第18話
「で、これからどうするんですか?」
俺は無人の屋敷の床に座りながらアルシェードに今後の予定を尋ねた。
出入り口があったのは屋敷の中庭に面した食堂に設置された暖炉の中だった。
アルシェードが言っていた通り、最低限の掃除はされていたらしく灰が降ってくるような事はなかった。
窓から見える中庭は脱出が成功した事を実感させるには十分で、俺も彼女も緊張の糸が切れてその場に座り込み、今に至る。
「まずは師匠の家に行って協力をお願いするつもりだよ。その後は現状を把握するための情報収集かな」
「……分かりました。お師匠様の家はここから近いのですか?」
「……うん、近いよ。ここはうちの屋敷に近い一等地だから、家臣達の家もこの地区にある。師匠も指南役として僕や兵士に剣術を教える関係で、ここら辺に住んでるんだ」
アルシェードの師匠の家がこの近くにあるのは朗報だが、よく考えれば直接家に行くのは不味いのではないだろうか?
「お師匠様が強いのは周知の事実なんですよね?普通に考えて、動きを警戒されて監視されてませんか?」
「されてるだろうね」
「なら、家に向かうと監視者に見つかってしまうのでは?」
「普通に行けば見つかるね」
淡々と返される返答に頭が痛くなってくる。何故、そんなに自信満々なのだろうか?
「それ、駄目じゃないですか」
「そうだね」
「いや、そうだね、じゃあ、ないだろ!」
にこやかな表情を崩さないアルシェードに、つい敬語も忘れて怒鳴ってしまった。
だが、怒鳴った俺を見てニヤニヤを笑っている彼女に気付き、冷静になる。
「ようやく敬語を辞めたね。いやぁ、堅苦しかったから嬉しいよ」
「……練習だって分かってるよな?」
「分かってはいるよ。でも、それは後でも出来るでしょ。それに師匠はバルツフェルト家に雇われてはいるけど、仕えてる訳じゃないからそういうのは気にしないよ。僕のことをよく知ってる家臣や使用人も、そんなことじゃ目くじら立てないしね」
どうやら、俺の敬語を辞めさせるために一芝居打ったらしい。俺はまんまとアルシェードの演技に引っ掛かったしまったようだ。
しかし、そうなると師匠の家に行くのには何か策があるのだろう。
「立派な次期当主を目指してて、何でそういう扱いになるんだよ……。それで、何か策があるんだろ?」
「それは公私をしっかりと分けているからだね。策だけど、言っただろう?普通に行けば見つかるねって」
「普通じゃない行き方があるんだな」
「そうじゃないなら、あの地下室から外套の一つでも持って来てるよ」
言われてみればそうだ。俺は兎も角、アルシェードはこの都市に詳しく、特に自分の屋敷に近い一等地なら尚更地理に詳しいはずだ。
その彼女が外套を持って来なかったという事は、普通じゃない行き方なら他人に目撃されないという自信があるのだろう。
なんにせよ、この都市の地理について、俺はスラム街以外はザックリとした事しか知らないので、彼女のプランに任せるしかない。
「確かにそれもそうだな」
「分かってくれたようで嬉しいよ。師匠の家までのルートなんだけど……」
「ああ」
アルシェードがもったいぶるってタメを作るので、頷きつつ催促する。
「ここに出た時点で殆ど着いたようなものなんだよね」
「は?」
「この屋敷の裏手にあるんだよ。師匠の家が」
「(はぁああああああッ!?)」
「良いリアクションするね」
思わず叫びそうになったのを口を押えて堪えたが、それでも俺の驚愕は十分に伝わったようで、アルシェードが楽しそうに笑う。
「ちょっと待て、それならこの屋敷の敷地内に監視員がいても、おかしくないと思うんだけど」
「いや、いないよ。師匠レベルの達人を相手に、そんな至近距離で監視するなんて馬鹿のすることだ。僕の知る限り、ハイアンは凡庸ではあっても馬鹿ではないからね」
「そうなのか?」
そういえば、原作でも強い人物が他人の気配に気付く場面は何度かあったので、監視については納得しつつ、ハイアンへの評価には首を傾げる。
凡庸とバッサリ言い捨てているアルシェードも中々辛辣なのだが、俺の中のハイアンの評価は強欲な無能というものだった。
しかし、ハイアンはウィルディア戦記で深く掘り下げられてはいないキャラだったので、少なくとも現在の奴はアルシェードの言うように、馬鹿ではないのだろう。
「師匠に屋敷の方で何かあったのは知られたくないだろうから、ハイアンがやってるのは遠くからの監視と情報封鎖だろうね」
「あからさまな監視だとバレるってことか」
「そ、師匠の動きは不確定要素だから出来るだけ刺激したくないっていうのが、ほぼ間違いなく向こうの考えだよ」
前世でも戦いの規模が小さくなればなるほど、個人の武力が戦況を左右しやすくなるが、この世界ではその傾向が顕著に現れる。
わざわざ眠る龍の前をウロチョロして起こすような行動は、止そうという事なのだろう。
「と、いうことで、この食堂から出て裏庭に行こうか。屋敷からは窓を使って出よう。ライオスはどこに行けばいいのか分からないだろうから、僕が先頭ね」
「……今回だけだぞ」
「はいはい、分かってるよ」
俺の言葉を軽く流してアルシェードは食堂を出て、左に曲がる。
窓から入る月明りにぼんやりと照らされた無人の屋敷の廊下は、何かが出そうな不気味な雰囲気を醸し出していたが、そんな事はお構いなしに彼女はずんずんと迷いなく進んで行く。
「俺はスラム街で慣れてるから大丈夫だけど、お嬢は怖くないのか?」
「怖い?それはレイス系のアンデッドの話かい?それなら怖くないよ。ここら辺はしっかりと教会が供養してるから、アンデッド系の魔物は出ないし、万が一出てもフィンブルなら一撃だからね」
「そういえば、そうだな」
この世界で幽霊はレイス系のアンデッドの事を指す。レイス系のアンデッドは魔力を使った攻撃で倒せるので、前世の世界みたく恐れられてはいない。
魔物ではない幽霊もいる事にはいるのだが、一般的にその存在は信じられていない。
だからこそ、アルシェードはまるで怖がっていないのだろう。
「ここの窓から外に出るよ」
「了解」
アルシェードが開けた窓からは草が伸び放題の裏庭と、塀の向こうにある家々の後ろ姿が見えた。
彼女に導かれるまま、草の中に隠れるようにあった獣道らしきものを通って塀の前に辿り着く。
塀の高さは大人の身長よりも高そうで、ここを上ると目立ちそうだった。
彼女が塀の前の草むらにしゃがみ込んだのを見たところで、疑問が鎌首をもたげる。
「なぁ、どうしてこんなに屋敷に詳しかったんだ?それと、この獣道っぽいものはなんだ?」
そう、アルシェードは外の景色をじっくりと見る様子もなく、迷わず食堂を出て左に曲がった。
それに加えて、住宅街の中なのにも関わらず獣道がある事は百歩譲って良いとしても、それをまるで知っていたかのように動いた事をどう説明すればいいのか?
「ああ、勉強や鍛錬が軽い休養日に市井の視察をしたくてね。護衛がいると堅苦しくなるから、家の人たちを撒くのによく使ってるんだよ」
「……何やってんだよ」
「その時は師匠が護衛についてくれてるから大丈夫。お父様にも許可は取っているよ」
勉強や鍛錬を熟した上で許可を取ってからやってるので、真面目と言えば真面目なのだろうが、毎回撒かれていただろう護衛の皆さんには同情する。
アルシェードの印象が最初のものから大分お転婆なものに変わってきている。
眉間を少し揉んでいると、彼女が塀の前から大きい石を退かして、そこを指差した。
「さ、ここを潜れば到着だ」
「あ、うん……行くか」
アルシェードが指差した場所には子供なら簡単に通れてしまいそうな穴が、塀の下に空いていた。
念のため、俺が先行して穴を潜ると穴を隠すように生えている低木の前に出た。
脇に退くとアルシェードも穴を潜って這い出てくる。
「ここがお嬢の師匠の家か」
「そうだよ。正確にはその裏庭だね」
後は監視に見つからないように気を付けて家の裏口に行くだけだと思っていたら、突然、視界に人の脚が現れた。
「……アルシェ様、この様な夜更けに見知らぬ供を連れて、我が家へ何の御用でしょうか?只事ではありますまい」
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