第17話

「……吹き荒れよ、絶凍ぜっとうの息吹――《■■き■■■■■■■フィンブル》!!」


 突き出された青白い切っ先から白銀の渦が生み出され、周囲に冷気と暴風を撒き散らしながら直進し、ゴーレムの巨体をあっという間に飲み込んだ。


 室内の温度が一気に下がり、灰色の床が白く塗りつぶされていく。余波とはいえ、巻き込まれたら足が霜焼けするだけでは済まなそうなので、壁際まで退避しておく。


 十数秒後に白銀の渦は冷気の残滓を残して消え去ったが、その頃には俺のいた壁際の手前まで霜が迫っていた。


「さっむ……ゴーレムはどうなった?」


 ゴーレムがいた方に目を向ければ、それは屈んだ姿勢のまま白い彫像と化していた。フルフェイスの隙間からは光が失われていて、完全に機能が停止した事が分かる。

 ほっと胸を撫で下ろして吐き出した息が凍って白い煙に変わる。


「これで本来の性能にまるで及ばないなんて、冗談みたいな魔剣だよな」


 これは辛うじて武器スキルを発動させただけで、フィンブルの本来の性能を考えたら、そよ風未満の威力でしかない。

 更に言えば、フィンブルは後二つ武器スキルを持っている。氷属性最強格の武器というのは伊達ではないのだ。


「暖を取りたいし、《ファイア》使ってみるか」


 火達磨にならないように気を付けながら、魔力を操作して《火》を発動させる。

 魔力で大きさを調節出来るので、掌程度の大きさの火を生み出した。


 火の熱で人心地ついたので、アルシェードのいる階段に向かって、凍って霜が降りた床で滑らないように慎重に歩いていく。


「おーい、お嬢、凄かったな!」


「……」


「……お嬢?」


 声をかけても、アルシェードはフィンブルを呆然と見つめているばかりで、まるで気付いた様子がなかったので、近付いて肩を叩く。


「……っあ、ごめん、気付かなかったよ。ここまでの威力が出るとは思わなくて……巻き込みそうじゃなかった?」


「いや、事前に離れてたから俺は大丈夫だ」


 はっと顔を上げて俺を見たアルシェードは申し訳なさそうな顔をしたが、彼女が呆然としていたのも無理はないだろう。


 彼女としても、自分の技量不足で本領を発揮出来ていないフィンブルが、あんなにも強力な武器スキルを発動するとは夢にも思わなかっただろう。


 俺が彼女の立場でも、目の前の光景が信じられなくて呆然とする。


 彼女がおっかなびっくりといった様子でフィンブルを鞘に納めたところで、俺は話しかけた。


「あれ、何だったんだ?」


「フィンブルの武器スキルだよ。魔剣や聖剣、もしくはそれに匹敵する武具は必ず、何かしらの異能を持ってるんだ。そして、それは使い手が相応しい技量を身に付けたら武具が教えてくれる。君の槍も魔槍だからそのうち使えるようになると思うよ」


「武器に意志があるみたいに言うんだな」


「実際に意志があるよ。僕の師匠や知り合いの鍛冶師もそう言ってた。僕は魔剣の類はフィンブルが初めてだったけど、不思議とこの子に惹かれていたし、武器が使い手を選ぶって話も聞くから、この子が僕を選んでくれたんだろうね」


「なるほどな」


 良い感じに話を聞けた。これで武器系の基礎的な知識は知ってても不思議には思われないだろう。


 ……意識を持っている武器の中でも、フィンブルはかなりヤバいから出来る限り触らないようにしよう。


「武器スキル発動を目標に頑張ってみるか。まあ、あそこまでの威力にはならない気がするけど」


「まあ、そうだろうね。あれはフィンブルが凄い魔剣だっていうのもあるけど、僕の生まれ持っている加護ギフトが原因だろうから」


「加護を持ってるのか」


「うん、《絶対氷界ニヴルヘイム》っていうのをね」


 加護というのは、各地に存在する魔境ダンジョンのラスボスを倒したり、特定の条件で強敵を倒したりすると手に入る特殊能力だ。

 効果はピンからキリまであるが、特定の加護を手に入れる為に縛りプレイをしたプレイヤーも多かった。


 ただ集めれば良いというものではなく、戦闘では三つまでしか使えない制限がある。

 一応、戦闘中に加護を入れ替える事も出来るが、三ターン動けなくなってしまう。

 相手が弱い敵ならまだしも、ボス戦を始めとする強敵との戦闘では、緻密に計画を練って動かなければ、大きな隙となる。


 そのため、ネットではどの組み合わせが最強かの議論がよくされていた。


 閑話休題。


 それはさておき、通常何らかの偉業を成す事によって神々から与えられる特殊能力なのだが、稀に生まれつき加護を持って生まれてくる者達がいる。

 その中の一人がアルシェードだ。


 そして、アルシェードの加護絶対氷界の効果は、氷属性の強化と耐性の貫通という単純故に強力なもので、《絶対氷界》と魔剣フィンブルの組み合わせは敵対する側としては最悪の一言だった。


 威力については、天才錬金術師が創った各種耐性の高いゴーレムが氷に覆われた訳でもないのに、動かなくっている事から察する事が出来るだろう。


 『アルシェードは主人公達との戦闘で全力を出せていません。全力を出せていた場合、ラスボスクラスに匹敵します』


 とはウィルディア戦記のプロデューサーの言葉である。


 これには多くのプレイヤーが驚愕と共に納得していた。何せ、アルシェードは戦闘中に、使えるはずの広範囲高威力の魔法を一切使っていなかったのだ。


 まあ、それでも初見で全滅したプレイヤーが殆どだったが。


「ただ、《絶対氷界》抜きでも上の戦いでは使えなさそうかな」


「どうしてだ?」


「実はさっきの武器スキル、あれが威力の下限みたいなんだよ。あんなのをバルツフェルトで撃ったりしたら、大変な事になってしまうよ。いくら緊急事態とはいえ、次期当主が治めている都市を自ら壊すなんて出来ない。ましてや、民の避難もしてないのに」


「……そうなると、味方が捕まってる館でも使えないな」


「そうなるね。まあ、フィンブル自体が名剣だから気にしなくても良いかな」


 そう言いつつも、アルシェードが困ったように苦笑いを浮かべる。


 まあ、さもありなん。強力な切り札が実質的に封印状態になるのだから、そういう表情にもなる。


「ここであれこれ議論してても仕方ないから、まずは地上に出ようか」


「そうするか」


 俺を先頭にして階段を進んでいく。実はこの先は俺もとある屋敷に繋がっているという事しか知らない。

 ゲームではゴーレムの部屋を調べ終わったところで、領主からの横槍が入ったからだ。


 なので、念のため慎重に階段を上っていると、最上段近くである事に気が付いた。


「これ、灰か?」


「……灰みたいだね。という事は出口は暖炉か竈の近くかな?」


 暖炉の中に入り口があったなら、何と言うかベタな展開だ。いずれにしても、入り口が開いた時に灰を被らないように気を付けた方が良いだろう。


「灰は被りたくないな」


「上には誰も住んでいないはずだし、最後の所有者が手放す時に最低限の清掃はされてると思うから、そこまで気にしなくてもいいんじゃないかな?」


「どうして誰も住んでないんだ?それなりに大きいんだろ?」


「逮捕された商会長の次の持ち主は豪商だったんだけど、商会の経営が悪化して屋敷を手放しちゃったんだよね。それから買い手がついてないらしいよ」


「縁起の悪い屋敷になったって事か」


 二連続で持ち主に悪い事が起きれば、縁起が悪くて金持ち達も進んで買おうとは思わないだろう。


「なんにせよ、僕たちにとっては都合の良い話だよ。さ、開けるよ」


「……地上に出たら敬語を使うからな」


「わかってるよ」


 アルシェードが壁に描かれた魔法陣に指輪を当てると、入って来た入り口と同じ様に、天井から一枚の岩の板が下に外れ、横へ滑って壁にある溝に嵌った。



――――――――――――――――

あとがき


 《絶対氷界》の強化倍率は「今のはメラゾーマではない、メラだ」の氷魔法バージョンが出来るぐらいだと思ってください。


 原作のアルシェードが全力戦闘出来なかったのは、戦場がバルツフェルトだったからです。理由については彼女が言っています。

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