第51話
「はっ……!」
意識が戻った時、俺の視界には既にミロの姿はなく、光沢のある黒いものが視界一杯に広がっていた。
周囲に視線を巡らすとそこはモダンな部屋ではなく、白い大理石の様なもので出来た壁に囲まれた神石の間だった。
ミロには色々と言いたい事があったのだが、その前に体に意識を戻されてしまった。
「どうしたんだい?加護に何か変な効果でもついてた?」
「……まあ、そんなところだ」
俺の様子を不思議に思ったのか、アルシェードが不思議そうに俺の顔を見てそう質問した。
彼女の態度からして、どうやら向こうとこちらでは時間の流れが違ったらしい。その程度の気遣いはミロにも出来たかと思いつつ、返答に悩む。
結局、流石にミロに精神だけを呼び出されてやり取りをいう訳にもいかず、俺は答えを濁した。
「へぇ、どんな加護が載ってたんだい?変な効果って言うけど、やっぱり身体能力に関する効果はあったんだろう?」
「ああ……『
(賽)が付いている事は言わなかった。というか、(賽)ってどう伝えれば良いのか分からなかった。
「……アステリオスって言えば、オリンポスの神々の神話に登場する有名な怪物ミノタウロスの人としての名前だよね。因果打破って何処からやって来たんだろう?って、そんな事を聞いても神話に詳しくないライが分かる訳ないか」
「(そりゃ、そうなるよな)」
因果打破は
アルシェードがそれが何に由来するものなのか不思議に思うのは至極当然な事だろう。
幸いな事に、神話についてはあの教会長によって半ば強制的に聞かされた北欧神話の知識しかないと思われていたので、俺は意見を言わなくて良いらしい。
「神話に登場するミノタウロスは迷宮に閉じ込められた怪物で、半神の英雄テセウスに討伐されてたけど、因果に関係する様な逸話はなかったはずなんだけどな……オルトとビビアはどう思う?」
暫くの間、口元に手を当てて考えていたアルシェードは、自分だけでは埒が明かないと考えたようでオルトとビビアに声をかけた。
「ふむ、因果が関係する程に強力なものならば、ミノタウロスの父である神獣に関係するのでは?」
「いえ、その神獣は美しい白い牛と言われていますが、ポセイドンが作り出したものの最終的には生贄として捧げられるだけの存在でしたので、因果に関係するとは思えません」
「アルシェ様が分からなかった時点で分かっていたが、そう簡単なものではないか」
オルトが意見を出すが、即座にビビアがそれを否定する。
駄目元で言ったようでオルトはビビアの言葉に頷いて、眉間に皺を寄せる。
「取り敢えず、ミノタウロスの逸話を全部挙げてみよう。今までに出たのは挙げなくて良いよ」
「承知いたしました。では、アステリオスという名前の意味は星ですが、ゼウス神の別名であるアステロペーテースと同じ名であるとされる文献もあります」
「九年毎に七人の少年、七人の少女が食料として送られていて、テセウスは三度目の生贄に混じってミノタウロスを討伐しに行ったらしいよ」
「……後、私が知っている逸話と言えば成長するに従って狂暴になり手に負えなくなったという話ですな。これで全てでしょうか?」
「そうじゃないかと思う……オリンポスの神々を信仰する神官ならもっと詳しく分かるだろうけど、情報が漏れるのは避けたいからなしだね」
アルシェードが中心となって三人であーでもない、こーでもないと話し合っているが、中々結論が出る様子がない。
まあ、ギリシャ神話とは全く関係がないのだから仕方ないのだが。
「……はぁ、埒が明かないね。少し視点を変えてみようか。そもそも何で加護の名前は有名なミノタウロスじゃなくて、知名度が低いアステリオスなんだろうね?」
「言われてみれば、確かにそうですな」
「考えられる可能性は、怪物としての側面よりも神獣の子供もしくは、人間の子供としての側面が重要という事でしょうか?」
アルシェードが溜め息を吐いて、口元から手を退けたので漸く諦めたかと思ったら、彼女は一つの提案を他の二人にしてからまた三人で考え始めた。
しかも、その提案が的確で半身系加護だという事は彼女らの手で暴かれそうだった。
ミロに辿り着かなくても、加護に何らかの干渉があった事を突き止めてしまうかもしれないと内心、少し焦るがアルシェードに読まれる前に心を落ち着かせる。
「(……大丈夫だ。加護は基本的に複数の神話が関わる事がないのは常識。気付いたりはしないだろう)」
真剣に話し合っている三人には悪いが、その話し合いが徒労に終わる事を祈る。
「……魔物の一側面を強調した加護って事なら、ほぼ間違いなく半身系加護の加護だろうね。『神獣の子』の効果がやけに弱いのも納得だよ。完全な状態じゃないのだろうね」
「一側面……か。ならば、こういうのはどうでしょうか?」
「ん?何か思いついたのかい?」
オルトが一側面という言葉から何か閃いたらしい。
流石に真実に辿り着いたとは思わないが、念の為に耳を澄ませておく。
「アステリオスという名前が一般的に無名なのは、成長する過程で狂暴になり怪物としての側面が大きくなったからでしょうな。そうだとすれば、アステリオスは本来失われた可能性であり、そちらの側面を大きくする事で怪物になる因果を断つ意味合いがあるのでは?」
「(全く違うけどそれらしく聞こえるな)」
「うーん、それぐらいしか理由がない……か。ビビアは何か気になる点はあるかい?」
「いえ、特にはございません」
オルトは決して自信満々に発言した訳ではないが、アルシェードとビビアは納得した様だった。
まあ、アルシェードは引っ掛かりを覚えているようだが。
他神話の神がわざわざ交渉し許可を得て、加護を改造したなんて想像出来ないだろうし、間違った結論に至るのは順当な結果なのかもしれない。
ただ、勘違いして貰った方が俺にとって都合が良いので訂正はしない。
結論を出したアルシェードが、俺の方を見て少し申し訳なさそうな顔をする。
「ライ、放置してごめんね。聞こえてたかもしれないけど、因果打破がある理由が大体分かったよ」
「ああ、聞こえてたから説明は良いぞ」
目の前で説明されると変な反応をしてしまって、怪しまれてしまうので先回りして説明を遠慮しておく。
「そう言えば、因果打破の詳しい効果については聞いてなかったよね?一応、教えてくれない?」
「俺自身を対象にする因果干渉を、自他共に全て無効化するって効果だ」
「……え?自他共に?」
「……ああ」
ふんふんと首を縦に振って聞いていたアルシェードが動きを止めて、俺の顔を見る。
言いたい事は分かる。
因果干渉の無効化っていう強力な効果なのに、デメリットのせいで凄く微妙なものになってしまっているのだ。
「ま、まあ、因果干渉なんて使えるのは強い人の中でも一握りだって聞くし、今のところメリットしかないじゃないかな!ねっ、オルト!」
「そうですな。必中などは盾を構えていても何らかの形ですり抜けるので、通常の手段では防ぎようがないからな。それを防げるというのは明確な利点だろう」
俺が落ち込んでいるのを感じたのであろうアルシェードが、少し明るめの声で俺を励ます。
そして、アルシェードに話を振られて追随したオルトが気になる事を言った。
曰く、必中は通常の手段では防げないらしい。
ミロの言っていた事と矛盾している発言だが、オルトの方が信用出来るので防げない前提で考えてみると、ある事に気が付いた。
「(ミロって俺に埋め込まれた神器持ってたんだから、必中効かないじゃん……そう言えば、改造するのにゼウスじゃなくてヘラに許可を取ったって何だ?)」
『神獣の子』(賽)の内容のショックで気にしていなかったが、ミロとの会話を思い出してみるとツッコミ所が多過ぎる。
ミロとの会話を思い出したせいで暫くの間、俺は頭を悩ます羽目になった。
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