父との最期
「母が俺を身籠った時、両親は結婚していませんでした。
当時は、ただただ母が忙しいだけだと思っていた。少なくとも、自分のせいで両親に亀裂が入っているとは夢にも思っていなかった。
母が家に帰ってきた時は優しくしてくれていたし、何よりも一緒にいてくれた父が不安な表情や嫌な顔一つ見せていなかったのだ。いや、自身の子供の為に強がっていたというのが正しいのだろう。
「そんな中で、元の両親の離婚が決まり、父が家を出て行きました。ただ、父が家を出て行ってからも割と自由に会う事が出来たので、その時はさほど何も感じませんでしたが」
何かあった時の為にと渡された携帯電話を使い連絡をすれば、父はどれだけ急でも時間を作ってくれていた。
離婚した後も、相変わらず家を空けていた母と会えない分、父とは様々な思い出を作った。映画を見たり、遊園地に行ったり、美味しいご飯を食べたり。湊月の中にある、温かい家族との思い出というのは、ほとんどがあの父との事になる。それ位、父との時間は湊月にとってかけがえのない大切なものだったのだ。
「これは後から知った話ですが、母は父の事を好きで結婚したわけでは無く、俺が……子供ができたから、仕方なく結婚していたそうです。だから、父を放って本当に好きな人を外で探していたと。まぁそれは当人達の問題なので良いです。ただ、あまりにも責任感というか……母親としての自覚が無かったとは思いますが」
今でこそここまで冷静になれているが、この話を知ってしまったその時は、母親に対して溢れんばかりの憎悪を抱いたのを今でも覚えている。子供からすれば、大人の都合などどうでも良いのだから。湊月にとって、父親と母親はあの二人だけで、他の誰かに変えが利くものでは無い。
「そして、離婚してからしばらくの事です。母は、ある男──今の旦那であり、俺の新しい父親となった男と、その連れ子である幼い女の子を家に連れてきました。その日は、今でも鮮明に覚えています」
そう言いながら、唇を嚙み締めた湊月。
感情の激流に流されて語気が荒くなるのを防ぐ為、一度深呼吸をする。
「あの日、母は俺に言いました。『運命の人に出会ったんだ』と。満面の笑みで、それはそれは幸せそうに。新しく家に来た父も、俺に対して優しく接してくれました。ただ、俺はその光景にどうしても違和感を覚えてしまい……実の父に、会いたいと連絡をしてしまったんです。どうしても感じた違和感の話をしたくて……」
徐々に震えていく湊月の声音。意識すればする程、思い出せば出す程、あの日の自分の行動を呪っても呪いきれない。降りかかる自身への嫌悪感に、呼吸が苦しくなる位押し潰されてしまう。
「父は、その日に会ってくれました。ファミリーレストランの一席で、ドリンクバーを飲みながら、俺は違和感の話をしたんです。母が、新しい継父を連れてきた事。それが、運命の人だという事。そして、心底幸せな表情をしていた事……」
もう幾分昔の光景の為、はっきりと思い出せる訳では無いが、その話を聞いた時の父の表情は、悲壮とも安堵とも取れる笑みを浮かべていた。もしくは、その両方なのか。
ただ一つ絶対的なのは、その頬を一滴だけ。たったの一滴だけ、涙が伝っていた事だ。何故泣いたのか分からなかった湊月だが、その理由は少し後に分かる事となる。
「父はその時……たったの一滴だけ涙を流して、すぐに鞄に入れていたペンとノートを取り出しました。そして、何かをサッと書き込んだ。それを俺に渡すと、『いつか、また僕に会いたくなった時にこれを読みなさい』と、それだけ言い残し、俺を家の近所まで送って、自分も帰路に就きました。その時の俺は、特に意味は考えず父から言われた通り、紙を開かずにいたんです」
そう、本当に何も考えていなかった。父が言い残した言葉の意味も、自分がした事の意味も。これが、
──大好きな父との、最期の会話だったのにも
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今話もご拝読ありがとうございます。
皆様の★や♡、コメントに度々救われております。これからも、重厚感もありながら、楽しくドキドキなラブコメを書いていくので、何卒応援の程よろしくお願い致します。
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