第93話 身の程をわきまえて欲しいわね

【ヴォルデム魔導学院 正門】


 馬車から降りた途端、アリシア様の前にやってきて気色の悪いアプローチを始めてきた男達。

 俺もアリシア様も、なんでこんな事態になっているのか分からずに困惑するばかり。

 コイツらは今までアリシア様の事を【氷結令嬢】と呼び、陰口を叩いたり、避けたりしていたような連中なのに。


「アリシア、君にはボクの助けが必要なはずだ!」


「君の才能を活かせるのが俺以外にはいない!!」


「君と私の子供が、きっとこの国を永遠に支えていく事だろう!」


「「……」」


 それなのにどうして、こんなにもグ、グラ……グライダーみたいな連中が溢れかえっているのだろうか。

 うん? いや、待てよ?

 グライダーって事は……


「アリシア様、もしかしするとコイツら……」


「ええ、ワタクシもそう思ったところよ。どうやら、ワタクシが王位継承権第3位になった事を嗅ぎつけたんでしょうね」


「「「「「ギクッ!!」」」」」


 アリシア様がそう呟くと、これまでアリシア様に気色悪い言葉を投げかけていた連中が一斉にバツの悪そうな顔をする。

 どうやら俺達の読みは当たっていたようだ。


「あー……やっぱり。アリシア様と結婚すれば、将来王族の仲間入りですもんね」


「だからきっと、親に言われたんでしょうね。なんとしても、ワタクシを手に入れてこいと……」


「「「「「……」」」」」


 さっきまでの威勢はどこへやら。

 キザったらしく求婚していたアホ共は冷や汗ダラダラで慌てふためくばかり。


「目的が分かれば、どうという事はないわね。つい、あの汚物(グラント)が脳裏によぎってしまって……引いてしまったけど」


 人というのは得体の知れないものには少なからず恐怖を覚えるものだ。

 しかし、こうして真実が明るみになったのであれば何も問題はない。


「行きましょう、グレイ。バカの相手をしていても疲れるだけよ」


「それもそうですね」


 アリシア様が一歩前に踏み出すと、浅はかな男達はジリッと後ずさる。

 だが、まだ諦めきれない者いるようで……


「ま、待ってくれ!! アリシア、当家は必ずや君の役に立ってみせる!!」


「ボクと結ばれれば、君は必ず女王になれるのさ!!」


「はぁ……面倒ね」


 アリシア様の前に立ち塞がり、必死に懇願する男達。

 面倒そうにアリシア様が右手を上げようとしたが、俺はそれを制する。


「グレイ?」


「……」


「な、なんだ!? 騎士如きの分際で貴族に手を出すつもりか!?」


「お前はまだ正式な貴族じゃない! 我々に何かすれば、相応の処分が……」


「先程、アリシア様が「面倒ね」と言いましたが……どうやら、貴方達はその真意が理解できていらっしゃらないようなので。僭越ながら、私が解説をさせて頂きます」


 俺が深々と頭を下げると、男達は一斉に色めき立つ。


「そ、そうか! やはりアリシアは素直になれないだけだったか!」


「本心では俺と結ばれたいに違いない!」


「どうしてもと言うのなら、愛人程度にはしてやってもいいぞ!」


 どうやら俺が下手に出たと勘違いし、イキり始めたようだ。


「アリシア様はこうおっしゃりたかったんですよ」


 俺はそんな可哀想な彼らに、出来る限り優しい笑みを浮かべながら……真実を伝える。



「失せろ」



「「「「「ひっ!?」」」」」


 ただ一言。シンプルに。

 俺はアリシア様の言葉を代弁する。


「おわァ~~~~っ!?」


「あ、ああ……」


「うっ!?」


「マ、ママァ……」


 あんなにも優しく、諭すように言ったというのに。

 男達は全員白目になり、口から泡を吹きながら崩れ落ちていく。

 中には失禁している者もいるようで、汚らしい水溜まりを作っている者もいた。


「……お待たせしました、アリシア様」


「ありがとう。でも、そんなに怖い顔をしたらダメよ? 貴方はやっぱり笑った顔が一番ですもの」


「怖い顔……していましたか?」


「ええ。でも、それはそれで素敵だったわよ」


 おっと、いけない。

 俺とした事が……【不覚にも】威圧的な態度を取ってしまったようだ。

 ちゃんと反省するとしよう……はい、反省終わり。

 

「では、行きましょうか」


 俺はアリシア様の手を取ると、ゴミクズ共を避けながら校舎へと向かうのだった。


【ヴォルデム魔導学院 ダンスホール】


「アリシアさん! グレイさん!」


 俺とアリシア様がダンスホールへと入ると、真っ先にファラ様が声を出して駆け寄ってきてくれた。

 入ってすぐの場所にいたという事は、ずっと俺達が来るのを待っていたのだろう。


「ファラ、素敵なドレスね」


「ふふっ、ありがとうございます。お二人の式に着るドレスを注文するついでに買ってきたんです」


 そう答え、その場でくるりと回ってみせるファラ様。

 派手すぎず、地味すぎず……素朴な彼女の魅力を際立たせる素晴らしいデザインだ。


「それに、アリシアさんもお綺麗ですよ。そしてグレイさん……見違えましたよ!」


「そうですか? 素材がイマイチなので、着飾って背伸びしても痛々しいだけですが」


「そんな事は絶対にないわ!!」


「「!!」」


 俺が謙遜の言葉を吐くと、アリシア様が凄まじい剣幕で俺を一喝する。


「グレイ、謙遜とはいえ自分を卑下するような言葉はやめなさい。貴方はワタクシの騎士、そしてこれからは貴族となるのだから」


「も、申し訳ございません。浅慮でした」


 アリシア様の言う通りだ。

 俺を愛してくれているアリシア様にとって、俺が自分自身を悪く言うのは嫌なこと。

 俺だって、アリシア様が自分を卑下していたら嫌な気持ちになる。


「まぁまぁ、今日は折角の舞踏会なんですから。細かい事はいいじゃないですか」


 そんな俺達の惚気じみたやり取りを見て、クスクス笑うファラ様。


「とにかく、今のグレイさんが素敵なのは私とアリシアさんが保証しますよ。私だって、パートナーがいなければグレイさんにメロメロだったかも」


「パートナー……?」


「私だ」


 俺が訊ねると、後方で背中を向けていたスーツ姿の人物が振り返る。

 その服装から男かと勘違いしていたのだが、振り返ったその人の顔を見れば……俺は全てを理解する事ができた。


「貴方だったんですね……マインさん」


「ああ……」


 そこにいたのは男装をしているマインさんだった。

 どうやら、舞踏会でファラ様の相手役を務める為に男装をしているらしい。


「あら、マイン。とっても素敵な格好じゃない」


「はい。似合いすぎていて、少し嫉妬しそうですよ」


「女としては、褒められて喜ぶべきかどうか微妙なところだが……」


「いいじゃないですか、マイン」


 ファラ様は楽しそうにマインさんの手を取る。

 するとマインさんも、少し照れたようにファラ様の手を握り返していた。


「ファラ、まさか貴方……本当にヤったの?」


「んふふふ……残念ながら寸止めです。彼女、大切なモノは彼に捧げたいみたいで」


「そう。でも、その機会はワタクシが許さない限りはありえないけど」


 何やらヒソヒソと会話するアリシア様とファラ様。

 断片的に聞こえてくる内容でマインさんは顔を真っ赤にして、俺をチラチラと見てくる。


「……お前の為に守り抜いたからな。代わりに後ろの純潔を失ったが」


「言わなくてもいいんですよ、そういう事は」


 俺もちょっぴり恥ずかしいのと照れるので、顔が赤くなるのを感じる。


「あっ! もうそろそろ舞踏会が始まる時間ですね」


「そうね。参加者もかなり集まっているみたいだし」


 周囲を一瞥してみると、確かにそれなりの数の男女ペアが集まっていた。

 

「ねぇ、あの隣にいるのって……?」


「うそ、あんなに格好良かったなんて聞いてないわ」


「素敵……」


「あんな女よりも、私の方が彼に相応しいわ」


「どうせ上り詰めたのも、彼のお陰なんでしょ?」


 何やら、こっちを見てヒソヒソと言っている女性が多い気がする。

 王位継承権第3位という肩書が、周囲の目を嫌でも引いてしまうのだろうか。


「どやぁ」


「アリシア様? どうしてそんなドヤ顔を?」


「ふふっ。いいの、いいの」


「???」


 よく分からないが、アリシア様が楽しんでいられるのならそれでいい。

 そう思っていると、ホールの最奥に設置されたステージにアドルブンダ様が現れた。


「あー、静粛に。当学院に通う生徒の諸君。急な催しだというのに、これほど多くの参加者が集まってくれて感謝しておるぞ」


 マイクを片手に参加者への挨拶を始めるアドルブンダ様。

 あれ、でもどうしたんだろう?

 アドルブンダ様の頬や首筋に、虫刺されのような赤い跡が幾つも……

 それに、どことなくアドルブンダ様の顔色が悪い。

 まるで、精気の一滴まで搾り取られたような……


「……ヤりやがったわね、大伯母様」


「え? イリアノ様が? どうしてアドルブンダ様に?」


「……グレイ、貴方って本当に鈍感なのね」


 呆れたようにアリシア様が俺の頬をツンツンと突いてくる。

 まさか、本当に? えっ、イリアノ様がアドルブンダ様を!?


「今夜は心ゆくまで友と語り合うといい。中には、気に食わない者。馬が合わない者。話した事が無い者などもいるじゃろう。しかし、それでも……根気強く相手をしていると見えてくる事がある」


「「「「「…………」」」」」


「ワシもつい先日。ずっと悪友だと思っておった者と久しぶりに語り合ったのじゃが……まさか奴がワシの事をそんな風に思っておったとはのぅ。しかも酒にあんなモノまで混ぜおって、戸惑うワシにあれほどの……う、うぅぅぅっ……」


 泣いていた。それはもう、凄い勢いで泣いていた。


「ああ、恐ろしい。ちゅっちゅモンスターとはかくも恐ろしいのか。ガリガリと理性と知性が削られ、自分が欲望だけで行動する魔物へと変えられていくような感覚じゃ。もうやめてと言っても、決して離してはくれぬ。もう体力が限界じゃと泣いても、無理やり回復させられ……」


 そこまで言ったところで、急にダンスホールの裏口の扉が開く。

 そこからしゅるるるるるるっと伸びてきた木の根っこが、アドルブンダ様の腰に巻き付いていく。


「ひぃぃぃぃぃぃっ!! 今夜は休ませてくれっ! 休ませてくれぇぇぇあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ……もう出ない!! 出ないのじゃああああああああっ!!」


 ズルズルと引きずられながら、絶叫するアドルブンダ様。

 彼はそのまま裏口へと消えていき……その姿は見えなくなってしまう。


「あの根っこ……まさか」


「グレイ」


「どう考えても、イリアノ様の魔導……」


「グレイ、それ以上はやめておきなさい」


「……はい」


 俺は何も見なかった。

 何も見ていません、はい。


「今の、なんだったんでしょう?」


「さぁ? アドルブンダ様の事だから、何かの悪ふざけでしょう」


 普段の振る舞いのせいで、今回も何かの冗談やイタズラだと判断されたのだろう。

 ファラさん達を筆頭に、参加者の全員が何事も無かったように談笑を再開し始める。

 彼らは知らないのだ。ちゅっちゅモンスターという存在がどれほど恐ろしいのかを。


「あっ」


 と、ここでダンスホール内に音楽が流れ始める。

 開始宣言役のアドルブンダ様が拉致されたので、とりあえず始める事にしたのだろう。


「さて、それでは……」


 ちらほらと踊り始める参加者達に続くように、俺はアリシア様の手を取る。


「アリシア様、俺と踊って頂けますか?」


「ええ、勿論よ」


 ここからは、俺とアリシア様の時間だ。




【グレイとアリシアの結婚式まで残り7話】

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