が慌てた声をあげた。


「おいおい。この街を出るなんて簡単に言われると困るんだよ。まずは何があったか教えてくれないか」


 取り敢えず昨日の街でのサイファ・ウォータールとの事を丁寧に話す。

 ギルド長は一つ大きな溜息を吐いて話し出す。


「またウォータール公爵家の次男坊か。あいつは女好きでプライドも高いからなぁ。こんな事に家の権力使ったら問題になるぞ。分かった。冒険者ギルドアクロ支部として正式にウォータール公爵家に抗議の書面を出す事にする。魔石も今までと同じように買い取りをする。これで良いか?」


「とくに問題はありません。でも冒険者ギルドは大丈夫ですか? 嫌がらせなんかされません?」


「まぁ特に問題ないな。ウォータール公爵家の宗主が絡んでいないしな。でもお前たちは気をつけた方が良いかもしれない。サイファ・ウォータールは粘着質でもあるしな。暴漢対策も必要かもしれない。今は宿を使っているのか?」


「安らぎ館を使用してます」


「宿はどうしても不特定多数の人が出入りするからなぁ。防犯設備がしっかりしているギルド所有の小さな一軒家があるからそこに移ったほうが良いな。どうかな?」


「防犯設備がしっかりしているなら安心ですね。お願いできますか?」


「食材や日用品はナギに運ばせる。街中をあまりうろつかなく済むようにな」


「なんか不自由な生活になりそうなんですけど…」


「ちょっと待て! 話しは終わっていない。ここからは提案になるんだけどな」


「提案?」


「そうだ。お前には早くBランク冒険者になってもらえないかなって思ってな」


「Bランクですか?」


「Bランクに上がればこのような貴族からの介入は無くなるよ。Bランクのもたらす魔石の量は半端ないしな。貴族は施政者だから魔石のエネルギーについては過敏になる。お前らは既にBランク冒険者並の魔石を納品している。既に重要な人物だ。ただ外部から見たらDランク冒険者なんだ。だから名実共にBランク冒険者になって欲しい。それまで少しの不都合はかけるかもしれないが冒険者ギルドアクロ支部として最大限サポートさせてもらうから」


 ギルド長の言っている事は理解できる。今日のペースだとBランクまで何日かかるんだ。


 C級魔石を52個。ギルドポイント換算で52万。Dランク冒険者からCランク冒険者になるまで今日の分を含めるとあと228万ギルドポイント。5日弱か。


 Cランク冒険者からBランク冒険者になるにはそこから3千万ギルドポイントが必要だ。3千万を52万で割ると58日弱。今日のペースだとBランク冒険者まで63日程度か。


 レベルアップでのMPの成長も考えれば50日くらいかな。それとももう一つ上のダンジョンでやれば楽になるかな?


「Bランクの水宮ダンジョンってどんなモンスターが出るんですか?」


「最年少Dランクは言う事違うね。感心するよ。水宮ダンジョンは主にみずちが出るな。半分竜みたいなもんだ。15メトルを超える体長で口から切れ味鋭い水流と硬い尻尾の叩き付けてくる。あ、巻き付きなんかもするか」


 自分達の攻撃と守備を考えると遠距離攻撃があるモンスターは避けたほうが良いな。大人しく沼の主人ダンジョンにするか。


「今聞いたら水宮ダンジョンはキツそうなので大人しく沼の主人ダンジョンにします。特に問題が無ければ60日前後でBランク冒険者になれると思います」


「おぉ! 任せたぞ。今日から宿を引き上げてギルド所有の一軒家に移ってくれ。お前達に何かあったらこの街の大きな損失だからな。ウォータール公爵家には今のお前達の魔石納品量も伝えておく。細かいことはナギに任せる。困ったことがあって対処できない時はナギに言ってくれ。俺まですぐに伝わるようにしとくからな」

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