橘すみれ
「せんせ~い。湊月を呼んできましたよ~」
「お、来た来た。ごめんな~時間取らせて」
職員室の中へ入ってきた湊月を確認した社先生は、読んでいた紙束を机に置いてそう言った。
「いや、それは別に良いんですが……何か用事ですか?」
「う~ん、まぁ用事っていうか頼みっていうか、そのどちらもというか……」
「……?」
決まりの悪い言い方をする社先生に、何となく嫌な予感を察しながら首を傾げた湊月。
すると、嬉々として湊月の肩に手を置いた翔馬が、
「まぁ要するに、今回の呼び出しは、俺じゃなくて実質お前に対してだったって事だよ湊月!」
「いや全然要約されてないけど……?」
二人の会話に割り込むように話を要約させた翔馬だが、湊月はそれを聞いても尚意味が分からず釈然としないままである。何なら、翔馬が話を要約する前よりも一層意味が分からなくなっていた。
「え~?飲み込みが悪いなぁ……」
「これ俺が悪いの!?」
あまりにも理不尽な物言いに驚愕の声音が漏れる湊月。
そんな様子を見ていた社先生は、「とりあえずこれ見て」と先程まで手に持っていた資料と思われる紙束を、湊月が見える位置に置き直す。
「実は、PTAからこういうお達しが来ていてね。この件で小野寺に一つ頼みたい事があるんだよ。軽く目を通してみて」
「は、はぁ……分かりました。PTAと俺になんの関係があるのかは分かりませんが……」
あまり納得のいっていない様子だが、一応初めのページから目を通し始める。
その資料を見た際に、誰でも一番初めに注目するのは、大々的に書かれた『不登校児ゼロを目指して』というタイトルだ。
普通科の、それも進学校を謳う全日制の高校なら、基本的には毎日学校に来る事が世間一般的には当たり前だろう。しかし、何らかの理由で学校に来なくなった、もしくは来れなくなってしまった生徒──
「まぁ……学校側からしたら、不登校の生徒に登校してもらいたいっていうのは当たり前だな。個人的にも、せっかく安くない授業料払ってるんだから、来ないのは少し勿体ない気もするし」
「えぇ……まぁ」
「ただな、これがPTAからの書類ってのが問題なんだ。このバカみたいに太字で書いてあるタイトルって、その為に頑張ろうって意味じゃなくて、無理やりにでも登校させろって意味なんだよ」
そう言いながら、社先生は資料のページを1枚捲り、次のページに書かれている内容を湊月に見せた。
「えーっと……下記欄に名前が記載されている教師は、自身の担当している教室の不登校児を、夏季休暇が始まるまでに登校させる事。もし登校させられなかった場合は……XXXって、これ何ですか?」
「書いてある通りだ」
「この、XXXっていうのは……?」
その質問に対して、明らかに表情が暗くなった社先生は、溜息を吐きながら口を開く。
「PTA会議で話題に出されて、質問詰められた挙句減給か……まぁ最悪解雇」
「重くないですか!?XXX怖すぎ!」
「そうだよ怖いんだよ!」
「てかPTAってここまで力あるんですか!?初めて知ったんですけど……」
「この学校って、そもそも校風からしてちょっと変だろ?進学校のくせに校則緩いとかその他諸々。色々あって、結局PTAの力が絶大になっちまったんだ。ちなみに、色々の部分は先生も知らん!校長からPTAには逆らうなって言われただけだから!」
「へ、へぇ……でも、ここまで読んでも俺が呼ばれた理由が分からないんですが?PTAの不登校ゼロと、俺への頼み事ってなにか関係あるんですか?」
「そのページの下の欄見てみなよ。教師の名前と、その横に不登校児の名前が記載されてるだろ?」
「確かに書いてありますけど──」
そこまで言ったところで、その欄組の中に社優希という非常に聞き覚えのある人物の名前が記載されているのを発見し、湊月は驚愕の声をあげた。
「社先生!?なんでここに書いてあるんですか!?」
「そりゃもちろん、ウチのクラスに不登校児がいるから!」
「いやいやいや!そんな当たり前でしょって感じで言われても!大体、そんな話聞いたことありませんよ!?」
「だって二年生どころか、入学してから一度も来てないし」
「えぇぇ!?一度も!?そんな事あります!?」
「自分のクビが掛かってる話で嘘なんて言わないって……」
「それはそうかもですけど……」
湊月は、驚きながらもう一度その資料に目を落とす。しかし、何度見てもそこには社優希という自分の担任の名前が記載されており、にわかには信じ難いが本当に湊月のクラスには湊月の知らないもう一人がいたらしい。
ちなみに、その生徒の名前は『橘すみれ』。社先生の横に該当生徒として記載されている氏名を見る限り、雰囲気的に女子生徒のようだ。
「え、翔真知ってた!?橘すみれさんの存在!」
「いーや?全く知らんかった」
「だよな!?……ん?てか待てよ。なんか段々とこの先の流れが読めてきた気が……」
話している内に、薄々ではあるがこの後の展開が見えてきた湊月だが、さすがにそんな事は無いと一人でに首を振る。しかし、こういう時の嫌な予感というのは意外にも的中してしまうもので……
「頼む小野寺!!橘すみれを学校に連れてきてくれ!!」
「俺が!?無理ですって!!」
こうして、湊月は半ば社先生の仕事を押し付けられた訳である。
逡巡させていた湊月の記憶は今に戻り、途方に暮れながら家路につくのであった。
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