明かされる幼馴染の秘密

「ふぅー…………よしっ!」


 マンションのエントランスで大きな深呼吸をした湊月。


 そして、志穂が住んでいる部屋番の数字をゆっくりと押して、呼び出しのコールをかける。もう今では聞き慣れた機械音が、静寂な空間に響き渡った。


「……はい」

「あ、えーっと、俺。小野寺湊月です。そのー……志穂今日学校休んでたじゃん?だから、大丈夫かなと思って」


 スピーカーから聞こえてきたのはいつもの快活な声音からは考えられない、掠れてあからさまに意気消沈した志穂の声。


「……湊月?」

「そ、そう!志穂が学校休むなんてほんと珍しいし、えっと、その……ちょっと心配になって……」


 こういう時何か気の利いた言葉の一つでも言えれば良いのだが、如何いかんせん湊月のボキャブラリーの中で今の状況に適した言葉は見つからない。その為、心配している旨を伝えるのが今の湊月に出来る精一杯であった。


「…………」

「あ、でも、大丈夫そうなら全然良いんだ!ごめんな!余計なお世話だっ──」

「……りがとう。ぐすっ。来てくれてありがとう湊月」

「し、志穂?どうした?やっぱり体調悪いのか?それとも──」


 湊月が言葉の先を続けようとした時、門の役割をしているエントランスの自動ドアがスーッと開く。


「……入って」

「……うん」







 中の施錠を外して出てきたのは、綺麗な両目が真っ赤に充血して頬に涙が伝った後の残っている幼馴染であった。湊月が志穂の泣いた顔を見るのは、覚えている限り小三以来な為、それだけで今の志穂がただならぬ状況に陥っているのは容易に想像できてしまう。


「みつきぃぃぃ!うわぁぁぁん!!!」


 まるで子供のように湊月の胸の中で泣きじゃくる志穂。


 完全に気が動転してしまい正常な状況判断が厳しい志穂をどうにか落ち着かせる為、湊月は不慣れな手つきで優しく震えた頭と華奢な背中を擦った。


「大丈夫。大丈夫だよ志穂」

「うぅぅ。みつきぃ……みつきぃ……」

「俺は志穂の側にいる。だから、ね?少し落ち着いて、どうしたのか俺に教えてくれないか?」

「うん……うん……」


 我慢できずに涙が零れていたが、それでも目一杯耐えていたのだろう。湊月にしがみついてからの志穂は溢れる感情のまま咽び泣き、顔をつけている部分の衣服はぐちゃぐちゃに濡れてしまっていた。


 実に五分程は泣きじゃくっていただろう。段々と落ち着きを取り戻した志穂は、湊月をリビングへと通して互いが対面になるように腰を下ろした。


「湊月……その……ごめん」

「謝らなくて良いよ、俺は全然大丈夫だから。それよりも志穂は、その……大丈夫?」

「正直、大丈夫……ではないかな。もうどうしたら良いのか分からなくて」

「今日学校休んだ理由体調不良ではない……よね?もし志穂がどうしても話したくないなら無理には聞かないけどさ……良ければ理由、教えてほしい」


 俯き下唇を噛み締めている志穂に、真剣な面持ちでそう言った湊月。


 ほんの数十秒だが重苦しい沈黙が、二人の間に降りかかる。そして、悲しいとも怖がっているとも取れる表情で、志穂はおずおずとその口を開いた。


「湊月はさ、前に好きなVTuberグループとそこに所属してる推しの配信者ライバーがいるって言ってたじゃん?」

「うん。天使悪魔あまつかでびるちゃんと、春秋冬夏しゅんしゅうとうかちゃんだね」

「だったら、少なくともその二人のVTuberのツイッターはフォローしてるでしょ?」

「そりゃもちろん。何なら『EnCouragE』の公式垢と所属してる配信者ライバーは全員フォローしてる」

「そう、なんだ。ならさ……今『ESE』に所属してる配信者ライバーの一人が大炎上してるのは知ってる?」

「う、うん。天使悪魔ちゃんでしょ?」

「えぇ。えっと……その……それでね、その天使悪魔って……」

「……うん」

「天使悪魔っていうのは、その……」


 一度は止まった涙を再び溢れる程流しながら言葉を詰まらせる志穂。さすがにこの状況を見ても尚、何も察せない程湊月は鈍感ではない。座っている椅子からスッと立ち上がると、志穂の後ろへと位置を変えて、


「そっか。あの子は志穂自身なんだね。ありがとう。俺の夢を守ってくれて」

「…………ふぇ?」


 湊月は、志穂の背後からゆっくりと覆いかぶさり、幼馴染の手の甲を包むように自身の指を志穂の指に絡ませた。そのまま優しく、だが力強くその手を握りしめる。温かい人肌と人肌が触れ合い、志穂は温もりと共に微かなくすぐったさを覚えた。


「確か、これ好きだったよね?昔は志穂が泣いてたら、良くこれしたもんね」

「お、覚えてたの?」

「もちろん。忘れるわけ無いじゃん。志穂もさ、ずっと隠してるのキツかったでしょ?なのに、俺のVへの夢を守る為に隠し通してくれて本当にありがとう。それと、勇気を振り絞って今本当の事実を伝えようとしてくれて本当に、本当にありがとう」

「うぅ……ぐす……っ。怒らないの?ずっと湊月に隠してたのに……」

「怒るわけ無いじゃん。俺に志穂を怒る権利なんて無いし、それに何だか納得したんだ。そりゃ天使悪魔ちゃんが志穂なら、俺が最推しするのは当然だよなって。だって俺は、実際の志穂の事大好きなんだから」

「ふぇぇええん。嫌われちゃうかと思ったぁぁ……」

「あはは、ほら泣かない泣かない。志穂も天使悪魔ちゃんも俺は大好きだよ」

「うん……うん!あびがどう……湊月……!」


 わんわんと泣き続けている志穂の傍らで寡黙に立っている湊月。鼻をすすっている音と荒れた息遣いだけが響く部屋でほんわかとした空気が流れる。


 だが、その平和で平穏な時間というのは長くは続かないようで。


 突如として部屋中に振動したインターホンの音。その音が消え入る時には、再度志穂の体が小刻みに震えていた。


「湊月……これって」

「……志穂はここにいて。俺が出てくるから」


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