第63話 ぐれいちゅきー♡ ぎゅー♡

【オズリンド邸 グレイの自室】


 ゆっくりと眠り、疲れが取れて快復した俺が目を覚ますと。

 ちょうどいいタイミングでアリシア様が部屋に入ってきた。

 そして彼女は手に持っているお盆をテーブルの上に置くと、乗せられていた料理……玉子焼きをフォークで刺して俺の口元に運んできた。


「さぁ、グレイ。あーんして?」


「アリシア様……恥ずかしいですよ」


「いいから。ほら、口を開けなさい」


「はい……あーん、ぱくり」


 おお、この味付けは俺の大好きな甘い玉子焼き!

 しかも普通の卵と違って、とてもコクのある……味わい深い卵を使っているようだ!


「とっても美味しいです!」


「ふふっ、それは良かったわ。寝ている貴方の顔を見て、スズハがいっぱい産んでくれたからおかわりもあるわよ」


「……ん?」


「あら? どうかしたの?」


「これ、スズハ様の卵なんですか?」


「ええ。ワタクシも食べたけど、こんなに美味しい卵は初めてだわ。しかも見ての通り、肌のツヤも良くなってね」


 言われてみれば、アリシア様の肌は元々美しかったが……その輝きが増している。

 いや、それだけではない。

 アリシア様のバストのサイズも……上がっている、だと!?


「気付いたかしら? ほら、触ってみて」


「ぶぅっ!?」


 アリシア様は俺の右手を掴み、それを自分の胸へと押し当てる。

 や、やわら……! やはり、破壊力が増している!


「んぁ……もう、指を動かさないで」


「すみません……つい」


「いいのよ。どうせワタクシの体は全て、貴方のモノなんだから」


「……アリシア様」


「グレイ……」


 見つめ合う二人。

 ああ、俺はやっぱりこの人が大好きだ。

 アリシア様の為ならば、俺はなんだって出来るぞ……


「えっちなムードを感じましたー!!」


「「!?」」


 ここで突然、俺の部屋の扉が勢いよく開かれる。

 そこにいたのは、むすっとした顔で頬をふくらませるスズハ様だった。


「アリシア様、抜け駆けをするなんてズルいですよ!」


「抜け駆け? いいえ、これは恋人同士の大切なイチャイチャタイムよ」


「それを抜け駆けというのです!! その玉子焼きだって、私が作ったんですよ!」


「へぇ? スズハ様が?」


「はい! ぽーんと産んで、私が調理と味付けを!」


 ニコニコ微笑みながら、スズハ様がベッドまで駆け寄ってくる。

 そして頭を俺の方にズイッと寄せてきたので、俺はその上に右手を乗せた。


「んふふふふっ……グレイ様の手、気持ちいいです」


「あぁーっ!! グレイ!! ワタクシにも!! ワタクシにもー!!」


「は、はい」


 俺は空いている左手をアリシア様の頭の上に乗せる。

 これで俺は両手で同時にアリシア様とスズハ様の頭をナデナデしている状態なのだが。


「「むふぅーっ♪」」


 二人とも目を細め、気持ちよさそうにご満悦な笑みを浮かべている。


「そういえば、スズハ様もこの屋敷で住む事になったんでしたよね」


「はいっ! 数日前から、とても良くしてもらっています!!」


「シェフが泣いていたわよ。こんなにも大食らいな方が増えて、料理を作るのが大変だって」


「むむっ! いいじゃないですか!! グレイ様だって、いっぱい食べる人が好きって言ってくださいましたし!」


「そうねぇ。でも、貴方の場合は食べた栄養はどこへ消えるのかしら? 少なくとも胸ではないようだけれど」


「……それを言ったら戦争ですよ?」


「あら、望むところよ……!!」


 にらみ合いながら、バチバチと目線の火花を散らす二人。

 超絶美人同士のキャットファイトというのは、一部の人に需要がありそうだけど……残念ながら俺にそんな趣味はない。


「……喧嘩するなら、頭を撫でるのをやめますよ?」


「「やだやだやだやだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」


「なら、仲良くしてください」


「「うんっ!!」


 俺が撫でる手を止めると、二人は途端に幼児化して涙目になる。

 あれ、おかしいな。

 今の二人がなぜか、二頭身くらいのデフォルメされた小さい姿に見える……?


「ぐれいちゅきー♡」


「わたちもちゅきー♡」


「「ぎゅー♡」」


「……やっぱり、疲れているのかな」


 結局、この日は二人が満足するまでずっと頭を撫で続け。

 いつのまにか俺のベッドに寄り掛かりながら眠ってしまった二人と共に、一晩を明かす事になったのだった。


【翌日 王立騎士学校 訓練場】


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「くっ!?」


 王立騎士学校。

 その訓練場にて、俺とマインさんは定期的に修行を行っている。

 そして今日も、その修行を行っていたのだが……


「遅いぞ、グレイ!!」


「ぐぁっ!!」


 マインさんの放った斬撃を受けきれず、俺はバランスを崩す。

 そんな隙を手練のマインさんが見逃すはずもなく。


「チェックメイトだ」


「……参りました」


 俺の首筋に突きつけられる剣。

 俺は手に持っていた刀を手放し、降参の両手を上げた。


「ふむ……グレイ、まだ本調子ではないようだな」


 剣を鞘に納めながら、マインさんが苦笑する。

 それほどまでに、今の俺の動きは無様なものだった。


「すみません。数日寝たきりだったので、体が鈍っているんです」


「その話は聞いている。龍族のドラガン様と死闘を繰り広げたそうだな」


「耳が早いですね」


「好意を寄せる男に関する情報だからな。積極的に集めたくもなるさ」


「……っ」


「ふふっ、その反応を見るに……まるっきり脈がないというわけでもないらしい」


「からかわないでくださいよ」


 俺も刀を拾い、鞘に納める。

 ああ、地面に落として汚れてしまった。屋敷に戻ったら丁寧にケアしてあげないと。


「はははっ、すまない。しかしそれにしても、よくドラガン様を倒せたな。彼は相当な実力者だと聞いていたが」


「本当に危なかったですよ。この妖刀の能力を覚醒させる事が出来なければ、負けていたと思います」


「妖刀か……それはどのような能力なんだ?」


「はい。なんでも、斬った相手の能力を奪って使う事が出来るみたいでして。まぁ、奪うと言っても……相手がその力を使えなくなるというわけじゃないので」


 死んでいるグラントやジータスはともかく、尻尾を斬ったドラガン様は龍化したままだったからな。あくまでも能力をコピーするというような感じなのだろう。


「それはまた凄まじい能力だ。しかし、それだけの能力ならば何か代償がありそうなものだが……」


「代償、ですか。そう言われてみると……何もないですね」


 能力が覚醒した時、妖刀は代償が必要だと言っていた。

 でも、今の俺に特に変わった変化はない。

 あるとすれば、前よりもこの妖刀に対する愛着が増したくらいか。


「……グレイ、私にはオカルトじみた力はない。だから、これはあくまでも勘のようなものなんだが……」


「はい?」


「その妖刀の能力はなるべく使用するな。何か嫌な感じがする」


「そうでしょうか」


「ああ。少なくとも、能力のデメリットが分かるまではな」


 そんな事はないと思うが、俺を思っての忠告だから素直に従おう。

 でも、こんなにも可愛い妖刀が俺を苦しめるようなわけがないよな?


『……くすっ』


「さて、そろそろ私は行く。来週までに、本調子に戻しておけよグレイ」


「はい。今度は負けませんから」


「私だって負けるつもりはないさ。では、またな」


 去っていくマインさんを見送り、俺も帰り支度をする。

 今はとにかく早く屋敷に戻って……


「妖刀のお手入れをしないとな」


 この子と一緒に過ごしたかった。




【騎士学校 上空】


「…………」


 騎士学校のはるか上空。

 手を伸ばせば雲にすら触れられそうな場所に、一人の少女が浮かんでいる。

 彼女の名前はレイナ。

 王位継承順位3位にして、世界に七人しかいない七曜の魔導使いの一人である。


「あの刀……使えるかも」


 グレイとマインの修行を見守っていたレイナは、グレイの手に握られた妖刀の怪しい光を見逃さなかった。


「グレイ様……貴方だけは、レイナが必ず……幸せにする」


 レイナが指をパチンと鳴らした瞬間、晴天の空に雷鳴が鳴り響く。

 紫電の閃光が周囲を照らし、その光がなくなる頃には……レイナの姿は消えていた。




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