第52話 龍族の里……面白そうじゃない

【アーブ火山 麓】


 王都リユニオールから西へ。

 馬車で揺られること半日。途中、船を使って一日。

 それからなんだかんだあって、数日ほどの時間を掛けて……俺達はアーブ火山までやってきた。

 国内でも有数の活火山であるアーブ火山は、まだ麓だというのに物凄い熱気だ。

 

「うわ、熱いですね……!」


「ええ。もう少し薄着をしてくれば良かったかしら」


 そう答えるアリシア様だが、その顔には少しも汗をかいていない。

 氷の魔法を自在に操るアリシア様にとって、この程度の熱など造作もないのだろう。


「あぢゅい……姉様、たしゅけて」


「アリシア様……お慈悲を」


 俺達に同行してきていたフランチェスカ様とイブ様はかなりグロッキー。

 かくいう俺も、この熱さに適応するには時間がかかりそうだ。


「嫌よ。それよりもグレイ、ワタクシが冷やしてあげるから密着して」


「あ、はい。でも、俺はいいので二人を助けてあげてください」


 正直辛いが、耐えられないほどじゃない。

 俺よりも辛そうにしているフランチェスカ様達のほうをどうにかしないと。


「……むー。グレイと合法的に抱き合えるチャンスなのに」


「そんな建前がなくても、いつでも抱きしめてさしあげますよ。ですから……」


「しょうがないわね。ほら、こっちに来なさい」


「「ありがたやー」」


 アリシア様が指を鳴らすと、俺達の周囲にひんやりとした空気が漂い始める。

 おお、流石はアリシア様だ!


「姉様! こんな事が出来るなら最初からしてよ!」


「これ、結構疲れるのよ。自分とグレイのケアだけでもしんどいのに」


「ありがとうございます、アリシア様。あの、辛かったらいつでも休んでくださいね」


「ううん、いいの。貴方の為なら、いくらでも頑張れるもの」


「アリシア様……」


「グレイ……」


「「ちゅー」」


「ごるぁぁぁぁぁぁっ! ただでさえ暑苦しいのに、そんな事をしないでよぉぉぉ!」


「ちゅーは禁止です! 禁止事項です!」


「「……ちっ」」


 やはり、人の目があるところでは中々ちゅっちゅ出来ないな。

 そう思っていると、不意に……俺とイブさんはある気配を感じ取る。


「「!!」」


「貴方達、急に険しい顔をして……どうしたの?」


「アリシア様、お下がりを」


 俺はアリシア様を庇うようにして前へ出る。

 それと同時にイブさんも、俺の傍で短剣を構えた。


「……来る!!」


 次の瞬間、空から三つの影が降ってきて俺達の前に着地する。

 それは人型ではあるものの、完全な人ではない……龍の亜人。

 竜族と思われる者達であった。


「これより先は我ら竜族の神聖なる土地!!」


「貴様ら不浄な人間が立ち入る事は許されぬ!!」


 鎧を身に纏い、手には無骨な戦槍を構えている龍族の戦士。

 ここに来る途中、フランチェスカ様より竜族という存在について聞かされてはいたが……その話通り、人間を嫌っているようだ。


「槍を納めなさい。こちらにいらっしゃるのは、リユニオール王国の王位継承権19位アリシア・オズリンド様と20位フランチェスカ・ルヴィニオン様であるぞ!!」


 まずはイブさんが、完全な真面目モードで龍族の戦士達に牽制を入れる。

 すごい! 普段からこんな姿なら格好いいと思えるのに!


「ふんっ、人間の貴族どもか。しかし我らには関係なきこと!」


「我らは火山に生きる民。従うのは龍族で最も偉大な戦士のみ!」


「どうしても通りたくば、我々を倒してみるがいい! 出来るものならな!!」


 誇り高い戦士の一族という事もあって、どうやら言葉での説得は通じないらしい。

 となれば、俺達の取る手段は一つしか無い。


「……イブさん。いけそうですか?」


「一対一ならなんとか。グレイ君、二人はお任せしていいですか?」


「ええ、大丈夫です。でも、針は多分効果が無いので気を付けて」


 龍族と戦うのは初めてだが、冒険者の手伝いをしていた過去にドラゴンを討伐した経験がある。

 龍の持つ強固な鱗や、吐き出す炎の強さはそれなりに把握済みだ。


「我ら三人を二人のみで相手するだと!?」


「舐めるなよ人間!!」


 龍族の戦士は全員が同時に翼を広げたかと思うと、そこから軽く宙に浮かび上がり……俺達の方へと飛来してくる。


「よっ!!」


 俺は龍族二人を相手取るような位置に。

 イブさんは残る一人を誘導するような位置へと下がる。


「死ねっ! 人間!」


「うぉ!!」


 振るわれた槍を刀で受け止めるが、そのあまりの衝撃に俺の足元の地面がひび割れる。

 なんていう馬鹿力だ。危うくガードごと潰されるところだった!


「なにっ!? 我の攻撃を受け止めただと!?」


「何をしている!? 今、我がトドメを……」


 ガード中で身動きが取れない俺を、残るもう一人が槍で貫こうと迫る。

 俺は刀を斜めにして槍を滑らせ、龍族の一人の体勢を崩し……思いっきり足払い。


「ぐぁっ!?」


 転倒していく彼を盾にするような形で身を隠す。


「おのれ!? 卑怯だぞ貴様っ!!」 


「すみません……ね!!」


その一瞬、俺を狙っていた龍族が攻撃を躊躇った。

 そこを狙い、俺は高く跳躍し……奇襲を掛ける。


「せいやぁっ!」


 手にしていた槍を真ん中辺りで切断。

 半分になって飛んでいく槍の先端部分を空中で掴んだ俺は、それをそのまま龍族の男の左翼に突き刺した。


「ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」


 そのまま地面へと押し倒し、槍を使って地面と龍族の男を固定する。

 それから、さっき転ばせたもう一人の龍族の首筋に……刀の先端を向けた。


「くっ……!?」


「動かないでください。どちらも、許可なく喋ったら殺します」


「「…………」」


 俺が忠告すると、両方の龍族がギリッと歯噛みして口を噤む。

 良かった。この人達はジータスとは違って判断が早い。


「ありがとうございます。これ以上、手荒な真似はしないのでご安心を」


 俺は二人に安心させる言葉をかけてから、次にイブさんの方を見る。

 彼女は強いから問題ないと思うが……


「ハッ! どうした人間の小娘!! 攻撃せねば勝てんぞ!」


「……」


 縦横無尽に振り回される槍の攻撃を、イブさんは素早い動きで回避している。

 だが、彼女が反撃する様子は一切見られない。


「貴様の軟弱な細腕では、我が鱗を貫くのは不可能! 諦めるがいい!」


「……バカですね。戦いとは攻撃力や防御力だけで決まるものではありません」


「ハッ! 何をふざけた……っ!?」


 イブさんの言葉を一笑に付した龍族が、突然その場で膝を突く。

 しかも手に力が入らないのか、手にしていた槍もポロリと落としてしまう。


「ぬぅ……!?」


「やっと効いて来ましたか。龍族ともなると、人間よりも耐性があるようで……いいデータになりました」


「何を、した……!?」


「とある魔物の鱗粉から作り出した毒です。貴方の攻撃を回避しながら、私はそれを周囲にばら撒いていたんです」


 そう言ってイブさんは、右手からサラサラと極細の粉を落としてみせる。

 なるほど。逃げに徹していたのは、この毒を相手に吸わせる為の時間稼ぎ。


「致死性の猛毒ではありませんが、しばらくは動けませんよ。残念でしたね」


「くそっ!! くそぉぉぉっ……」


 もはや、声を荒らげる力すらも奪われていったのか。

 最後の龍族の戦士は、ふらりと頭から地面へ突っ伏していった。


「……イブさん、流石ですね」


 刃物や針による毒が通じなくても、こんなやり方があるとは。

 敵じゃなくて味方で本当に良かった。

 

「グレイきゅーん! 私、勝ちましたよぉ? 褒めてくださぁい!」


 くねくねくねと、媚を売るような仕草で俺の傍に走ってくるイブさん。


「抱っこでもナデナデでもちゅっちゅでも……うふふっ! 好きにしてください!」


「……」


 いや、味方は味方で面倒かもしれないな。


「片付いたようね、二人とも。あとイブは死になさい」


「ご苦労さま、やるじゃん二人とも! あとイブは死んでよね」


「イブ、しょぼーんです」


 戦いが終わり、離れていたアリシア様達が戻ってくる。

 あっ、アリシア様が近いと涼しい……


「それにしても、いきなり襲いかかってくるなんて礼儀がなってないわね」


「ねぇ、戦士さん。どうしてフランちゃん達を追い返そうとしたの? 貴族の人間が来訪する事は今回が初めてじゃないと思うんだけど」


「「それは……」」


 俺が倒した二人は、フランチェスカ様の質問に口ごもる。

 どうやら、何かちゃんとした理由があるようだ。


「その問いには、我が答えよう」


「「「「!!!!」」」」


 上空からの声に、俺達は一斉に視線を高く向ける。

 そこには、新たな龍族の男性の姿があった……のだが。


「今、我が里では問題が起きている。それで余所者を排除しようとしたのだろう……」


「(強い!!)」


 さっき俺達が戦った三人など、まるで話にならないオーラ。

 圧倒的な強者の存在感を放つ男がそこにいた。


「貴方は……?」


「我が名はドラガン・ワルゲルス。強き来訪者よ、歓迎するぞ」


 ドラゴンと名乗った男性はゆっくりと地面へと降り立つと、ジィーっと俺の全身を舐め回すように見つめ……深く頷いた。


「こんな場所で立ち話もなんだ。まずは我が屋敷に来られよ。あいすてぃーでもご馳走しよう」


「わぁ、ほんと!? 冷たい飲み物ほしーい!」


「まさかドラガン様が直々にお出迎えしてくださるとは」


「どうにか話し合いには持っていけそうね」


 ドラガン様の言葉に表情を緩める三人。

 だが、俺だけは妙な胸騒ぎを感じていた。

 というのも、なぜかドラガン様はずっと……俺の事を獣のような目で見つめているから。


「…………」


「あはは、よろしくお願いします」


 うぅっ……大丈夫だよな? これ。

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