職員室は処刑台!?

「多田~この後ちょっと職員室まで来てくれ」


 目まぐるしい一日の終わり──帰りのホームルームが終了して教室にいた生徒達が部活や帰宅等でぞろぞろと廊下に出ていく中、担任である社先生に名指しで呼び出された翔馬は、ばつの悪い表情を浮かべながら口を開いた。


 ちなみに、社先生というのは湊月や翔馬のクラスを受け持っている教師で、本名を社優紀やしろゆうきという。主に外国語を教えている黒縁眼鏡をかけた比較的若い男性教師だ。


 見た目は眼鏡効果も相まって一見真面目そうだが、中身はとても剽軽ひょうきんな性格で、自己紹介の時に『苗字に社会科の社が入ってるのに英語の教師なんかい!』という何とも言えないボケを繰り出して教室の空気を凍り付かせていた。ただ、生徒とそこまで年齢が離れておらず絡みやすい性格なのと、専門である英語の授業がとても分かりやすい事から、多くの生徒の人気を得ている教師の一人でもあったりはする。


「……えー、俺ですか?」

「そりゃな。多田って苗字、このクラスには一人しかいないだろ?」

「いやそういう意味じゃ無くて……俺、何かしましたっけ?」

「来たら分かるって。職員室で話すから」

「あ~い。分かりました~」


 腑抜けた声音で返事を返した翔馬。それを聞き、踵を返した社先生は一足先に職員室へと向かった。


「翔馬が呼び出されるなんて珍しくない?」

「いやそれな。てか、マジで呼び出される理由に心当たりが無いんだけど」


 湊月は、自分と違って基本的にしっかりしている翔馬が教師に、それも職員室に呼び出されるところなど今の今まで見た試しがない。その為、非常に理由が気になるところだが、隣の席に座って溜息を吐いている本人は思い当たる節が全く無い様子だ。


「あれじゃない?学校に保管してるって言ってたグラビアアイドルの水着写真集がバレたんじゃね?」

「いーや!それは無いね!あれは絶対に見つからない場所で厳重に保管されてるから。それに、社先生がそんな事で呼び出すと思う?」

「うん……まぁ、確かに考えられないかも。一緒にグラビアアイドルの雑誌読んで誰よりも興奮してるような人だし」

「そうそう。そんなくだらない理由で呼び出すような先生じゃないからこそ、マジで呼び出される理由が分からんのよ」

「しかも、呼び出された場所が職員室ってのがな~」

「マジでそれ。処刑宣告されてる奴とか、やらかし過ぎて自主退学になった奴ら位しか知らないわ。うわぁぁガチで行きたくねぇぇぇ!!」


 頭を抱えて机の下で足をバタつかせながら嘆声を漏らす翔馬。


 この私立華逢文理学園では、基本的に生徒の個性を尊重させる校風が根強い。だからこそ校則が緩いし、何かあっても生徒指導室に呼ばれて少し注意されるくらいで済む。


 しかし、基本的な校則が緩いからこそ、露呈したイジメや犯罪行為、行き過ぎた校則違反というのは厳しく処罰され、自主退学という名の実質的な強制退学させられる事になるのだ。その際に、そういった生徒達は必ず職員室に呼び出される為、生徒達の間では職員室に呼び出される事を『処刑宣告』と密かに言っていたりする。


「ま、まぁ……何にもしてないなら別に大丈夫じゃね?」

「いやそれでも怖いわ!処刑だよ?職員室に呼ばれる奴は全員死ぬんだよ?」

「それに関しては例えだから!あーそっか。でもまぁ、翔馬が退学したら寂しくなるなぁ……」

「このタイミングでその冗談は笑えないって……」


 いつもの調子でおどけた湊月だったが、軽い冗談が今の翔馬にとってはとてつもないブラックジョークだったらしく、頬を引きつらせながら更に肩を落とす。


「ごめんごめん。でも、社先生の口調的にそんな重々しい内容では無さそうじゃない?」

「……はぁ。お前な、あの社優紀だぞ?退学宣告の事をサプラ~イズ!とか言ってきそうだわ!」

「あの先生そこまでヤバい奴か?」

「今の状況では誰でもかんでもヤバい奴に見える!あぁぁ!怖い!怖すぎる!!」

「気持ちは分かるけど、とりあえず行かない事にはどうする事もできないんだし、とっとと行っちゃった方が楽になるって。絶対翔馬が心配してるような事じゃないだろうし」


 あまりにも気を落としている翔馬を見て、さすがに気の毒さを感じた湊月は、少しでも元気付けようと口端を上げて楽天的な言葉を口にする。それを聞いた翔馬は、数秒間口を閉ざした後、勢い良く机に手を付いて立ち上がった。


「くあぁぁぁ!行くか!よし、行こう!」

「良いぞ!その意気その意気!」

「まぁもう退学になったらドンマイって事で!」

「あ、そっちの方向でポジティブなんだ……」

「ちなみに湊月は、この後なんか予定あんの?」

「いや、俺はこの後帰ってランクマぶん回すだけだな」

「マジ?ならさ、職員室の外で待っててくれん?一人で行くのはなんか不安でさ」

「うん。それ位なら全然良いよ。特に何事もなく清々した顔で出てくる翔馬の顔が今から想像つくわ」 

「はは、どんな顔だよ。もし処刑宣告されたら、帰りになんか奢ってな?」

「良いよ~。マックのテリヤキバーガーのセットで、ポテト増量奢ってあげる」

「俺チキチーの方が好きなんだよね~。後、サイドメニューはナゲット派なんだわ。ポテトあんま好きじゃない」

「ちょっと待て。テリヤキバーガー至上主義の俺からすればチキンチーズバーガーに変えられたのもちょっと引っかかるけど、それよりポテトが好きじゃない!?詳しく聞かせて貰おうか!!」


 教室から出た二人は、マクドナルドのメニューについて熱い口論を繰り広げながら職員室──もとい、処刑台へと向かっていくのであった。


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ちなみに僕は、エビフィレオ至上主義です。これを友達に頼むと、たまにフィレオフィッシュを買ってくるのが悩みどころですが。

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