第48話 この勝利は始まりにしか過ぎないわ

【王城 渡り廊下】


 武闘場から王城の敷地外へと続く渡り廊下。

 そこを俺とアリシア様は寄り添い合うようにして歩いている。


「大丈夫ですか?」


「ええ、気にしないで」


 アリシア様はそう答えるが、明らかに顔色が悪い。

 無理もない。覚悟を決めていた俺でも、初めての殺人に対して……少なからず精神的なダメージがある。

 それなのに、お優しいアリシア様が平気なわけがない。


「でも、ちゅっちゅ力が足りないわ……」


「分かりました! すぐに元気にしてあげますから!」


 このままではアリシア様がしおれてしまう。

 それを防ぐためには、馬車まで行っている暇はない。

 俺はキョロキョロと周囲を見渡し……誰もいない事を確認する。


「アリシア様、今なら誰もいませんよ!」


「ありがとう……グレイ」


 力なく微笑みながら、アリシア様は俺の顔を見上げる。

 そして何かに気付いたように、俺の左頬に手を添えてきた。


「ここ……血が出ているわ」


「あっ、それは銃弾が掠った部分ですね」


「……ぺろっ」


「っ!?」


 アリシア様が背伸びをして、頬の傷をペロリと舐める。

 そのまま傷口に吸い付くと、ちゅっちゅとついばむようにしながら……時折、舌先でチロチロと傷口を舐めてきた。


「アリシア様、傷口は汚いですよ」


「んちゅっ……れろ……いいのぉ」


 すっかり蕩けきった声を漏らすアリシア様。

 やれやれ、しょうがない。でも、俺も嬉しい……と、思ったタイミングで。


「誰だ!?」


 俺は何者かの気配を感じ、素早く背後を振り返る。

 しかし、そこには誰もいない。


「グレイ……?」


「いや、今たしかに……」


 俺の気のせいか?

 いや、そんなはずは……


「ははははっ! 良い勘をしてるっすねぇ!」


「「!?」」


 突然、上から聞こえてきた声。

俺とアリシア様が驚愕して視線を上げると……天井に両足を貼り付け、真っ逆さまにぶら下がっている一人の青年の姿があった。


「よっ! お熱いところを邪魔して悪かったっす!」


 男はニッと笑い、そのままくるりと半回転しながら床に降り立ってきた。


「そのバッジ……まさか」


 赤い髪が特徴的な男は、その胸に金色のバッジを付けていた。

 つまり、彼は王位継承権の上位10名に仕える……金騎士という事になる。


「さっきの試合が面白かったんで、つい我慢できずに会いに来ちまったすよ」


「は、はぁ……?」


「アンタ、強いっすね。しかもまだまだ全力を見せていない。いやー、これはとんだ有力株が出てきたって感じっすよー」


「どうも……ありがとうございます」


 凄まじい早口で捲し立ててくる赤髪の男は、スッと俺の前に右手を差し出してきた。

 俺はとりあえず、その手を取って握手を返す事にした。


「んー……? なんだか試合の時とイメージ違うっすね?」


 俺と握手を終えた彼は、少し不思議そうに首を傾げる。

 そりゃあ、あの時はグラントを殺す事しか考えていなかったからなぁ。


「今のアンタはちょっとつまらないなぁ。あっ、でも……」


 男は何かに気付いたようにポンッと左手の手のひらを右手の拳で叩くと、俺の横に立っているアリシア様へと視線を移す。


「その女を俺が殺そうとすれば、本気になるのかな?」


「「!!」」


 それは一瞬だった。

 赤髪の男は背中の鞘から引き抜いた剣をアリシア様へと振るう。


「っ!!」


「おっ?」


 しかし、その刃がアリシア様を貫く前に……鞘に納めたままの刀で受け止める。

 残り1cmでアリシア様へと触れていたかもしれない男の凶刃。

 驚きのあまり、声すら出せずにいるアリシア様。

 そして、俺が攻撃を受け止めた事で嬉しそうに笑みを浮かべる男。

 その瞬間、俺の中で怒りが爆発した。


「っらぁっ!」


「がっ!? ぐはぁっ!?」


 俺は刀をカチ上げて男の体勢を崩すと、後ろ回し蹴りで男をぶっ飛ばす。

 男はそのまま王城の壁に背中から激突し、大きな穴を開けて中へとめり込んでいく。


「アリシア様!!」


「ワ、ワタクシは無事よ……貴方のおかげで」


 へなへなと座り込むアリシア様。

 良かった、怪我はないようだ。


「ははっ、あはははははっ! いいねぇ、アンタ……一瞬見せた顔。最高だったぜ」


 ガラリと崩れる壁から出てきた赤髪の男は、まるで平気そうに軽口を叩く。

 渾身の力で蹴ったのだが、流石は金騎士……少しも堪えていないようだ。


「ちょっとしたテストのつもりだったんすけど……これはもう、ヤるしかねぇよな」


 瞬間。男の全身が淡い光を放ち始めた。

 なんだアレ……? よく分からないが、すごく嫌な予感がする。


「さぁ……行くっすよ!」


「くっ!」


 とにかく今はアリシア様を守る事が先決だ。

 俺はアリシア様を庇うように前に出ようとした……のだが。


「やめろ、エド」


「「「!!」」」


 俺達と赤髪の男の間に割って入るように、一人の男が立ち塞がった。

 銀色の髪をした厳つい顔の男で、彼の胸にもまた金色のバッジが輝いている。


「ゲッ……!? オウガ……!?」


「いつの間にか姿を消したと思えば、こんな真似をしていたとは」


 二人は知り合いのようで。

 互いに名前を呼び合い、会話を繰り広げている。


「アリシア殿、グレイ殿。大変失礼致しました。この非礼のお詫びは、いずれ必ず」


「え、えっと……?」


「では、これにて失礼します。帰るぞ、エド」


「うぇー? だけどさぁ、こんなに熱くなったっていうのにもったいねぇっすよ!」


 オウガさんの言葉に不満を漏らすエド。

 だが、オウガさんはそんな彼をひと睨みすると――


「俺を怒らせたいのか?」


「わ、わーったっすよ……」


 ただ一言、忠告する。

 それだけでエドは大人しく剣を下げた。


「じゃあなー! グレイ君っ! オレ、君の事気に入っちゃったからさ! オレと当たるまで継承戦を勝ち進めよー!」


 先程までの態度から一変し、愛嬌のある笑顔で手を振りながら走っていくエド。

 そしてそんな彼に続いて、オウガさんもこの場から歩き去っていった。


「な、なんだったんだ……?」


「オウガとエド……聞いた事があるわ」


「知っているんですか?」


「ええ。噂程度だけど……王位継承権の上位候補者の中に双子がいてね。たしか、9位と10位だったかしら」


「アレで、9位と10位……」


 正直に言って、あの二人の実力は底が知れなかった。

 オウガさんが止めに入らなければ、エドを相手に勝てたとは思えないし……そんな彼よりも強いと思われるオウガさんには、ちっとも手が届く気がしない。


「グレイ……ワタクシ達の道は、まだまだ険しそうね」


「はい。俺はもっと強くなります」


 助け起こしたアリシア様の手を握りながら、俺は緩みかけていた気を引き締める。

 今日の一勝は、ただの始まりに過ぎない。

 俺達の戦いは……本当の試練はまだこれからなのだと。



【王城地下 ???】


 王城の地下に存在する一室。

 僅かなロウソクの光によってのみ照らされる薄暗い室内の中央には、一人の青年の遺体が寝かされていた。


「……」


 青年の名はグラント。

 つい数十分前に、アリシアとグレイによって殺害された貴族である。


「……うっ、がはっ!? げほっ、げほげほげほっ!!」


 そんなグラントが不意に目を開いたかと思うと咳き込み……上体を起こす。


「な、なんだぁ……? ボクは、殺されたはずじゃ……」


 彼の脳裏には、あの忌まわしい記憶がこびり付いている。

 ただ殺されるのではなく、あんな屈辱的な方法で……自分は命を失った。


「許せない……! 見ていろ、絶対に復讐してやる!!」


 理由は分からないが、自分は生きている。

 生きているなら復讐出来ると、彼はほくそ笑む。

 だが、ここで彼はある事実に気付いた。

 自分の両手両足が全て鎖によって拘束それている事に。


「これは……?」


「ようやく、目覚めた」


「誰だ!?」


 声のした方向を見ると、そこには一人の少女が立っていた。

 桃色のフワフワとした癖っ毛をした、可愛らしい少女。

 その顔に、グラントは見覚えがあった。


「君……いや、貴方様は……!? レイナ……様!?」


 グラントは信じられなかった。

 なぜならば、この少女レイナは、若くして七曜の魔導使いに数えられるほどの天才にして……王位継承権第3位の座を持つ存在なのだから。


「なぜ、貴方様が……もしや、ボクを助けてくださったのですか!?」


 そうだ。そうに違いない。グラントは確信した。

 魔導使いである彼女なら、自分の蘇生だって可能だろう。


「ボクの魔法の才能を評価して……」


「違う」


 しかし、そんな彼の言葉をレイナは否定する。


「レイナは許せなかった」


「……は?」


「お前、彼を侮辱した」


「え? いや、は?」


 淡々と呟かれる言葉に動揺するグラント。

 彼とは誰だ? 一体、彼女は何に怒っている?


「彼が許しても、レイナが許さない。だから……」


 スッとレイナが右手の人差し指をグラントに向ける。

 次の瞬間。その指先から放たれた黒い雷撃がグラントの体を襲う。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


「……」


 何秒、何分、何時間だろうか。

 全身を襲う激しい苦痛で、グラントは意識を失う事なく苦しみ続ける。


「が、あ……あぁ……」


 しばらくして、電撃が止まる。

 もはや虫の息の状態のグラントだが、それでも彼の意識はハッキリしたまま。


「安心して。お前には再生の魔導を……施した。レイナが魔力を与え続ける限り、死ぬ事も……意識を失う事もない」


「そ、それじゃあ……」


「レイナの気が済むまで……いくらでも、苦しめる事が出来る」


「やめっ……ばばばばばばばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「苦しい? でも、レイナはもっと辛かった。お前が、あの人をバカにするから」


「やべでぇぐだざぁぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「やだ」


「うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 地下室に響くグラントの悲鳴と絶叫。

 だが、そんな彼の声が届く相手はレイナの他にはいない。

 そしてレイナは彼を救う気など微塵もない。


「……ふふっ、グレイ様。レイナは……貴方のために」


 大好きな人のために、頑張る自分を褒めてあげたくなるレイナ。

 今夜はおやつのプリンを二個にしよう。うん、それくらいはいいよね?

 なんて事を考えながら、彼女は雷撃を放ち続ける。


「ぇぅ……ほぁ……ぁぇ……」


 結局、レイナが飽きて魔導を解除したのは数時間後。

 それまでの間、グラントは永遠にも感じるほどの苦痛を与え続けられたのだった。



 やったね!!



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